泥風呂★

今までは一貫して回想記の体を成していたがきょうはきょうの周辺のことを書くことにした。
今の状況を説明するためにだいぶ前のことから書いてきたが突然めちゃくちゃすっとばして書いてしまうとぼくは今兵庫県の飯場に居る。一ヶ月前に入った。飯場といっても個室でしかも新築である。10年前とはえらく違う環境であるし、ぼく自身も矢張り10年経ってかなり変わった。気も少し強くなったかと思う。これ以上経過の説明に割くのはきょうはやめる。風呂の話だ。
飯場に入ってすぐに気にかかっていたことがある。
ぼくが今いる飯場は中浴場というか、銭湯が小さくなった感じの浴場があり毎日そこでからだを洗い湯に浸かる。その日々で、毎回とてもシャワーがこちらにかかってくる人がいる。けっこう離れた場所に座していてもこちらにかかるので、シャワーの使い方が異常なのでは、と思っていた。
きのう、その人が真後ろに来た。真後ろに来ると更にやばい。もう、弱いシャワーを直接浴びてるんじゃないかってくらいこっちの背中にかかる。なんなんだこいつは、と思いつつ、自分が神経質すぎるんだろうか、いやでも他の人のシャワーはかかったことないんだよなとか思っていたところ40代か50代くらいのその男が突然少し声を大きくして「最近入ったんかあ」と言い放った。ぼくの2つ隣に座してからだを洗っていた童顔のおじさんが「ぼくですか?」と言って、シャワー散布おじさんが「ちげーよ、そこのボンだよ」と言ってきた。ボンという言葉は漫画『刃牙道』の中で宮本武蔵が刃牙に言う台詞の中でしか聞いたことがなかったので、完全に嘗められている、と思い、タメ口で「いっかげつまえー」と言った。
寮内は喧嘩禁止と貼り紙してある。
「お前やたらメンチ切ってくんなー」と言ってきた。メンチという言葉をかなり久しぶりに聞いたため、頭が混乱して、「メン?メン?」と言っていた。
「さっきからおれのこと睨んでるだろがー」と声を荒らげて言ってきた。眼鏡を外していて視点が定まっておらず、気にはなっていたが睨んでいるつもりは無かったので苦笑しながら「いやいやっ、ぜんぜんっ」と応えると、「ボンお前何歳やー?」ときいてきた。歳下の癖になめんじゃねーぞという気持ちが声に籠っているが10年間クソみたいな社会を学んできたぼくである。ここでひよってはいけない。「さんじゅーぅ」と言った。喧嘩勃発がほぼ確定したような状況を見兼ねてか童顔のおじさんが湯船につからずに「お先でーす」と言って浴場から出た。証人が消えてしまった。寮内は喧嘩禁止だ。でも規約とかルールとかそんなことよりも、風呂場で取っ組み合いになったら2人とも滑ってこけてすごく馬鹿馬鹿しいような気がしてイヤだったし、そもそも最初に腹が立っていたのはこちらだった。にしてもこの後どうしたらいいかは思い浮かばなかった。
「さんじゅーかあ」と言っておっさんは何を返すでもなく去ってった。
あれ?
そして彼がいなくなって気付いたけどぼくは30歳じゃなくて31歳だった。なんで間違えたんだろう。ちょっとよくわからない感じできのうの浴場の一件はひとまず事なきを得たわけだけれど、そもそも喧嘩禁止と明記している寮の中で喧嘩をふっかけるような発言をすること自体問題なのではないかと思い寮長にショートメールで相談しようかなどと思ったりしたのだが、今居る寮の寮長は所謂良い人なのだけれど、すぐに思ったことを実行し発言するタイプなので、ストレートに散布おじさんに注意して更にキレさせる恐れがあったのでやめた。
きょうの日中に鉄板の上やスパッツの下などをハイウォッシャーで清掃しながら、きょうもう一度喧嘩を売られたらどうなるかを何度も想像したのだがだいたい同じ内容になった。
寮内で喧嘩を売られるが寮の決まりを破るわけにはいかないからとりあえず公園にでも行こうと行って公園に入った瞬間から彼をボコボコにして指の骨を折り歯を折り殺す気配を醸し出しながら隷属化させ、四つん這いにさせた状態で今後寮内の誰と話すときも敬語で、絶対に偉そうな態度をとらないことを約束させる、という映像が頭の中で何度も流れた。
飯場に入るような人間はその殆どがワケありなのでそういうことで通報したりはしないだろうが、やっぱりそれは良くないと思い映像を修正したりもしてみたが、こういう社会なのであそこまで偉そうにするということは元ヤクザとかそういう類の可能性が高く、矢張り次の何かが勃発することになれば必ず手を出してくるだろうと予想したため、控え目に修正してもどうしても相手の指は折ってしまっていた。
弁明するとぼくは人の指を折ったことが無い。歯を折ったことも無い。ただ、人にかかる迷惑に気付かず自分の怒りだけに目を向けるタイプのおじさんが本気で喧嘩を売ってきたとしたら、自分はその人の存在を否定し、蔑ろにすると思った。
しかし最近、殺さずの誓いを立てたぼくである。暴力反対。たとい正当防衛的なものであろうと矢張り血を見ることになるのはよくないと思った。いや違う。

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