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【おはなし】こばなしのようなもの

「細巻きってあるだろ」
そいつが言った。
「あるな」
おれは答えた。
「太巻きってあるだろ」
「あるな」
「その境目ってのはどこなんだ?」
「どういう事だい?」
「直径何センチから細巻きで、何センチから太巻きになるんだ?」
「知らないよ」
「お前はなんにも知らないんだな。頭のネジを巻いた方がいいんじゃないのかい」
「なんだと。いいから喋ってねぇで仕事をしろよ」
「巻き込んで悪いと思ってるよ。でも、考え出したら仕事なんてできないんだ」
「一口で口に入るサイズが細巻きで、それ以上のが太巻きなんじゃないかい?」
「人の口の大きさなんてそれぞれだろうが。適当な事を言って煙に巻こうとしてるだろ」
「そうカリカリするなよ。酒でも飲んでんのかい?」
「酔っ払ってクダ巻いてる訳じゃないんだよ」
「仕事を時間内に絶対に終わらせなきゃいけないんだよ」
「なにを息巻いてやがる。これが解決したら仕事をするから」
おれは諦めて両手を上げた。
「分かった調べてやるよ」
「それでいいんだよ。長い物には巻かれろって言うしな」
「何だい偉そうに。ええと海苔の大きさで決まるらしいな。海苔を一枚全部使ったのが太巻き。半分だけ使ったのが細巻きだってよ」
「へぇ」
「気が済んだかい」
「じゃあよ、仮にもし上が細くて、下が太い小山みたいな形の海苔巻きがあったらなんて言うんだ」
「知らないったら。おれはもう降参だ」
「何だい。今さら尻尾を巻いて逃げるのか」
「これ以上サボってるとおやっさんに怒鳴られるぞ」
「巻き添えになったら一巻の終わりだもんな」
「この話は終わりだ。仕事に戻ろう」
「ひとつ思いついた事がある」
そいつが真剣な顔をする。
「何だよ」
「小山みたいな形の海苔巻き」
「それがどうした」
「それはおにぎりって言うんじゃねぇのか」
おれは舌を巻いた。



***



「表通りに面してない道のことを『路地裏』って言うだろ」
そいつが言った。
「言うな」
おれは答えた。
「じゃあ『裏路地』ってのはどこの事を言ってるんだ」
「知らねぇよ。なんだい急に」
「気になったんだよ」
「どっちも一緒じゃねぇのか」
「いや、おれもそう思ったがわざわざ別の言葉を使うって事は何か裏がありそうな気がしないか?」
「何もないだろうよ」
「本当かなぁ」
「言葉なんて案外いい加減なものさ。いいからこの話は終わりにしよう」
「何か裏がありそうな口ぶりだな」
「何も無いったら」
「誰かが裏で糸を引いてるんじゃねぇのか」
「いいから仕事をしろよ。おやっさんに言いつけるぞ」
「裏切るつもりか。頼むよ、考えてくれよ」
「質問に答えたら、仕事をしてくれるか」
「裏を返せばそういう事だな」
「じゃあ答えるぞ。『路地裏』ってのは表通りに面していない場所のことで、『裏路地』ってのは表通りの裏にある道のことだ」
「同じじゃないのか。いい加減な事言って、裏を取ってもいいのか」
そいつが顔をしかめた。
「いいけどよく聞けよ。場所を指すのか、道を指すのかってとこが違う」
「なるほどな。納得したよ」
「おや、ずいぶんとすんなり信じてくれるじゃないか」
「お前は裏表が無いところがいい所だからな」
「ありがとう」
「裏を返せば、融通が効かないって事だけどな。あはは」
「なんだと」
「やばい、おやっさんが来るぞ」
「ずっと仕事してたって事にしよう」
「口裏を合わせるわけだな。よし分かった」
「おやっさん、お疲れ様です」
「こいつ、ずっとサボってましたよ」
裏をかいてきやがった。

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