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花物語 巻ノ四・パンジー、ビオラ

壮大な歴史を紐解けば

あらゆる色とさまざまな形

赤、白、黄。青、桃、紫、橙。黒、緑。これらの中間色と複色の花。虹の7色をはるかに上回り、ほぼ全ての色があると言っても過言ではない。

その大きさにしても、野生種に近い径2~3cmあるいはそれ以下のもの(これらはビオラとよばれる)から、最大は直径12cmまで。形もまた、円に近く限りなく平面的な大輪の整形花もあれば、花弁の縁が波打つもの、細長い小輪、花弁が尖ったものなど、果ては完全な八重までと、多種多様、多彩なバラエティを見せてくれる。

その多様性に加えて丈夫さ、多花性、開花期間の長さ。現在、日本で、世界で、花壇材料として圧倒的ナンバーワンの花がパンジーだ。開花期間は半年を超える。その間、管理が良ければ、一面に咲く花が絶えない。

夏が暑い地域だとパンジーは秋まき1年草である。少し前まで、春の花だった。いつの頃からか、生産農家が夏に播種して、秋には開花したポット苗を売るようになる。元々、長日開花性のため、冬になると花が一旦、お休みとなり、葉だけで少しずつ成長していく。

早春、日が長くなるにつれ、開花を再開し、陽春の頃に満開となる。それが少し昔のパンジーだった。

改良によって、日長の影響を受けずに開花を持続させる性質が強くなった。そうなった品種を夏に播種すると、秋の盛りから開花を始めて、春遅くまでの半年強、花壇を彩り続けてくれる。適切な施肥と花がら摘みは欠かせないが、寒い間は、病気や害虫がほとんど出ない。花壇材料として優等生中の優等生である。

それにしても、パンジーにこれほどまで多様な品種が存在するのはなぜか。大きな要因は、その起源となった原種ビオラの遺伝子が多様であったことだ。パンジーの育種に関係したとされる原種がいくつかある。

原種の趣を残すビオラ

その起源は交配可能な多くの原種

基本になった最も重要な原種がビオラ・トリコロル。ヨーロッパ〜トルコ〜シベリア、ヒマラヤ山脈と広く分布する。草地に見られる一年草または短命な多年草。繁殖力が強く、条件が良ければ地面を覆って広がる。

トリコロルは紫〜青、黄、白の3色で、1つの花にみられる各色の配分はさまざまに変異する。種小名は3色の意味で和名もサンシキスミレ、すなわち三色菫。この種がベースとなり、複雑な色の配分をもつパンジー、ビオラが生み出された。

次に重要な原種はビオラ・ルテア。ヨーロッパ西~中部に分布、草地に見られる多年草。ルテアは黄色の意味で、鮮やかな黄色。クリアーな黄金色はこの種から。これは私の推測だが、多くのシリーズ化されたパンジー、ビオラで、一番花つきがよいのは、黄色である。それはこの種の遺伝子から生じているように思う。写真で見る自生地のビオラ・ルテアの花つきがとてもよいのだ。

次は、ピレネー山脈に特産する、ビオラ・コルヌータ。高山帯の草原や、岩の多い斜面にみられる多年草。花には芳香があり、紫、青、白の範囲で単色花。こんもりと形よく茂る草姿はこの種から。

4つめ、ビオラ・カルカラタ。アルプス〜バルカン半島西部に分布する。山の草地や礫原に見られる多年草。紫または黄の単色。立派な花弁、花径が大きな割には花茎が短く、草姿がコンパクトにまとまる性質はこの種から。

5つめ、ビオラ・アルタイカはトルコ〜コーカサス〜アルタイ山脈、クリミア半島に分布。開けた斜面にみられる多年草。紫または黄の単色。バランスのよい丸い花形や、波状弁、クリアーな青色はこの種から。

こうした元々花色の変異に富む野生種があって、しかも「種間交配」が可能であったことが、今日の多様なパンジーを生み出す起源となった。しかしそれだけではない。パンジーと野生のビオラは別の種であり、パンジーは自然界に存在しない「人造植物」なのだ。

ブロッチの入る大輪パンジー

育種とは植物と人のコラボレーション

原種の多様性、それだけではこの花の起源を語れない。その改良に関わった「人間」を抜きにしてはならない。そもそもパンジーという花はその生い立ちからして人為的なものである。世に生み出されたのは19世紀の初め、イギリス。貴族に雇われていた庭師、トムソン氏によるといわれている。

トムソン氏は以前からイギリスで愛されていたビオラ・トリコロルと、先に述べた他の原種を混植し、自然交雑の種子を得た。資料によると1830年、偶然生じた株に咲いた花が、花の中心部にブロッチとよばれる黒い目をもっていた。これを「マドラ」と名付けて増殖した。原種ビオラにはブロッチのある花はない。パンジー誕生の瞬間である。

パンジーの語源はフランス語のパンセ(思索)であり、その意図はブロッチをもつ花が人の顔に見えること。よく知られている話である。しかしパンジーの語はそれ以前、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」にも記されており、これはビオラ・トリコロルのことを示す。「夏の夜の夢」で絞り汁が媚薬とされた花も同じくトリコロルだ。

イギリスで広く愛された故に数百の異名をもったといわれるビオラ・トリコロル。その異名の1つだったパンジーが、物思いにふける人の顔に似た新しい花の名称となった。

なお、パンジーの和名はサンシキスミレとされている。これも元々は、先に渡来したビオラ・トリコロルの和名である。幕末パンジーが渡来した際にはジンメンソウ(人面草)、ユウチョウカ(遊蝶花)、コチョウスミレ(胡蝶菫)などとされた。あまりに露骨で品がない命名であるためか今日では廃れた。

イギリスにおける初期の品種改良は目覚ましく、数年の後には400品種以上が記載されたというから驚く。この頃の品種は展覧会に出展し「見せる」ことが目的であったため、ショーパンジーといわれる。展覧会では厳格な出展基準が設けられた。花の形が全体として丸く正円に近いこととされ、花色の組み合わせも制限を受けた。

中輪パンジーは花色が豊富

ガーデンパンジーの時代へ

やがてパンジーの流行はヨーロッパ各国におよび、イギリス流の基準にとらわれない、新たな色の組み合わせやより優雅な花の形をもつ品種が生み出されていった。この一群がファンシーパンジーである。花はより大きく、黒いブロッチも大きく、外側の色は鮮やかに、華やかに。ただし、改良の主眼はあくまでも花であって、株姿は乱れやすく、花壇での性質も丈夫とは言い難かった。

ショーパンジーやファンシーパンンジーで発展した花の豪華さを保ちつつ、花壇での育てにくさを払拭する方向で改良された品種群がガーデンパンジーであり、すなわち今日のパンジーである。ターニングポイントは2つ。特に重要な品種の名をあげておく。

1920年、スイスのログリー氏により育成された、「スイスジャイアント」。まもなく一世紀を経ることになるが現在でも流通し続けている。性質が強健で花壇に適し、大輪(花径約7cmのため今の基準だと中輪と大輪の境界線くらい)、黒い大きなブロッチがあり、外側の花色は鮮やかで豊富。このシリーズが多くの園芸品種の土台となった。

そして1966年。この年号を諳んじているのは、私が生まれる前の年だからでもある。発表されてから半世紀を過ぎる、歴史的名花がある。

「マジェスティックジャイアント」。略号、MGT。AAS(オールアメリカセレクションズ)受賞。

パンジーとして世界初の一代交配種(F1)。ゆえに性質は更に強健で生育が早く生産性が高い。花径は10cmを超える当時世界最大級の巨大輪。育成元は坂田種苗、現サカタのタネ。日本生まれのこの花が瞬く間に世界のパンジー市場を席巻し、以後約20年にわたり君臨する。各国の種苗会社が競ってパンジーのF1化を推し進め、またその改良を日本がリードすることにもなる。

最初に述べたとおり、日長が短い冬には開花が止まる性質は改良に改良が重ねられた。最近の品種は関東地方の温暖地であれば9月中から開花し、秋、冬、春と休まずに咲き続ける。初夏、6月になってもまだ咲いていることが多い。

小輪パンジーの爽やかなブルー系

パンジーとビオラ、果てしなく続く多様化

園芸植物としてのビオラにも触れておこう。パンジーとビオラの違いは?とよく聞かれる。

より大輪に、よりゴージャスに改良されたことの揺り戻しとして、原種のビオラに近い小輪で野性味がある花が流行する。まず、ガーデンパンジーが発展していくヨーロッパでこの揺り戻しが生じた。

先に述べた5つの原種の内、ビオラ・コルヌータとビオラ・ルテアの2種を主な交配親とした、タフテッドパンジーという系統の登場である。輪は小さく、ガーデンパンジーほど花色の多彩さはなくて、多くはブロッチがない。コンパクトでこんもりとした草姿になり、強健で数多くの花を咲かせるといった特徴をもつ。

このタフテッドパンジーから連なる小輪品種が現在ではビオラと呼ばれている。今日ビオラと言う場合、交配種のなかで花の直径が約4cm以下の小輪品種をそう呼び、4〜5cmを超える輪をもつ品種をパンジーとして区別している。一時期はパンジーより寄せ植えに使いやすいと大人気を博していた。最近やや下火なのは「花がら摘みが大変だから」。

近年は中輪以上のパンジーとも再交配されたことにより、小輪といってもかなりの幅があり、花色や性質が多彩となった。逆に多くのパンジーにもまたビオラの性質が取り込まれている。約4mというパンジーとビオラの分類境界線は、ほとんど意味がない便宜上のものになりつつある。

昭和の終わりから平成を経て令和に至るまで、パンジーとビオラは果てしない多様化、拡散を遂げていく。

往時の鮮やかな原色系にとどまらない。中間色のパステルカラーやニュアンスカラー、何色と表現し難いものも多い。そうなると揺り戻しで濃いオレンジ色や限りなく黒に近い濃紫色が流行る。ある時期にはブロッチが入らないノンブロッチあるいはクリアータイプが流行った。ノンブロッチで上下の花弁が同系色のグラデーションとなるビーコンも登場時には画期的だった。

ブロッチの色も黒や濃紫から、薄い紫や赤、黄色いものも現れ、ブロッチのサイズも大小さまざまになる。花弁に縁どりや模様があるのはピコティ(覆輪)、ストライプ(絞り)、ベイン(網目)など。花径は上が12cm以上。下は、1cmに満たない極小輪があらわれた。花の形も制約を受けることなく、さまざまだ。

令和になってからの動向、それから栽培に関する話題など、パンジー、ビオラについて簡単に語りつくすことは難しく、稿を改めることにする。

奥はサツキ、手前はアリッサムと、黄色い中輪パンジー

植物名一覧

(主役は人造植物)

  • スミレ科 スミレ属 

    • パンジー、ビオラ Viola x wittrockiana(ビオラ ウィットロキアナ)

(元になった原種)

  • スミレ科 スミレ属 

    • ビオラ トリコロル(サンシキスミレ) Viola tricolor

    • ビオラ ルテア Viola lutea

    • ビオラ コルヌータ Viola cornuta

    • ビオラ カルカラタ Viola calcarata

    • ビオラ アルタイカ Viola altaica

参考サイト

(改良の歴史)

参考文献

(原種)

(改良の歴史)

『パンジー物語』 小杉波留夫・文、冨山稔・写真、サカタのタネ、『園芸通信』2005年7月号、4〜9頁

(多彩な品種)

最終修正 2024年1月31日


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