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小説『FLY ME TO THE MOON』第9話 準備

『じゃぁ少し休もう、大変だけど念のため1時間置きに見張りを交代、パイロンからでお願い。パイロン、私、スティールの順で回す、いい?いいよね』

『それで大丈夫です、私よりあなたたちは30人くらい多く倒してますからね・・・私は一人をゾンキーになる前に殺し、はらわたを引っ張り出して、鍵を開けただけで申し訳ございません。』

『いあいあいあいあいあいあ・・・・』(意外に卑屈・・・)と

ちょっと感じた羽鐘が必死にフォローした。

フォローはしたものの、大した言葉も出ず、羽鐘は気まずさを感じた。

『ぐわぁあああああああ・・・・』

如月はもうイビキをかいて眠っている。

3分も経過していないと言うのに。

大の字で寝る白髪の女にパイロンが

『殺せー!さぁー殺せー!』とアテレコする。

『ぐわー!日光で焼けるー!』

と羽鐘も続いてアテレコし、2人で顔を見合わせて噴き出した。

空気もすっかり良くなった。

『じゃぁ見張るからスティールちゃんも休んでください。』

そう言うと仕方なくでもなく、むしろ喜んでパイロンが見張りを始めた。見張りと言っても【起きているだけ】とも言えるのだが、3人が寝ているよりはずっとましである。と言うより安心感がある。

30分ほど眠ると羽鐘は目を覚ました。

色々ありすぎて、神経が興奮して眠れないのだった。ゆっくりと立ち上がり、如月を起こさないように気を配り、静かに歩いてパイロンに近寄った。

『子供みたいな人ですね、如月さんって・・・怒ったり笑ったり泣いたり叫んだり・・・』

『あ、目が覚めたのねスティールちゃん・・・彼女とは幼稚園の頃から一緒だけれど、ずっとああなの、あのまんま、裏表のない、ほんとあのまんま・・・子供みたい・・・か・・・そうかもで申し訳ございません。』

そう言うとクスっと笑うパイロンだった。

『私、本当に本当にうれしかったんです、お2人が私を友達と呼んでくれて・・・・

ずっと・・・その・・・あの2人に陰湿ないじめを受けてて、完全に孤立させられてまして・・・友達が全部去って行ったんです、私の元から・・・結局私と仲良くするならお前もだけど?みたいな感じですよね・・・誰も助けてくれなかったのも正直…正直・・・づらがっだんでふっ・・・うぐっ・・・でも・・・でも・・・殺したいとは思ってたけど、こんな・・あんな・・・でもでも、ケジメつけろなんて如月さんに言われて・・・なんかこの場合、ケジメで殺すってのも違う気はしたけれど、

自分的に過去を断ち切るって意味なのかなって解釈して・・・ぐすっ。。。気が付いたらめちゃくちゃしてたんすよ私・・・人を殺したって罪悪感もあったけれど、

人じゃないしって割り切ったんす。。。。でも・・・でも・・スッキリしたのも本音なんすよね実際・・・ぐすっ・・・なんかもう頭の中がぐっちゃぐちゃで・・・

ただ・・・ぐすっじゅるるっ・・・自分も危ないのに・・・諦めてた自分を引っ張ってくれた如月さんには・・・ヒック・・・うぐっ・・・ウえっくしん!!!生ぎる勇気をぼらっだんす!うえええええっ・・・今こうして生ぎでるのば、ギザラギしゃんのおがげっずー!そしてあの時引っ張ってくれたバイロンさんのおーがーげーっずー!!!!ウエッきしん!ウエッキシ!ぐふっ。。。えぐっ・・・ウエーーーーーーーーーッキシッ!』

『色々あったんだね、うん、辛かったね・・・。もうほら!きったないですよ鼻水が・・・つくでしょ私に。・・・・・・泣くか話すかくしゃみするかにしてよね。彼女はさ、なんかそういうの・・・見抜いちゃうのよ、で、おせっかいスイッチが入るわけ、それで失敗したこともたくさんあるみたいだけどね。』

『ぐすっ・・・ウエッキ・・・ウエッ・・・はぁ・・・』

『クシャミするならしなさい!』

『パイロンさんのツッコミって冷血っすよね・・・ふふふ。・・・・・・・・・・・少なくとも私は、本当に救われました、こんな世界になっちゃって言うのもなんですが、とても幸せを感じていますよ、感謝もしています。』

『私も友達ができてうれしいよ・・・こんな状況で嬉しいって言うのは不謹慎かもしれないけれど。・・・・・疲れたでしょう、眠った方がいいよ、きっちりあと20分で、変わってもらうからね、そういうのは私、厳しいんで・・・あと鼻水!ちゃんとしてくださいね。』

と言うとパイロンは微笑んだ。

『えへ、次は如月さんなんで!大丈夫っす!鼻水了解っす!』

と言うと振り向いて下がりトントンと小気味よくステップしてその場に寝転がった。


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3人で見張りをローテーションして、朝を迎えた。

学校で過ごす2度目の朝となった。夢なら、この修学旅行のような状況が永遠に続くのだろうけれど、残念ながらこれは現実。どんなに苦しくてもつらくても、やっぱり朝が来て目が覚める。

3人とも起き上がり、スポーツドリンクを口に含んで、指で歯を磨き、テシッシュでキコキコして、せめてもの清潔を保った。

『歯ぁ磨きたいー!』そう如月が叫ぶと、パイロンも

『そうですね、ちょっとこう・・・嫌悪感を感じますね・・・自分にで申し訳ございません』

と言いながら、ティッシュを使って爪で歯の隙間にクイっと押し込み、なるべく綺麗にしようと、如月よりもキコキコした。

『グチュグチュグチューペッ!はーすっきり!』

そんな羽鐘に如月は『大雑把!』と言うと、
『大雑把の女王様に言われたくないですー』と

体をクネクネさせながらお返しした。

つづけて『メタルは皆歯なんか磨きません!』と真顔で言った。

即座に2人から『嘘つけー!』

とツッコミを受ける・・・

落ち着いてから、体育館の扉を静かに開け、パイロンが外を確認する。

『うん、居るにはいるけどバラけてるね、見えるだけで1...2....3....    25...26...』

『おい!』2人がつっこんだ。

『そんなに居るのにバラけてるの?』

如月が聞く。

『うん、登校してきてるってより・・・適当に歩いてる感じかな』

パイロンの回答を聞き、取り合えず集まって会議をすることにした。

『しばらくここにはいられそうだけれど、食料が持たない。なにより家族の安全を確かめたいでしょう?』

如月がみんなの顔を見る。

『じゃぁみんなの住所を確認したくて申し訳ございません』

『私、アルテミスです・・・えっと流通センター横のミステリアスドーナツの裏…えと…』

羽鐘が説明に困っていると『あそこのドーナツ美味しくて好き!ミステリークルーラー最高で申し訳ございません』とパイロンの助け舟が出た。

『私はアポロン通りの、映画館の近くで申し訳ございません』と、続けざまにパイロンがざっくりと場所を告げる。

『えっと・・・坂あるじゃん、裏の、それをガー上がって、森みたいなゴワッと木が生えた道をギャー曲がって、すっげー下り坂ジャー!下りてヘルメス商店街シュー抜けて…』

如月の説明はさっぱりわからない羽鐘だったが、パイロンが『引っ越してないんだね、なら覚えてるよ』と言った。

極度の方向音痴なのを気遣ったと言うのに羽鐘が引き金を引いた。

『きゃははは!如月さん方向音痴ですか?方向音痴の人って擬音で説明するって聞いたことあるっす!』

『うっせーよ!道が私に付いて来てないんだよ!だいたい住所聞いてどーすんだよ!』

如月のお怒りの問いに『睦月が言ったんじゃない、家族の安全確認をって』とパイロンの冷静だが冷たいツッコミ。

『あ、そうだっけ、申し訳ございません!』

『真似しないでほしくて申し訳ございません。』

3人は、なんだか楽しそうに作戦会議をした。

『よし、じゃぁアルテミスからアポロン経由して、私の家、ハーデスね。』そう如月が言うと、不安そうにパイロンは

『睦月が最後でいいの?』

と聞いたが、如月は

『誰を最後にしたって同じことでしょうよ、全員生きているかもしれないし、悪いけど全員もうやられたかもしれない、順番がどうこう言ってる場合じゃないよ・・・運もあると思うから…』と、切って捨てるように言い放つ。

『如月さん、ありがとうございます!そうさせてもらうっす!』

そう羽鐘が言うと、如月は『もしも家族が生きていたら、それぞれは家族の元に行く事!だから2人とも家族が居たら、最後は私一人で行く、これは絶対よ、こうなった以上家族はしっかり守りなさい、いあ・・・守るべきよ!守るよね?』と攻め立てるように言い放った。

『わかった・・・』

2人同時に返事をした・・・

如月は一度決めたら譲らないのをわかっているかのように。

『じゃぁ準備!持てるモノは持つけど持ち過ぎない!重くして体力奪われたら意味がないし、リュック掴まれたらバランス崩しやすいってのはもう論外!論外だからね論外!あらゆることを想定して準備しなくちゃだから』

そういうと、割と短めに話を切り上げ、持っていたゴムでポニーテールにしはじめた。『本当はバッサリ切った方が安全だけれどね』と言いながら。

防御策として、雑誌を腕に当てはめてガムテープでぐるぐる巻いた。脛にも薄めの雑誌だが、巻き付けた。ちょっとしたプロテクターにしかならないだろうけれど、瞬間的な噛み付きを防御するには十分だった。如月は更に、拳にガムテープを少し巻き、軍手を履いて打撃戦に備えた。

そうなるとは限らないが、そうなると想定して準備することが大事。如月の有り余るゾンビ知識がそう導き出していた。

ここで如月が『よし!』と頷き、自分の頬を軍手でボンと張り、舞い散った埃で咽た。そして2人の前に立ちはだかる様に仁王立ちで覚悟の言葉を言った。

『これから言うことをよく聞くであります!手や足を噛まれた場合、助ける事が可能な箇所であれば、躊躇せず切り落とすから!映画では早めに切り落とせば感染を防ぐことが出来るパターンもあったの、やってみる価値はあるわ!いい?それが誰であってもよ、助けるためだから絶対躊躇しないで!いい?いいの?いいよね?ただし!噛まれてから発症まで、必ずじゃないけれど見たのはほぼ10分だったの、そうなると本当に躊躇してる時間はないわ、即行!いい?噛まれたらもう10秒でも遅いくらいだと思って!即よ即!』

『噛まれたのが足の付け根とか、肩だったら?・・・』

恐る恐る聞くパイロンにキリリとした表情で振り向き、紫がかったグレーっぽいその瞳でしばし見つめるとこう如月は答えた。

『ゾンキーになる前に殺す事・・・これがルールよ・・・』

分かっていた事、想像していた事とは言え、ドストレートで言われると言葉がない。いや、言葉が無いわけではない・・・・この世に言葉など数えきれないほどあるのだ、そうではない。正しくは今なんて言えばいいのかわからないのだ。モヤモヤしてドキドキして、悲しいのと辛いのと色々な感情がグルグル渦巻いてチャンコ鍋が出来上がりそうな程アツアツなのだ。

『私も・・・そうして・・・。』

最後に如月はそう言うと優しく笑った。

その後また真剣な顔を取り戻し、話し始める如月。

『ただ、そうならないために私たちはチームで戦わなくちゃダメなの、生き抜くのよ、何がどうなったのか確かめるとか、そんな大それたことは出来ないでしょうよ女子高生だし。でも、生き抜く事ならできるって思うの、思うでしょ?思わない?思うよね?思うっていいなさい。』

『思う』

『思ってしまい申し訳ございません。』

『あ、あのさ睦月・・・』

『なに?パイロン』

『もし、私とスティールちゃんの家族が無事だったら、改めて集合しない?みんなで集合してさ、みんなで生き抜くのは構わないでしょう?本当はみんなで睦月の家に行きたいけれど、多いと足手まといになるし、来るなって言うのはわかる、家族を守れってのもわかるけど、皆が離れ離れになる必要はないと思ってしまい・・・申し訳ございません。。。。』

『うん・・・そだね、わかった。』

『やったー!私も離れたくなかったんすよ実はー!』

羽鐘が飛び上がって喜んだ。


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