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【歌詞和訳】Pavement 『Spit on a Stranger』 -時制に幅がある詞で歌われているのは過去の恋?現在の恋?

◆Pavement

 Pavement は、アメリカはカリフォルニア州出身のオルタナティヴ・ロックバンドだ。90年代のオルタナシーンを代表するバンドながら、正直に言えば筆者はあまり詳しいわけではなく、ちゃんと聴き始めたのは今年の夏の終わり頃のことで、どのアルバムも聴き込んだといえる域には達していない。そんなわけで、いい加減な知識と感想をここに書くのは気がひけるのだが、好きなことには間違いないので、いつか自信を持ってファンだと言えるようになった日に加筆なり特集記事の投稿なりをしたいと思う。

 と言い訳を並べつつも、今の時点での印象を述べておきたい。前評判では90年代のオルタナ・ローファイのバンドの代表格と聞いていたのだが、初めて聴いたアルバムが本記事で取り扱う楽曲も収録された彼らの最後のアルバム『Terror Twilight』であり、一聴して「これが、ローファイ・・・?」と首を捻った。サウンドの質はむしろ高く、メロディは優しくキャッチーで洒脱で、洗練されたインディーロックバンドというのが第一印象だった。しかし次に1stの『Slanted & Enchanted』を聴いて、そうしたカテゴライズにも納得した。ローファイそのものなサウンドに脱力感のある演奏と歌唱、しかしメロディは最高にキャッチーで、この時代にしか存在し得ない独特の空気感と魅力が感じられる名盤だった。2ndでよりポップな方向に舵を切ったと思えば、3rdではインディー感が強まり、作風は一見安定していないように見えるが、荒さとリラックスムードの同居するサウンドおよび演奏・歌唱と、そこから繰り出されるキャッチーなメロディ(でもどこかひねくれている)の絶妙なバランスは、バンドの核となる魅力としてキャリアを通じて一貫しているように思う。ちなみに筆者は3rdに収録の『Rattle by the Rush』が一番好きだ。特にリズムがカッコ良すぎる。


◆Spit on a Stranger

 今回訳すのは、彼らの最後のアルバムである5th『Terror Twilight』(イカすアルバムタイトルだ)のリードトラックである『Spit on a Stranger』だ。先述の通り本作ではローファイな雰囲気は影を潜めており、まさにTwilightといったような優しい煌めきを感じるサウンドで極上のメロディを奏でる、文句なしに美しいメロウな一曲。

 感覚的なところなのでうまく説明できないが、『Terror Twilight』というアルバムはどこか宇宙旅行的なイメージを連想させる作品だと思っていて、特にこの曲は不思議な浮遊感とファンタジックなダークさ、そしてその闇の中で明滅する星のような煌めきが心象風景に浮かぶ、独特な雰囲気のある曲になっている。聴いた瞬間に現実から一気に浮かび上がりアルバムの世界に誘われるようなイントロがとても秀逸だと思う。

 曲の内容については和訳を参照していただきたいが、平易な言葉ではありつつも、考えながら聴いてみないと曲全体の意味を解釈できない歌詞になっている。筆者の解釈はまとめの項に記載するので、どういう状況や心情を歌っている曲なのか考えながら聴き、読んでみてほしい。


◆歌詞和訳

However you feel, whatever it takes
君がどう思っていても、何が必要だとしても
Whenever it's real, whatever awaits
それが現実ならいつでも、何が待ち受けているとしても
Whatever you need, however so slight
君が必要としているなら何でも、どんなに些細なことでも
Whenever it's real, whenever it's right
それが現実ならいつでも、それが正しいならいつでも

I've been thinking long and hard about the things you said to me
君が僕に言った言葉について、長い間、真剣に考えている
Like a bitter stranger
君がまるで冷たい他人みたいな態度で僕に言ったことを
And now I see the long, the short
今では、君が言いたいことが何だったのか
The middle, and what's in between
隅から隅まで理解できるよ

I could spit on a stranger (Pull me out)
冷たい他人になら唾を吐き捨てることだってできる(僕を止めてくれ)
You're a bitter stranger (Pull me out)
そして君はその冷たい他人なんだ(僕を止めてくれ)

However you feel, whatever it takes
君がどう思っていても、何が必要だとしても
Whenever it's real, whatever awaits me
それが現実ならいつでも、何が僕を待ち受けているとしても
Whatever you need, however so slight
君が必要としているなら何でも、どんなに些細なことでも
Whenever it's real, whenever it's right
それが現実ならいつでも、それが正しいならいつでも

Honey, I'm a prize and you're a catch
愛しい人、僕がUFOキャッチャーの賞品なら君はそれを掴むアームで
And we're a perfect match
互いが互いにとっての掘り出し物だと言えるくらいに、僕らは完璧な組み合わせなんだ
Like two bitter strangers
冷たい他人同士みたいにね
And now I see the long and short of it
今ではそれがなんとなくわかるし
And I can make it last
完璧な相性の二人であり続けることも、今の僕ならできるんだろう

I could spit on a stranger (Pull me out)
僕は冷たい他人になら唾を吐き捨てることだってできる(僕を止めてくれ)
You're a bitter stranger (Pull me out)
そして君はその冷たい他人なんだ(僕を止めてくれ)
I could spit on a stranger (Pull me out)
冷たい他人になら唾を吐き捨てることだってできる(僕を止めてくれ)
You're a bitter stranger (Pull me out)
そして君はその冷たい他人なんだ(僕を止めてくれ)

I see the sunshine in your eyes
君の瞳の中には輝く太陽が見える
I'll try the things you'll never try
君が絶対にやろうとしないことを僕はやってみるよ
I'll be the one that leaves you high, high, high
僕は君を高いところに置き去りにしてやるんだ
手の届かない高いところに・・・

◆まとめ

 以上、『Spit on a Stranger』の歌詞を和訳した。各パートとも一つの軸に沿った内容であることはわかるが、それぞれがどのように関係しているかはこちら側に解釈の余地が残されている歌詞ではないだろうか。
 筆者はこの曲を大きく分けて二通りに解釈できると考えている。それは「現在進行形の恋について歌った曲」と「終わってしまった恋を回想する曲」の2パターンで、個人的には後者の曲として聴いている。

 前者は、
「出会った頃は冷たい他人のように感じていたけど、今では当時の君の言葉の意味も、僕らの相性が完璧だってこともわかる。君の気持ちや他の何がどうなっていてもこの気持ちは変わらない」
といったようなストーリーの曲だという解釈だ。つまり、「第一印象はサイアクだったアイツ・・・!」のパターンである。この解釈は主に "And I can make it last" が現在形であることに根拠がある。もう終わった恋なのであれば仮定法的な表現で過去形になっている方が違和感がないように感じるので、ここが現在形になっているということは今順調に行っていて、二人の完璧な相性を持続していけると感じていると解釈できる。
 ただしそのように解釈しようとする場合、 "You're a bitter stranger" が現在形であることや、最後のフレーズである "I'll be the one that leaves you high" が干渉してくる。I'll be the~の方はひねくれた愛情表現として読めないこともないが、今現在交際している相手に唾を吐き捨てられると思うだろうか・・・。この曲は時制に解釈の肝があるように思う。

 後者は時制に矛盾しないことを前提にしたもので、本記事の訳はこの解釈に基づいている。すでに終わった恋だという前提で時制に忠実に歌詞を読んだ場合、
「別れの時(あるいは思いを告げたものの成就しなかった時)、君の態度や言葉はまるで冷たい他人のようだった。ただし、その時は冷たく感じた言葉も、長い間真剣に考え抜いた今では、相手なりの考え(もしかしたら思いやりや愛情から敢えて放たれた言葉かもしれない)があったと理解している。だけど、どうしても相手のことを冷たいと恨んでしまっている部分もあり、唾を吐き捨てたくなる衝動と、そんなことを思ってしまう自分を止めてほしいという思いの間で葛藤している。二人の相性は完璧で、あの時は無理だったけど、今ならその関係を持続させられる度量があると思っている。もう一度やり直せる可能性があるのなら、相手の気持ちがどうであっても、そのために何が必要になっても、どんな困難が待ち受けていても、そのためにやれることを何だってやりたいと思っている。だけどそれはもう叶わないから、僕は君を諦めるんだ(leave you high で見捨てるような表現にしているのは捻くれた強がり)」
というストーリーの曲だと読み取れる。この解釈なら、各フレーズの時制と矛盾することなく訳すことができ、なおかつメロウでどこか切なさを感じるメロディのイメージにもあってくると思うが、皆さんはいかがだろうか。歌詞というのは100人いれば100通りの解釈があっていいと思うし、それが面白さの一つだと思うので、色んな人の解釈を聞いてみたい。

 ちなみに、両解釈とも "I could spit on a stranger" は過去形としては訳していない。ここが can ではなく could なのは、過去の一時点において他人に唾を吐き捨てることができたという訳ではなく、「相手が冷たい他人だったら」という仮定法的な表現で過去形になっているのだと思う。

 この曲の歌詞の面白いポイントは、

Honey, I'm a prize and you're a catch
And we're a perfect match
Like two bitter strangers

の部分である。今回この曲を訳したのは、筆者の敬愛するとあるアーティストが、prize と catch の訳し方について触れていたのがきっかけである。そのアーティストは、「自分には 僕は景品で君がアーム という意味に聴こえるが、"prize catch" で ”見事な掘り出し物” という意味のイディオムになるし、ネット上の和訳にもある「僕は景品で君は掘り出し物」という訳出が正しくて、自分のは誤訳だよね」というようなことを言っていたのだが、筆者は誤訳ではないと思った。景品と掘り出し物が "perfect match" というのは違和感があるし、意図的な言葉遊びではあろうものの、訳としては素直に景品とアーム(UFOキャッチャーに限らないとは思うが、それが一番イメージがつきやすいと思う)とした方が自然だと思う。ちなみにここは prize と match でイディオムを作っているだけでなく catch と match で押韻もしたかなり秀逸な歌詞であり、筆者もとても気に入っているフレーズの一つた。今回は、言葉遊びの部分もどうにか訳出するため、お互い掘り出し物と言えるような完璧な二人、というニュアンスで訳した。また、「二人の冷たい他人」同士が完璧な愛称というのもかなり皮肉の効いた歌詞で面白い。確かに互いに関心がなければそれはある意味完璧な相性と言えるだろう。

 また、ラストの "I'll be the one that leaves you high, high, high" は、Radiohead の『High and Dry』でも知られる「leave O high and dry(Oを見捨てる)」というイディオムで訳すこともできるし、ニュアンスとしてもそういうことなのだろうと思う。ただし、筆者の解釈では、見捨てるというのは強がりであり、実際には「もう届かない君」という心情があると思うので、単に「見捨てる」とするのではなく、「手の届かない高いところに置き去りにする」という訳し方にした。また、おそらくこの直前のフレーズで "try" と繰り返しているのは、"high and try (dry)" 的な言葉遊びもあるのではないかと思っている。こうした英語ならではの押韻や言葉遊びをもっとうまく日本語の表現に当てはめて訳すことができるようになりたいと思う。

 さて、話は歌詞全体の解釈に戻るが、恋の終わりというのは、一見すると喧嘩別れや一方的な冷たい別れのように思えても、実はその裏に思いやりがあったのが後になってわかるということも往々にしてあると思う。そしてそれに気づいた時、恋心がまだ生きているとしても既に失われていたとしても、温かいような切ないような気持ちが胸に去来するはずだ。今ではわかるよと当時の言葉を受容する気持ち。そういった優しさを愛おしく思ったり、今ならもっとうまくやれると思う気持ち。それでもやっぱり恨んでしまう気持ち。今更どうにもならないという諦観。…ただしそれは必ずしも後ろ向きな気持ちとは限らない。この曲は、終わった恋を振り返った時の感傷をリアルな筆致で描いた、寂しくも優しい究極のラブソングの一つだと思う。

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