北の工作員

 私は、羽田空港から島根出雲空港に向かっていた。取引先の工場に、あいさつがてら営業活動をするためだ。私の旅の楽しみといえば、旅先の温泉宿に泊まること。レンタカーを借り、営業活動を終えた後、その日の宿泊先を決めるため、車を止めた。
 しかし、止めた場所が悪かった。小学校のすぐ近くである。小学生の女の子が、何人かで連れ立って下校中だった。停車中の大きなダンプカーの横を通り過ぎ、その先に車を止めて、あらかじめ買っておいたガイドブックを眺めていると、コンコンと運転席の窓ガラスを叩く音。見上げると、そこには警察官が。
「あんた、ここで何しよんね」
小学生の女の子を物色していると疑われたのだ。事情を説明してことなきを得たが、これがそもそものケチのつきはじめだった。
 温泉宿は温泉津(ゆのつ)温泉のとある宿に決めた。温泉津といえば、石見銀山の積出港として栄えた土地である。いかにもかつて栄えていたと思わせるような町並み。私が泊まった宿も、かつては女郎屋であったのではないか、と思わせるような建物だ。
 夕食を取るため、外に車ででかける。夕食を終え、宿までの帰途に着くと、なにやらおかしい。誰かに尾行されている。そう確信したのは、自分が車を停めるとその車も停まり、動くとついてくるのを、バックミラーで確認したからだ。その後、宿泊先の駐車場に車を入れると、あやしい車はそのまま走り去っていった。
 帰京後一週間たった頃、テレビのニュースを見て驚いた。私と同じルートで、北朝鮮の工作員が麻薬を密輸しようとして、警察に捕まっていたのである。私は北朝鮮の工作員と疑われていたのだ。

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