練習用

~白狐の夢~

登場人物
・泰作(たいさく)㊚
  村医者。
  正義感が強いが不器用。

・士郎(しろう)㊚
  百姓。
  誰に対しても分け隔てなく
  接する穏やかな人物。

・白狐(ハク)㊛
  心で会話する術と、
  人に化ける術を持つ
  白い狐の妖怪。
  罠にかかっているところを、
  士郎に拾われ、恩返しをしようとする。

・薬屋㊚
  村の薬屋
  妖怪が大嫌いで、体躯が立派。

・N(ナレーション):不問

第一部 エピローグ





N:昔々、ある村の近辺で
妖怪が跋扈(ばっこ)し、
人間に対して、
日々、悪行を働いていた。

 村人たちは、
 度重なる被害に
 憤り(いきどおり)を
 隠せずにいたが、
 神出鬼没な妖怪たちに
 対抗し得る手段はなく、

 業を煮やす日々を送っていた。

 そんな中、
 楽観的な村人・士郎と、
 村で唯一の医者・泰作のふたりは、
 山菜取りのため、
 村はずれの山の中を
 歩いていた。

 その山が、
 妖怪たちの
 温床(おんしょう)であり・・・・。

 そして、
 巣窟(そうくつ)で
 あることを知りながら・・・・。


(泰作は、長い時間、士郎に付き合わされている)

泰作:士郎さぁ〜ん、
    そろそろ戻りませんか?


士郎:ん?
   おぉ、
   もう、そんな時間か。
   陽が沈んでは、
   帰り道も
   分からんく
   なってしまうかな?


泰作:問題は、
   そこじゃあ
   ありませんよ。
   士郎さんだって知ってるでしょ?

   ここら一帯は、
   妖怪たちの住処(すみか)
   なんですよ!

   今でこそ、
   大人しくしているみたいですが
   陽が沈んでしまったら、

   途端に何をしてくるか
   分かりませんからね!


士郎:ははは。
    なぁに、
    考え過ぎじゃないか?


泰作:士郎さんは、
    楽観的すぎるんですよ・・・。

N:泰作が、
 ため息混じりに、
 そう吐き捨てたとき

 前を歩いていた士郎が、
 ふと足を止めた。

泰作:・・・。  ←ここ、どう表現する?

  士郎さん? どうかしましたか?

士郎:ん・・・?
   いやぁ、
   気のせいかも
   知れないんだが、

   微かに
   泣き声のようなものが・・・・。


泰作:泣き声ですか?
 ・・・・いえ、僕には何も
       聴こえませんが・・・。


白狐:(助けて・・・。)


士郎:・・・。
   いや、
   やはり気のせいではないな。
   ちょっと、行ってみよう。


泰作:ちょ、ちょっと士郎さん!?

  危険ですよ!
  妖怪の
  類い(たぐい)だったら
  どうするんですか!

N:泰作の制止も聞かずに、
 士郎は、速足で雑木林の
 奥へ、奥へと、
 入っていく。

 陽も傾き始め、
 徐々に翳り(かげり)を
 増していくその情景に、
 泰作は少なからず
 不気味さを感じていた。

 そして、生い茂る草々を掻き分け
 やっと士郎に追い付くと、
 士郎は、しゃがみ込んで、
 何かを
 しているようだった。

泰作:士郎さん?
   そこで何をしているんですか?


士郎:いや、ちょっとな・・・。

  誰が仕掛けたか知らんが、
  トラバサミに、こいつが
  捕まっていたから、
  外してやってるんだよ。

  ・・・よし、
  そのまま・・・・
  動くなよ

  よいしょ っと。
  よぉし、外れたぞ。


泰作: ん?
  なんだ?
  こいつは。

N:泰作は、心底いぶかしい心持ちで
 トラバサミから解放された
 「それ」を見た。

 ただの獣では・・・・。
 断じて、ない・・・・。

 そこにいる「それ」は、
 不気味なほどに美しく、
 純白の毛色をした一匹の狐だった。

 トラバサミに掛かっていた脚には
 少しばかりの血が
 にじんでいたが
 そこまで傷は深くは
 ないようだった。


白狐:(助けていただいて、
    ありがとうございます・・・!)
    (なんと、お礼を
    申し上げたら良いか・・・。)


士郎:なぁに、
     要らん要らん
   礼など、要らんよ。


泰作:・・・士郎さん?
   誰と話してるんですか?


士郎:誰って、おまえ、
  目の前にいるコイツじゃねぇか。
  お前にゃぁ、聞こないのか?
  この声が


白狐:(私の声が聴こえる人に
    出逢えたのは
    何年振りでしょうか・・・?)

   (あの・・・・。)
   (もし、よろしければ、
   是非とも恩返しを
   させてくださいませんか?)


士郎:恩返し?
   俺はなぁ、
   何でもない
   貧乏な百姓なんだよ

   関わってもらっても
   なんにも得なんか
   ないんだぜ


泰作:ちょ、ちょっと
   士郎さん・・・
   さっさと帰りましょうよ。
  
   こんな・・・・。
   
   真っ白な毛並みで
   人語を解する狐なんて・・・

   妖怪に違いないですよ。


白狐:(例え、そうだとしても、
    御恩を返さなければ
    私の気が済まないのです!)

    (どうか、
    私を連れてっては、
    くれませんか?)


士郎:むぅ・・・・。
  そこまで、言われては、
  たやすく足蹴にするわけにも
  いくまいな・・・・。

  まぁ、仕方がないか・・・
   特別だぞ。


白狐:(っ、はい!)
   (あ、ありがとうございます!)


泰作:士郎さん?
   まさか、連れて帰るおつもりですか?


士郎:なんだ?
   なにか問題でもあるのか?


泰作:大有りですよ!

   いま、僕たちの村で、
   妖怪が、どれだけ嫌われてるか
   ご存知でしょう?
   
   そいつが、疎(うと)まれるだけなら
   いいですけど、
   その矛先が士郎さんに向くかも
   知れないんですよ!


​士郎:はは。

 それなら、
 「こいつはただの珍しい獣だ」
 とでも、はぐらかしておけば
 良いんじゃないか?


泰作:それで済むほど
     物事は簡単じゃないんですよ!


白狐:(……あの……やはりご迷惑でしょうか…?)


士郎:なぁに、気にするこたぁない。

   こいつはちょっと、
   神経質な所があるんだ。


泰作:う……っ!

   僕はもう警告しましたからね!
   どうなっても知りませんよ!

N:それ以上何も言えず、
  泰作は乱暴な足取りで
  さっさと歩き出す。

​  それに笑いながらついて行く士郎と、
  その腕に抱えられる白狐。

​  こうして、この二人と一匹の物語は、
  幕を開けたのである。


第二部 それから、三日後のこと・・・・。


泰作:へえ、
  随分元気になったもんですね。


​士郎:おお、泰作じゃねぇか。

​   なに、元々そこまで深い傷でも
   なかったからよ。

   三日もすればあの通りだよ。


N:泰作は、士郎の畑を訪ねてきていた。

  そこには、いつも通り、
  農業に勤しむ士郎と、
  木の実採りを手伝う
  白狐の姿があった。

​  士郎の言うように
  傷は完治したようで、
  高い木に容易く登っては、
  次々と木の実を落とす。

  その身軽さは、
  猫も顔負けなほどであった。

泰作:まあ、あんな所で
  捕まってるようでは、
  他の妖怪の
  格好の獲物でしょうからね。

​  罠を仕掛けた者も、
  物好きな輩(やから)だと
  思ったものですが。

​   ……しかし、
  大丈夫なんですかねぇ?

  ただでさえ
  狭い村なんですから、
  いくら士郎さんの
  敷地内とはいえ
  あんな狐、
  目立ち過ぎますよ。


​士郎:うむ、
   お前の言うことも
   一理あると思ってなぁ。

​  特に何もしなくていいと
  言ったんだが、

  ああ見えて、なかなか
  強情なやつでなぁ。
  何か手伝わせろって
  聞かねぇんだよ。

​  だから、ああやって
  高い場所で
  仕事をさせてるんだよ。

  こんな日差しの強い季節じゃ、
  わざわざ
  上を向いて歩く奴なんて
  いないんじゃないかと思ってな。


泰作:……な る ほ ど。

​   士郎さんもちゃんと
  考えられてるみたいで、
  少し、安心しましたよ。


​士郎:それに、正直なところ
   助かっているのも事実なんだよ。

​   おーい、ハク!

   今日はそんなもんで充分だ、
   降りておいで!

白狐:(あ!、はーーいっ)

泰作:ハク?

士郎:そうだ、ハクだ。

 特に名前も無いと言うので、
 俺が付けてやったんだ。

ハク:(この人は……たしか、
          泰作さんだ!)

    (こんにちは!)

N:木から降りてきて
  初めて泰作の存在に
  気が付いた白狐・ハクは、
  泰作に頭を下げた。

​  強い太陽の日差しは、
  いつにも増して
  ハクの純白の毛を輝かせる。

​  そんなハクには目もくれず、
  泰作は士郎のほうに目を向けた。

泰作:で、どうですか?

   最近、体調のほうは。

士郎:ああ、
   頗る(すこぶる)快調だぞ。

   お前に勧められた通りの
   生活を続けてるんだが、

​   特に体調の悪さを
   感じたことはぁ、
   ここんところ、
   まったく無いんだよ。


泰作:そうですか・・・・。
    それなら良いんですが・・・。

    だけど・・・、

    くれぐれも気を付けてくださいね。

​   今日のような日差しの強い日は、
           急に目眩(めまい)とかを起こして
           倒れる人が、毎年毎年
   後を絶たないんですから。

   士郎さんのような百姓の方は
           特に! なんです!

ハク:(……士郎さんは、
   どこか、
   悪くしてらっしゃるのですか……?)

士郎:まぁなあ。

  むかし、ちょっとな

  急にふらーっと来て
  ぶっ倒れちまったことがあったんだよ。

​  そん時は、もう、
  ホントに、しんどかったんだが、
  泰作と泰作の親父に
  介抱してもらったんだ。

​  こいつの所には、
  親子揃って
  世話になってるんだよ。

ハク:(そんな事が……
    では、
    泰作さんは、ご立派な方なんですね!)


泰作:相変わらずその狐は、
   士郎さんとしか喋れないんですか?

​   ……まあ、
   動物が人間と話せるなんて時点で、
   世の理(ことわり)から
   外れてますけどね。

士郎:まあまあ、
  そう厳しいことを言うなって。

​  ハクはな、
  お前のことを
  立派だって言ってくれてるんだからよ。

泰作:えっ・・・、い……っ……そんな事、
   僕にはそいつの声は
   聞こえないんですから、
   分かりませんよ。

   とにかく、僕はもう帰りますけど、
   体調管理には
   じゅーぶん
   気を付けてくださいね。

   士郎さんと……
   そして、
   そっちの、ハクとやらも!

ハク:(えっ、あ……はい!)


士郎:あっはっはっは!
   素直じゃねえなぁ、あいつも。

   なあ、ハクよ。

ハク:(そうですね……)

 (ちょっと不安だったけど、
 私、あの人に嫌われてないなら、
 それだけでも……)

 (少し、安心しました)

士郎:まあ、あいつは、
   妖怪については、
   あんまり
   いい考えを持ってねぇからなぁ……

​   家柄が医者ってこともあって、
   立場上
   妖怪の味方をしたくても
   出来ないんだ。

   しかし、まぁ、
   本心がどっちなのかは
   俺にも分かんだねえけどな。

ハク:(複雑なんですね……)

士郎:まぁ、少なくともあいつは、
   お前の敵じゃあねぇから
   安心しろよ。

​  そんなことより、今日は大収穫だったな。

  ちょっとは晩飯が豪勢になるかもだ。

ハク:(あ、はい!

     お役に立てて嬉しいです)

N:士郎とハクの生活は、順調に続いていた。

  それこそ、まるで親子に見えるほどに。

​  泰作は三日に一度、
  士郎を訪ねてきていたが、
  心配に及ぶ事も無く、
  いつも、
  一人と一匹の様子を
  少し眺めてから、帰宅する。

​  そんな毎日が、
  当たり前になりつつあった。

  が、しかし……​


第三部 忍び寄る暗い影


士郎:今日は調子が良かったな!
   たくさん、魚が捕れたぞ!

   たまにゃ、魚捕りもいいもんだなぁ。

ハク:(はい。

    水浴びも出来ますし、また行きたいです)

士郎:そうだよなぁ。

   よし、いっちょうこれで旨い刺身でも、

   ん……っ……?

ハク:(えっ?……士郎、さん?)

N:突然大きくふらつく士郎。

  足が縺れ(もつれ)、
  そのまま力無く、
  糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

ハク:(!?

​    士郎さん? 士郎さん!?)

泰作:ごめんくださーい。

   士郎さーん、いますかー?

ハク:(あっ!

    泰作さんだ!
       よかった!)

泰作:うお!なんだお前か!

   士郎さんはいるか?

ハク:(こっちです、こっち!

    早く、早く!!)

泰作:なんだなんだっ、
       引っ張るな!

N:ハクは泰作の服に噛み付き、
  ぐいぐいと士郎のもとへと引っ張る。

​  その必死さに、
  泰作も何かを感じ取ったのか、  
  急ぎ足でハクについて行った。

​  村の中では、原因不明の伝染病が
  少しずつ拡大しており、
  泰作はその警告をしに来たのであった。

  案の定、士郎もそれに感染し、
  突然、倒れ込んでしまったのだろう、
  と、泰作はハクに話したのである。

士郎:んっ………………

泰作:……気が付きましたか?
            士郎さん。

士郎:……泰作か……?

   ここはどこだ?……
      そうか、俺の家か・・・・・。

泰作:そうなんです。

​   ……士郎さん、

   落ち着いて聞いて下さいね。

​   どうやら士郎さんは、いま、

   流行り始めている病に、
   罹(かか)ってしまったようなんですよ。

士郎:病だと?

泰作:ええ……そうなんです

   今、父と原因を調査していますが、
   全く何も分かっていないのが現状です。

​   とりあえず、症状が軽いうちは
   既存の風邪薬でも
   ある程度は効くようですが……

士郎:……そうか……

​   まあ、症状が軽いんだったら、
   まだマシだったと
   思うべきなんだろうな。

泰作:そうですね……

   とにかく、
   今は安静にしていてください。

​   僕もこれから、
   他の人の所へも
   巡回に行かなければいけませんから。

士郎:おう。
   お前も気ぃ付けろよ。

N:泰作は頷き、
   薬の袋を置いて出て行った。

  士郎は仰向けになり、
  ぼうっと天井を眺める。

​  泰作に強がっては見せたが、
  士郎の受けた感染はかなり深く、
  意識もまた
  朦朧(もうろう)と
  し始めていた。

  動かない自分の体に
  苛立ちを覚えながら、
  士郎は再び目を閉じた。


第四部 暗闇の中の少女


ハク:(……さん、……郎さん……士郎さん……)

N:薄れつつある意識の向こうで、
 士郎は微かに聴こえる声に
 気が付いた。

​  ふと目を覚ますと、
  周囲は月明かりも無く、
  完全な暗闇となっていた。

士郎:……んお……ハクか?

​   いけねえ、また寝ちまってたか。

ハク:(あ、いけません、
    安静にされなくては……

    今、水をお持ちしますから)

士郎:お?

   ……おう、悪いな。

士郎:(M)(あれ?)

   ……水を、持ってくるって……言ったよな?

​   どうやって、持ってくるんだ?……

ハク:(どうぞ、薬も置いておきます)

士郎:お、おぅ……

​  ああ、その前に、ちょっと
  灯りをくれないか。

​  流石に、
  暗過ぎて何も見えないんだ。

ハク:(えっ・・・・・。
        あ、・・・・はい、)

N:ハクは、少し、どもりながら、
  囲炉裏(いろり)に、火を入れる。

​  ぼぅ、っと
  橙(だいだい)の光が
  部屋の中を
  照らし出した
  部屋の片隅にいた
  その存在に、  
  士郎は目を丸くして驚いた。

​  なんと!
  そこには、純白の着物を来た、
  白髪の少女が座っていたからである。

士郎:……お前は……
     もしかして、ハクなのか?

ハク:(……はい。

(もう、
 狐のままの姿じゃ、
 なんにも出来ないんだって……
 分かりましたから)

士郎:そ、そうか・・・・。

ハク:(あはは……気味が悪いですよね?
    狐が人間の真似事を、するなんて。

​    ……でも、心配しないでください。

    士郎さんの病が治ったら、
    ここからも、姿を消しますから……)

士郎:……その必要はなかろうよ。

ハク:(え……?)

士郎:いや、寧(むし)ろ
  そんな芸当が出来るんだったら、
  最初からやって欲しかったなぁ。

​   そっちの姿のほうが、
   本物の親子って感じがして
   良いじゃないか?

ハク:(……えっ? あの……)

士郎:しかし別嬪(べっぴん)だな、
   こりゃあ魂消(たまげ)たよ。

​   こんな美人に看病されたら、
   病なんてメじゃなかろうな。


ハク:(……受け入れて、くださるんですか?
    こんな私を……?)

士郎:当たり前じゃないか!

   自分の娘の姿が
   女子(おなご)だろうが、
   狐だろうが、
   それを、とやかく言うほど、
   俺は、無粋な輩(やから)じゃないぞ。

ハク:(……士郎さん……!)

士郎:おーおーおー。

  泣いたらそれもまた、
     可愛いもんだな。

ハク:(ふふっ……
      なにを言ってるんだか……

​    ほら、とにかく早く、
    お薬、飲んでください)

士郎:おっと、そうだったな。

N:士郎はゆっくりと
  薬を水と共に飲み干すと、
  ほどなく眠りについた。

  それを見るハクは、涙目で微笑み、
  狐の姿へ戻り、寄り添うように床につく。


ハク:(この時間が、
      いつまでも続けば良いのに……)

N:そう願うハクの想いを
  嘲笑うかのように、
  伝染病の蔓延(まんえん)は留まらず、
  士郎の症状も少しずつ悪化していった。

​  泰作も仕事に追われるようになり
  あまり顔を見せなくなってしまい、

​  徐々に徐々に侵されていく日常に
  ハクは不安を隠しきれないでいた。

  そして……​

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

​第5部 残酷な必然


ハク:(あれ……おかしいな、
    確かにここに、
    全部置いておいた筈なのに……

​    ……もしかして、
      昨日の分で最後だったの……?

​    どうしよう……
    泰作さんも最近、顔見せてくれないし……

    ……ぅわっ!?)

N:ハクは、一人台所で
  慌てふためいていた。

  というのも、
  士郎が服用している薬が
  無くなってしまっていたからである。

  当然ながら、薬の知識など
  持ち合わせていないハクは、
  何とかならないかと右往左往していた。

  しかし、足を引っ掛けて
  薬箱をひっくり返した時、
  ひらり、と一枚の紙切れが落ちた。


ハク:(あいたたたた……

    あれ? これって……

    ……字は読めない、けど……
    たぶん薬の名前だよね。 

    そうか……そうだ、
    これさえあれば……私でも!)


士郎: なんか凄い音がしたな?
   おい、ハク、どうしたんだ?

ハク:(あ、いえ大丈夫です!

    士郎さん、
    私、ちょっとおつかいに行ってきます)

士郎:えっ?

   どこへ行くんだ?

ハク:(お薬がもう残ってないんです。

    でも、泰作さんは
    忙しくて来れないみたいですし、
    買い足しに行かないと……)

士郎:なんだ、そんなことか。

   そんなことで、
   わざわざ危険を冒すことは無いぞ。

   少しくらい飲むのを
   怠った程度じゃ、死には、

   うっ!
   っげほッ!!

ハク:(士郎さん!?)


士郎:いや……なんてこたぁ……ないんだ
    ちぃとばかし胸が……

   げほっ、……ぅっ……ごほッ!!


ハク:(士郎さん!

    すぐお薬買って帰ってきますから!

    それまでどうか、待っててください!)


N:そう言って、
 士郎の制止も聞かずハクは、家を飛び出した。

 勿論(もちろん)、
 自分が村民の目に触れるという行為が、
 どれだけ危険な事かは自覚していた。

 しかし、それでも、
 ハクは動かずにはいられなかった。

 士郎を苦しめている病魔は、
 今にも命まで奪わんとしている。

  そう確信出来るほどに、
  士郎の容態の悪化は、
  著(いちじる)しかったからである。


ハク:(でも……この姿ならある程度は
   誤魔化せるはず……

    とにかく、急がなきゃ……!)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ハク:(ご、ごめんください……)


薬屋:ん?

   なんだ、見慣れねえ嬢ちゃんだな。

   どうした、おつかいかい?


ハク:(いえ、あの……

    ……そうか、この人にも、
  私の声は聞こえないんだ……)


薬屋:黙ってちゃ分かんないだろー。

   ……ま、あらかた用件は、察しがつくけどな。

ハク:(こ、これを……)


N:ハクは、大柄な店主に紙切れを渡す。

  その内容を見た男は、
  太めの指で頭を掻きながら、
  渋り顔で口を開いた。


薬屋:……ああ、やっぱりこいつか。

   そりゃあそうだよな、
   今は、村中が大騒ぎだからな。

​   皆、お目当ての品は一緒ってわけだ。

​   申し訳ねえが、
   今すぐに渡せるのはこれっぽっちだ。

   ただでさえ、調合が追いついてなくてな。

ハク:(いえ、それでも……
     ありがとうございます!)

N:ハクは薬が入った小袋を受け取ると、
  何度も何度も頭を下げた。

​  そして代金を払い、あとは帰るだけ……
  となった時、
  ハクは最大の失敗をしてしまう。

​ 一瞬でも安堵し
 気が緩んでしまったせいか、
 変化(へんげ)が解け、純白の尻尾が
 着物の裾(すそ)から出てしまったのである。

  それを隠す間も無く、
  薬屋は、目の前の少女が
  人間ではないことに気付く。

  あまりにも、残酷な必然だった。

薬屋:ほぉー……なぁるほどなぁ……

   これで合点がいったぜ。

​   お前がこの厄介な病魔の権化で、
  人間の姿で俺を騙くらかし、

  人間の頼みの綱である薬を、
  根こそぎ奪っちまおうって
  魂胆だったってぇわけかい!

  相も変わらず汚ねえなァ、
  妖怪さんの考えることはよぉ!!

ハク:(ち、違っ……私は、そんなつもりじゃ……!)

薬屋:……「私は違います」って顔してんな。

   まァ、どっちにしたって一緒さ。

   ただでさえ俺たちゃ、お前らのやり方に、
   はらわた煮えくり返ってんだ。

​   お前さん、妖怪であることに
   間違いはねえんだろ?

​   だったら、どのみちここで、
   息の根止められるって事は変わんねえよ!

ハク:(なっ……そんな……っ!?)

N:ふと周りを見直すと、いつの間にかハクは、
 鋭い殺気を、孕(はら)んだ眼光を放つ
 村人達に囲まれていた。

​  そして村人達は、各々が持っていた凶器、
 鍬(くわ)や鋤(すき)で、
 女子供は石ころを投げつけて、

  一斉にハクを袋叩きにし始めた。

  一片の容赦も無く降り注ぐ暴力に、
 ハクはただ必死に身を守るしか出来なかった。

ハク:(助けて……誰か……助けっ……!

    ……士郎、さん……!!)

泰作:おい、これは何の騒ぎだ!

ハク:(……!)

泰作:貴様ら、揃(そろ)いも、
   揃(そろ)って
   か弱い女子(おなご)に、
   何をしている!

ハク:(泰作……さん……?)

薬屋:おんやァ、誰かと思えば。

   何をしてるってのは、
   こっちが言いたいぜ、泰作さんよ。

​   お前さん、妖怪を
   庇(かば)い立てするってのか?

泰作:なに?

   ……この少女が……妖怪だと?

薬屋:あぁそうだよ。

   真っ白な狐の尻尾が生えてんのを、
   さっきこの目でしっかり見たからな。

​   そいつは貴重な薬を奪って逃げようとした、
    最低最悪なケダモンなんだよ!

​   それでも、俺たちがやってることが、
   間違ってるって言いてぇのか?

泰作:(M)(えっ?)

   ……真っ白な、狐の尻尾……?


泰作:……そうか。

   とにかく、この場は私が預かる。

​   この妖怪は、
   私が責任を持って
   村の外に追い出しておこう。

   薬も其方(そのほう)に返す。

   それで、ひとまず文句は無いだろう。

薬屋:……ふん。

   まぁ、お医者様のご子息に、
  そこまで言われちゃな。

​   ……分かったよ、
  ここはお前さんに免じて見逃しといてやる。

​   だが、次にもう一回、
  この村の中でそいつを見た時は……
  絶対に、生かしちゃおかねえからな。

泰作:……ありがたい。

N:騒動が一旦収束すると、
  村人達も渋々と、
  その場から去っていった。

​  そして、泰作は
  ハクが持っていた薬の袋を、
  薬屋に返し、傷だらけのハクを抱えて、
  村の出口まで連れて行った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ハク:(……泰作さん……)

泰作:……念の為、確認するが、
     お前は……ハク、なんだな?

ハク:[頷く](はい)

泰作:……結局、僕が、
    心配していた通りに
    なってしまったのか・・・・。

​    とにかく、
    これで痛いほど思い知っただろう。

    お前が、
    人間の生活に入り込むのが、
    どれだけ危険な事なのか。

ハク:(ハッ……!)

泰作:分かったら、
   元のお前の住処(すみか)へと帰れ。

   ここまで騒ぎを起こした以上、
   お前の居場所なんて、
   もうこの村の
   何処(どこ)にもないんだ!


ハク:(嫌です!

    ……こうしてる間にも、士郎さんが……!)


N:ハクは必死に、
  双眸(そうぼう)に涙を溜め、
  首を振って叫ぶ。

​  しかし、どれ程声を大にしても、
  その一言一句(いちごいっく)は、
  泰作には聴こえる事は無い。

  ただ強情なまでに
  その場から
  去ろうとしないハクに、
  泰作は僅かな憐れみと、
  苛立ちを覚える。

  ……そして、数刻の沈黙の後。

  夕闇に染まりかけた閑静な空に、
  ハクの頬を、泰作の掌が打つ
  渇いた音が、
  微かに響いた。

  効果音「パシッ!」


ハク:(……ぇ……?)

泰作:……いい加減にしろ!

​  お前はそもそも、
  存在自体が村中から
  疎まれて(うとまれて)いるってことを、
  その身をもって味わっただろう!

​  そんな奴を庇(かば)い立て
  した僕が、
  皆から批判を浴びるのは
  別にいい!

​  だがな、お前を娘のように
  可愛がっていた士郎さんは
  どうなるんだ!!

​   お前の身勝手な行動一つで、
   士郎さんは、いつ村から
   追い出されてもおかしくないんだよ!

   お前を拾ったあの日からな!!

   お前の身はお前一人の物じゃない、
   全てのしっぺ返しは
   士郎さんに行くんだ!

​   士郎さんが大事なら
   尚更(なおさら)、
   これ以上あの人に、
   そして、
   この村に関わるな!!

ハク:(……士郎さんが……大事なら……

    でも……私は……)

N:その日以来、
  ハクはその村から姿を消した。

​  しかし、当然ながら
  それによって
  村に潜む病巣(びょうそう)が
  衰える事は無く、

  士郎もまた、いよいよ
  峠を迎えようとしていた。

​  そして、数日が経ったある日の深夜。

  一発の銃声が、
   村の静寂を打ち破った。

 ​

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

泰作:今の銃声は、なんだ…… ……っ!?

ハク:……た……ぃ作、さ………

N:泰作の家門の前。

​  そこには、血の海に横たわる 
  数日前、村から去った筈の、
  少女の姿をした狐の妖怪がいた。

​  その身を鉛で貫かれ、
  息も絶え絶えで瀕死に陥っていた彼女は、
  その変化もままならず、

​  尻尾はおろか、純白の狐の耳も頭部に現れ、
  そしてそれら全てがあまりにも痛々しく、
  朱に染まっていた。​

  泰作は、自らの手が血に塗れる事も
  厭わず(いとわず)、
  駆け寄り、
  そして、彼女を抱き起こす。

泰作:お前……なぜ、
   またここに現れたんだ!?

   あれほど……あれほど、
   もう二度と現れるなと
   言っただろう!!

ハク:分かって……ます。

   ……だか、ら……もう、
   私は……ここで死ねば……

​   ……この村の、
   ……人達は……安、心……できる、って……


泰作:な、なにを、言って……!

   ……お前、言葉を……!?

ハク:……これ、を……

泰作:これは、……薬、か!?

ハク:……妖怪……の秘薬、です……

   ……これなら……きっと、この村の病魔にも……

​   人、間に渡した……なんてバレたら……
   妖怪からも……お払い箱……です、よ……

泰作:お前…… なんで、そこまでして……!!

ハク:……あは、は……

   これ……せめての……恩、返……

​   ………………

泰作:……おい、ハク……?

   ハク、……ハクっ!!

​   ……恩返し、だな……
   確かに、受け取ったぞ……!

   お前の命を懸けた想い、
   決して
   無駄にはしないぞ、ハク……!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第六部 夢のあと



士郎:よう。泰作じゃないか!

   なんだ、今日も来たのか?


泰作:ええ、まあ。

   士郎さんこそ、いいんですか?

   せっかく快復したばかりなのに、
   こんな場所まで出歩いたりして。

士郎:なんの、なんの。

   元より、床(とこ)に
   臥せっ放しというのは
   性に合わんのだよ。
   身体が鈍(なま)っちまう。

   ……それに、
   俺は、ここに来なきゃ
   ならなかったんだ。

   そうだろ? 泰作。


泰作:(M)

   あの日以降、僕は、
   ハクが遺した秘薬の成分の
   分析に尽力(じんりょく)している。

   士郎さんだけではなく、
   村そのものを救ったあの薬は、
   人間の知識の範疇(はんちゅう)を
   大きく超える程に、

   とてつもなく複雑で、
   そして、
   途方も無く
   繊細な代物だった。

   未だに、
   その類似品すら作ることも叶わない。

   だがそれでも、
   村全体の医療技術が
   大きく成長したことは確かで、

   あれだけ生死の境を
   彷徨(さまよ)っていた
   士郎さんでさえ、
   何事もなかったかのように快復出来たのだ。


士郎:しかし……
   あれからもう、
   どんだけ経ったんだろうな・・・。

泰作:正直、
   今でも、あの日々は、
   夢だったんじゃないかって
   思う時もありますよ。

​   士郎さんにも、ハクにも、
   振り回されてばっかりでしたからね。

士郎:はっはっは、確かになぁ。

   まあ、それは、
   悪かったと思ってるよ。

   だが、夢なんかじゃあ
   なかったってことは、
   こいつが、
   一番分かってるんじゃないかな?

   ……なぁ、ハクよ。


N:士郎はそっと、
  墓前に一輪の花を供えた。

  かつて、士郎と泰作と、白狐が、
  初めて出会った場所。

​  3人しか知らないそこには、
  小さな墓石が建てられ、
  「ハク之墓」と刻まれている。

泰作:そう……ですね。


士郎:いま、思えば
   あれも、
   あいつの夢だったのかも
   知れないな。

​   ハクよ。
    
   お前にもらった命
   大事にするよ

泰作:え?

士郎:さて、
​   帰るぞ、泰作!

   まだなぁ、
   山ほど仕事が残ってるんだよ!
 

泰作:ちょ、ちょっと士郎さん!

   待ってくださいよ!

   ……全くもう。


ハク  :  (士郎さん、ありがとう・・・・・。)

N:……昔々、ある村の近辺で
  妖怪たちが跋扈(ばっこ)し、
  人間に、日々、悪行を
  働いていた。

​  しかし、それはもう、過去の話。

  今や、その村に、
  かつての人間と、妖怪の対立はなく、

  やがて妖怪と人間は、
  互いに友好関係を
  築き始めるにまで至った。

​  そして、その礎(いしずえ)と
  なった白狐の墓は、
  決して風化することなく、

  まるで士郎達を見守るように、
  永久に、佇(たたず)み続けたという。​


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作詞してみました😂😂😂

♫ひとは、なにかを
 犠牲にしなければ
 成長できない
 哀しい生き物かも知れない

 おまえの残したものは
 みなに光を
 与えてくれた

 今になって
 気付くなんて
 あれは、やはり
 夢だったのか
 いや、そんなことはない

 もっと、話したかった
 夢を語り合いたかった
 お前の願いを
 聞きたかった
 何気ない会話が
 幸せだったことに
 今ごろ気付くなんて

 今は、ひとことしか
 言えない
 
 ありがとう

 

 

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