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【おはなし】きりん

 きりんはとても怖がりでした。
 森には敵の動物がたくさんいたからです。

 そのためまわりから自分の姿が見えないように、網目のような、ひび割れ模様になることにしました。

 すがたが見えなければ、敵におそわれる心配もありません。きりんは森の中で隠れながら、安全に生活できるようになりました。

 しかしここで問題がおこりました。
 森にひそむ敵だけではなく、仲間たちからも気づかれなくなってしまったのです。
 きりんの網目模様はそれほど見事に景色にまぎれていたので、無理もありませんでした。

 きりんはひとりぼっちになってしまいました。


ーーー

 きりんはひとりで毎日をすごしていました。
 ひとりで朝日をながめて、ひとりで食事をして、ひとりで夜を明かします。
 眠ってしまうとすぐにまた明日が来てしまうので、きりんはできるだけ眠らないようにしていました。

 その日きりんが星をながめていると、どこからか声がしました。
 「あんたは大きなからだをしているのに、なんだってそうやってこそこそしているんだ」
 見るときりんの目線と同じ高さの木の枝に、ミミズクがとまっています。

 「きみは僕のすがたが見えるのかい」
 きりんがたずねます。
 「当たり前だろ。なにを言ってる」
 「僕のことはほかの人にはほとんど見えないんだ」
 「なぜ?」
 「僕が、そう望んだから」
 すこし考えて、きりんは答えました。
 「そうかい。でもおれは目がいいんだ。残念だったな」
 きりんがほかの人と話をするのは久しぶりのことでした。

 「どうしてそんなことを望んだんだ?」
 ミミズクがたずねました。
 「怖いんだ」
 きりんが答えます。
 「怖い?なにが」
 ミミズクがまたたずねました。
 「ぜんぶだよ」
 「ぜんぶ?」
 「森のほかの動物たちに攻撃されるのも、みんなに仲間はずれにされるのも、明日がくるのも僕はほんとうに怖いんだ」
 「それでその模様になって、すがたを隠しているってわけか」
 「そうさ」
 「ならよかったじゃないか」
 「え?」
 「怖いものは無くなったんだろ。だってそれらはあんたのことに気づかずに通り過ぎていく」

 ミミズクの言うとおりでした。森にまぎれてじっとしていれば、乱暴な動物たちのことを気にしてびくびくしながら生活しなくてもすむし、最初からこちらに気づかなければ、仲間から冷たくされることもありません。

 「僕は、風景になりたかった」
 きりんがぽつりと言いました。
 「風景?」
 「どこにでもあるありふれた、誰も気にもとめないような景色。僕はそんなふうになりたいと思ったんだ」
 「ああ、あんたの森へのまぎれ方は見事なものだよ」
 「でもそしたらいつのまにか、ひとりになってしまったらしい」
 きりんがうつむきながら言いました。
 「ひとりの夜は、さみしいよ」
 上のほうで星がちかちかとまたたいているのをミミズクが見つけましたが、きりんはそれに気づきません。

 「なぁ、おれだってあんたほどじゃないけど、森にまぎれるのは得意なんだぜ」
 ミミズクが言いました。
 「たしかに、きみも木の皮目みたいな模様をしているね」
 「でもおれがこの模様なのは、獲物に気づかれずに狩りをするためだ。あんたとは違う」
 「そうだね」
 「だが森にまぎれたって、必ず狩りがうまくいくわけじゃない。おれはこそこそするのが苦手なんだ」
 「まぁ、そんな気はするよ」
 「あんただって同じじゃないのか」
 ミミズクは首を縦に回しながら、大きな目できりんを見つめます。
 「僕は狩りはしないよ」
 「そうじゃない。不完全なところがあって、当たり前だってことさ」
 きりんがミミズクを見つめ返しました。
 「あんたが臆病だって怖がりだって、決して誰も責めたりしないぜ」

 星がまた、忙しそうにまばたきをしました。


ーーー

 「おれはもう行くよ」
 ミミズクが去っていこうとしました。
 「ねぇ、また会えるかな」
 きりんがたずねます。
 「いや、悪いがおれはもうここを離れる。あんたみたいなでかいやつと一緒だと、獲物が逃げちまうしな」
 行き先の空をじっと見たまま、ミミズクは言いました。
 「そっか」
 じゃあなとつぶやくとミミズクは、羽を広げて飛び去って行きました。
 耳をすますとたくさんの音がします。木々のざわめきと虫の鳴き声が、きりんにはうるさいくらいに聞こえました。

 きりんはまたひとりぼっちになってしまいました。目をとじて、ほんとうに消えてしまえたらいいのにと、きりんは思いました。

 「言い忘れてたことがあった」
 声がしました。
 きりんが目をとじるのをやめてそちらを見ると、戻ってきたミミズクが不器用に枝に着地しているところでした。

 「言い忘れてたこと?」
 きりんがたずねました。
 「よく聞けよ。いいか、あんたがいくら森にまぎれてたって、見つけることができる奴なんていくらでもいる」
 ミミズクは言いました。
 「そうかな」
 「そうさ、おれがあんたを見つけたみたいにな。それに」
 「それに?」
 ミミズクはきりんに言い聞かせるように、ゆっくりと話します。
 「反対にあんたに見つけてもらいたいやつだっているかもしれないんだ」
 「見つけてもらいたいやつ?」
 「あんたはそいつにとっての大切な風景になればいいんだ」
 「そんなこと」
 きりんはひとりで眠らずに過ごしていた夜を思い出しました。
 「できるかな」
 「知らないが、あんたなら詳しいはずだろ。そういうやつの気持ちが」
 そんなことは思いもつきませんでした。それまでさわがしかった木々のざわめきと虫の声が、いっせいに静かになったような気がしました。

 「それと」
 きりんの返事をまたずにミミズクが続けます。
 「あんたの長い首は、星をすこしでも近くで見るためにあるんじゃないのか」

 ミミズクがまた羽を広げて去って行くのを、きりんはひとりでいつまでも見上げていました。
 なんだか森の中が明るいことに、きりんは気がつきました。きっと夜明けが近いせいかもしれません。


ーーー

 朝になりました。きりんが目をさまします。なんてことのない、いつもどおりの朝でした。

 『あんたに見つけてもらいたいやつだっているかもしれないんだ』
 きりんはミミズクの言っていたことを思い出して、あたりを見まわします。

 なんだか落ちつかず、きりんは森の中を歩いてみました。
 木のかげや岩のうらがわや、小川の近くをうろついてみましたが、変わったところはありません。森にはいつもどおりの色と、いつもどおりのにおいと、いつもどおりの景色があるだけでした。

 きりんの胸のあたりがあつくなりました。すこし、がっかりしたのかもしれません。ですがそんなことにはもう慣れていたので、悲しくはありませんでした。
 またひとりですごす毎日がやってくるだけだと、そう思いました。敵はいないし、森にまぎれて敵から隠れられるのはいいことじゃないか。涙が出ることのほどじゃないさ。

 ふと、だれかの話し声が聞こえた気がしました。風がふいたら飛んで消えてしまいそうな、澄んだ声です。
 きりんはしばらくそれに耳をすませていましたが、たまらなくなってそちらに足を向けます。

 だんだんと声がはっきりと聞こえてきます。話し声だと思っていたのはどうやら歌声のようでした。きりんの足が自然と早く動きます。

 森の奥のひらけたところに、きりんの背丈よりもずっと大きな木がありました。よく見ると根本の枝にハチドリが飛んでいます。歌声はハチドリのもののようでした。

 「きれいな歌だね」
 そう言いながらきりんはそちらに近づいてゆきます。不思議と怖くはありませんでした。

 「私の声が聞こえるんですか?」
 ハチドリがこちらをまっすぐに見て、おどろいたように言いました。
 「私の声はほかのみんなにはぜんぜん聞こえないんです」
 小さな羽を一生懸命にうごかして、ハチドリはきりんのまわりを飛び回ります。

 「聞こえてるよ。当たり前じゃないか」
 きりんが言いました。
 ハチドリはうれしそうに、きりんの頭の上を行ったり来たりしています。
 「ずっとあなたを、待っていた気がするわ」

 きっとこのハチドリは自分なのだと、きりんは思いました。
 「きみの声、もっと聞かせてくれる?」
 森の木々がまた、ざわめきはじめました。

 僕はたったひとつの大切な風景に、なれるのかな。
 きりんは目をとじて考えました。



おしまい

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