翼をひらくとき⑦

わたしの夢、わたしの願い

 慶子は不思議な夢をみた。例のカート飛び出し事件の後日、という設定だった。
 中村が退職した慶子の実家を訪れる、というところから始まる。私宅を訪問しているというのに中村はCA姿なのだが、夢の中でのことなので気にならない。中村は、カートが飛び出したのは自分の責任である、と告白した。案の定、中村はギャレーのチェックはしていなかったのだ。慶子は中村の話を聞きながら心の中がすーっと晴れていくのを感じた。夢の中とは思えないほど実感を持って心の靄が消えていった。
「大変申し訳ございませんでした」
 と中村はペコンと頭を下げた。言葉の丁重さとは不釣合いなそのカジュアルな所作に、慶子は呆れる一方で吹き出しそうになる。すると中村は、にやにやっと笑みを漏らす。その表情は、いたずらがばれた時の娘、満の、「ごめんね、でも許してくれるよね」、というふてぶてしいにやけ顔にどことなく似ていた。
「しょうがないわね。今回は、お客様の怪我も大ごとに至らずに済んだと聞いていますし、大目に見ますが、今後は気をつけて下さいね。それに中村さん、アナタね、」
 と、夢の中の慶子はCA時代の口調で説教を垂れる。

 朝、目が覚めたときは爽快な気分だった。あまりに現実味ある夢だったので、慶子は一瞬、実はそういうことだったっけ、と考えてしまったほどだ。だがそれも数秒のこと。身体を起こし眠気も覚めると、慶子は一人首を横に振った。
「あれは夢。悪いのはわたし」
 苦笑いが浮かんでしまう。それでも心は軽かった。横を見ると、孝一は深く眠っている。慶子はそっとベッドを抜け出し、リビングに向かう。東の方では日が昇りつつあるのだろう、蒼い明かりがレースのカーテンから差し込んでいた。
 慶子は今しがた見た夢について考えていた。夢の中の慶子は、実に寛大に中村を許した。もし本当にああいう筋書きだったとしたら、慶子はそうできただろうか。
 自信はない。あの事故は、慶子にとって悔いても悔やみきれないほど辛い経験だった。事件からもう数年以上経っているというのに、慶子はまだ罪の意識に苛まされている。それをあんな簡単に許すことが出来るとは思えない。だが、夢の中の慶子はあっさりと中村を許していた。許すことができたのだ。

 それなら。

 それなら、わたしも自分のことも許してあげられるのではないだろうか。慶子は思った。今まで、慶子は自分のことを許そうとしたことがなかった。自分が苦しむことで罪を償おうとしていた。でも、もう十分なのではないか。もう許してあげるときが来ているのではないか。自分は、ああいう過ちを犯してしまうダメな人間だ。でも、もう、そんな自分を受け容れてあげたい。そうでないと、他の誰をも受け容れてあげられない。
 過ちは誰にでもある。娘の満は、毎日毎日、間違いを犯しては慶子に叱られている。その度に、謝って、そして許してもらっているではないか。自分を許したい。

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