曙町ノスタルジア

横浜曙町のバナナクリニックが消滅していた。
横浜市営地下鉄阪東橋駅から鎌倉街道を関内方面に少し歩いた右手にあるギャル専門のファッションヘルスだ。

モテない人間はギャルへの執着心が強いという定説がある。別に学生時代ギャルにいじめられていたトラウマや復讐心があるわけではないが、ある種の苦手意識とか怖いもの見たさの類が煽情的に作用するのかもしれない。

25才の時、初出勤だという娘と60分間だけ恋愛をしたことがある。
小さな木箱の中で出会い、愛して、別れた。

裏オプションという単語を口にしたら、メニュー表を裏返して「何も書いてないよ」と言える娘だった。

まるで世界の終わりを迎えるときのように、ぼくたちはタイマーの数字が少しずつ減っていくのを眺めていた。

たぶん、もう二度と会わないよね。
そうかもね。

たしか、そんな会話をした気がする。
また遊びに来てよ、なんて営業ができる娘ではなかった。

タイマーが鳴って、最後にもう一度、細く冷たい指を絡めた。
「じいさんになっても、時々思い出すよ」

彼女の最後のセリフは覚えていない。
部屋を出るとき、鍵をかけ忘れていたことに気付いて、二人で笑い合ったのは覚えている。

記憶は容赦なく風化していく。もう彼女の顔も名前も思い出せない。一度覚めた夢の中には二度と戻れないように、思い出そうとするほどに白んでゆき、そのうち思い出すことすらなくなってしまう。

濁った水の底に沈んでいる欠片が何かの拍子にきらっと瞬く。
その瞬間を見逃さず、死ぬまでにもう一度くらいは思い出すだろうか。

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