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『神様ゲーム』麻耶雄嵩

この間文庫化されたという、麻耶雄嵩さんの『神様ゲーム』。

いやこれがもう、凄い作品で。
いや、凄い凄いとは以前から聞いていたし、麻耶雄嵩さんの作品の凄さというか、「凄まじさ」というのはデビュー作の『翼ある闇』で驚愕の体験をしていたし、その後の『』や『隻眼の少女』で愕然とし、『メルカトルかく語りき』で呆れ、『貴族探偵』で感服していたので、自分自身よく知ってるつもりではあったのです。
それはつまり、「麻耶雄嵩のやり口はもう知ってしまっているので、そこらの素人のように簡単に驚いたり衝撃を受けるつもりはないですよ、私は」という態度として現れ、本屋で『神様ゲーム』を手に取った時も、周りのお客さんに対し、「みなさんと違って私はこの小説を読み終えた後も驚いたり読み返したりとかしないので、あしからず」という視線を送り、レジに持って行った際も、カウンターの書店員さんがカバーをつけるのかどうか、と質問して来た時でさえ、「にわか雄嵩(踏韻)ファンであれば、読み終えて驚いているところを友人に見つかった際、恥ずかしさのあまり思わず表紙を隠してしまうという手間を省くためにカバーをつけるのかもしれないが、自分のような麻耶マニヤ(踏韻)にとってそのような行動に陥る心配は皆無なために、カバーはつけなくてよろしい」という意味を込めて「カバーは大丈夫です」とスマートに答えたものです。

まあ実際は久しぶりに他人と会話をするという緊張のあまり「キャバーは大丈夫でっす!」と素っ頓狂な受け答えをしてしまったのですが、そんなことは書かなければ読んでる人にはわからない、とのこと。

さて、素っ頓狂な受け答えの後に無事『神様ゲーム』を購入できた私は、悠々とした足取りで帰りながらも内心は「PARCOブックセンターでは、今頃私のことを、キャバー嬢とか、トンキョーさんとか、不審者将軍とか、色々なあだ名で読んではいないだろうか」という不安で一杯でしたが、それを気取られてはいけません。
そうだ、帰宅して気合入れて読むよりも、居酒屋でビールでもちろちろ舐めながら片手間に読んでやるくらいでちょうど良いのでは、何故なら私は麻耶マニヤ(踏韻)なので。と、いう提案が頭の中によぎるや否や、脳のほとんどの情報が「生ビール」という、重要かつ真剣に取り組まなければならない情報に書き換えられたので、すぐさま、吉祥寺にある、一人で本読みながら飲んでてもほっといてくれるタイプの居酒屋、所謂チェーン店に飛び込みました。
そして軽い気持ちで読書するつもりが……ウギャーっ!!!!!!?????
ドユコト? の嵐!

最後のページ読み終えると同時に泡吹いて椅子ごと真後ろにぶっ倒れながら、表紙を周りの客に見せびらかしつつ、すぐに頭のページから読み直す(勿論仰向けに倒れたままで)という、落ち着きっぷり。

とにかく吃驚して真実に気づいた時に愕然とする恐ろしい小説なので、貴方も読むと良いよ、という話を聞いたので、とても興味があります。

とりあえず、頭のコブもだいぶ治まってきた妻の本棚から借りて読もうと思います。

#雑記 #小説レビュー

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