眠れない時に思い浮かべること

どうしても眠らなければ、次の日きつい。だけど、どうにも頭が冴えて眠れない。
そんな時、最後の手段として脳内で思い浮かべる光景がありまして、それは、今まで、自分が死にかけた瞬間の映像を思い出すことなのですが、その時の光景を一気に脳内で再生させると、全身から冷や汗が出て足の裏が寒くなり、動悸も激しくなり、ドッと疲れて、スッと眠れます。
しかし時折失敗すると、動悸だけが激しくなっただけで余計に目が冴えてしまうばかりか、今生きている実感をもっと獲ようと、夜中なのに何か食べちゃったりすることもあるので要注意だ!
これ、折角なので皆さんにオススメしたいのですが、皆さんの中には、「死にかけた経験なんかないよ」とか、「あったかもしれないけれどもう忘れたよ」とか「実はもう死んでるんだよ」とか様々な事情があって、死にかけた記憶を脳内で再生できない方々もいるかと思いますので、今回は、私の死にかけた記憶をリスト化して並べておくので、この中から、ご自分が共有できそうなものがあれば、ぜひ自分に置き換えてやってみてください。他人の記憶を自分にトレースさせるなんて、SFぽくてかっこいい!

◼︎五歳くらいの頃、市民プールで溺れかけた。

多分そのくらいの年齢の頃、母親に連れられて、屋内型の市民プールへ行った。
先に着替えてプールへ出ていた私は、母親が来る前、持て余した時間で、大人用プールで少し泳いでみよう、と思いつく。
脳内で、プールの角、辺から辺までの距離なら、もう自分にだって泳げるだろう、という過信で、大人用プールへ足を入れるとそのまま溺れた。
必死で浮こうとするがパニックになって手足を動かせば動かすほど沈んでいく。
暴れる中、一人の人の肩(だったと思う)に触れることができて、捕まろうとしたら、その人に凄い勢いで振り落とされた。

その瞬間、「ぼく、しんじゃうんだ!」と思った。

手足の動かし方もわからなくなって来た瞬間、突然後ろから両脇の下を持ち上げられ、プールサイドへ運ばれた。
助かった! と思い、思い切り息を吸いながら背後を確認すると、そこには誰もいなかった。
いや、泳ぐ人々は沢山いたのだけど、私を引き上げてくれた人はもう何処かへ行ってしまっていたのだった。

あの人がいなかったら、死んでた。

◼︎小学生の頃、団地の四階の手摺に立って手を放した。

五年生くらいの頃、団地の友達の洋介と一緒に、外廊下の手摺に登って、立った。両手を放してみた。
ぐらりとバランス崩して落ちててもおかしくない。
下は普通にコンクリートだったので、落ちたら死んでた。
今思えば、何がどういう流れで廊下の手摺に手放しで立とう、という話になったのかさっぱり思い出せない。

スタントマンに憧れてたのだろうか?

◼︎中学生の頃、家族旅行で行ったイギリスで、一人でアダルトショップへ入っていた。

勿論親には内緒だ!

中学生になったばかりのガキが、エロい一心でロンドンのアダルトショップにに入り込み、エロい写真を沢山みていた。それだけでなく、男性のフルヌードコーナーとかも興味津々で見入ってた。

エロいロンドンキッズにしてみれば迷惑だし邪魔だし困惑しただろう。

これは死にかけた記憶でもなんでもないけど、日本人の馬鹿なガキがアダルトコーナーにいる、という画が、その後映画『ホステル』とか『セルビアンフィルム』みたいな展開になっていくのを勝手に夢想して、死ぬほど後悔するという特殊な例です。

◼︎免許取り立ての日、母親の車を運転させてもらった時、いきなり右折間違えてトラックと正面衝突しかけた。

交差点で右折する時は、対向車線の直進優先なのに、すっかり忘れてて、すっごいクラクション鳴らされた。

免許取ったその日に母親乗せたままぺしゃんこになっていてもおかしくなかった。

◼︎大学生の頃、鳥取の山道を夜中に運転しながら、何度か寝た。

劇団で使用する映像を撮影しに、鳥取砂丘までレンタカーで、運転を交替しながら行ったんだけど、日帰りだったため、ほとんど休まずの帰り道のど深夜、山道を運転してるなか、何度か瞼をつむっていた。助手席にいた後輩の弘毅に「今寝てませんでした?」て言われて、「寝てた!」と答えて、全身からドッと冷や汗が出て、むしろそのおかげで目が冴えて、街まで降りて運転を交替できるとこまで行けた。

あの時、今も活躍する作曲家や制作や役者や照明家は死んでいてもおかしくなかった。

◼︎大学生の頃、友達の車を運転してる時、ガソリンスタンドに突っ込んだ。

ガソリンスタンドに入る時、入る前に煙草を消さなきゃ、と思って灰皿に気を取られてアクセルとブレーキ間違えてコンクリートに突っ込んだ。

車体をこすっただけで済んだけど、爆発炎上していてもおかしくなかった。

ガソリンスタンドのお兄さんも真っ青になってた。

◼︎大学生の頃、車を運転していて、車幅ギリギリのところを結構なスピードで通過した。

今でも、なんであんなとこをあんなスピードで通ろうと思ったのかわからない。

運転していてハイになっていたのだろうか?

玉突き事故みたいになっていてもおかしくなかった。


良く思い出すのはこの辺りでしょうか。

勿論それ以外にも死にかけた記憶はあるのだろうが、やはり、巻き込まれたりしたものよりも、明らかに自分に過失がある場合の方がディテールまで思い出しやすいです。
それは、いつ事故を起こしていてもおかしくなかったし、ニュースで見る、起こしてしまった人と、自分との違いは、運でしかないからだと実感できるからです。その時の事を思い出して実感する度に全身の毛穴が一気に開き、毛が逆立つ。

そして、後半、車関係がやはり圧倒的に多いですね。
交通事故での死亡原因が高いのも納得です。
今はもうすっかり運転をしなくなったので、ここ最近では死にかけた記憶も、なくなってきていて、飛行機乗る度に「今回こそ落ちるかも」と思うくらいでしょうか。

皆さんも、眠れない夜は、自分が死にかけた記憶を思い出してみてはいかがでしょうか?
脳トレにもなると、茂木先生も言ってますよ!(言ってない)

#雑記

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