見出し画像

すばらしい新世界

多くは石油原料を元に、劣悪な労働環境で、安価で大量に作られた洋服を称して一部では’Junk Clothing’と呼ばれています。まさに’Junk Food’のように、必要以上に市場供給され、ほんの短期間のみ購入者のニーズや空腹を満たす為だけに作られた、持続的価値に乏しい商品。同義語として使われる’Fast Fashion’というフレーズは安易な大量消費の負の側面を捉えられていないように思えます。

正鵠を得ているのは、それが’junk’であることであって、’fast’であることではない。それは持続的に心を満たしてくれないだけでなく、それを安価且つ大量に製造するため、人類、そして環境へ甚大な負荷がかかります。

ある友人は同一のTシャツ3枚を購入してワードローブを一新したので、それらを毎日着用して、洗濯して、取り換えられることを喜んでいました。必ずしも悪いとは言えませんし、恐らくこれは究極に簡潔なワードローブでしょう。

しかしながら彼は各々たったの$8だったことを自慢していました。この`驚安価格`は感嘆すべきだと。この価格はオンラインショッピングで返却されたものを、コストをかけてリパックせずに、そのまま捨てることにより実現しています。これはいま時分の異常な問題です。


英国の作家オルダス・ハクスリーのディストピア小説「すばらしい新世界」では、指導者ムスタファ・モンドが「古い物ではなく新しいものを好んでほしい」と語る場面があります。

この至極諧謔的な物語では、人類が生産・加工・利用されて経済の奴隷のように扱われます。ビンから生産される人類は、幼少期から人工物を好むように加工(調教)されることで個人の嗜好性を統制され、成長してからもそれに沿う経済活動を行います。花と絵本を手にした赤子には電気ショックを与え、それらを憎悪の対象と見做すまで条件反射教育を施し、人類から自然愛と文化を奪い、経済の奴隷として育てる「教育」はその象徴として描かれます。


Junk Clothing に手を染める現代の人類は、知らないうちに経済の奴隷になってはいないでしょうか?みなさんの手元にあるその安価な衣服は、1年後には着られず、また新しい類似品へ交換するという事態に陥っていませんか?現実世界がディストピアにならないために、考え方を変える必要があります。


米コンサル大手マッキンゼー・アンド・カンパニーの統計によると、世界中で毎年およそ1000億着(一人当たり14着)の衣料品が生産され、使い捨てにされる期間は15年前の半分になりました(2019年時点)。


永く使い続けることができ、本当の意味で心を満たす洋服へ気持ちとワードローブを転換していきましょう。今お手持ちのものは大切に、これから購入されるものは10年後も大切にできるかどうかをひとつの購買基準にするのも良いかと思います。


ビスポークスーツのサスティナビリティー

さて、今冬僕はFox Brothers のグレンチェック(Glen Plaid)フランネルでスリーピースを仕立てました。370g程の厚みがありますので、インタックのツープリーツをブレイシーズで吊った時の豊かな立体感、本バスの芯地と生地が織りなすラペルの丘陵はスーツの本質的な美観を表現していると言えるでしょう。

画像1

画像2

画像3

様々な体格の人の魅力を引き立てる汎用性を備えた柄ですが、テイラーには幾多の課題と追加コストがのしかかります。タテヨコの柄を合わせる必要があるため、ストライプや無地以上に要尺がかかるのです。

因みに、グレンチェックはスコットランドのグレン・アーカート(Glen Urquhart)渓谷一帯で織られた生地柄がその鼻祖と言われており、その地名にちなんでこの名称となりました。

ヴィクトリア時代にはタータンチェックが愉しまれましたが、英国の紳士服に於いてカントリーの要素がタウンに影響し始めるのは1920年代以降と言われています。カントリーの定番であるハウンドトゥースは当時のハイソな層に親しまれましたが、現代でも洗練された印象を与えるチェック柄はグレンチェックをおいて他にないでしょう。


当時の革新と伝統を一挙に纏い、10年後20年後も愛せる逸品と共に歳を重ね、理想の新世界に向けて歩みを進めていきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?