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人間の幸せとは何か?~カール・ヒルティの幸福論~


 皆さんは,三大幸福論をご存知でしょうか?三大幸福論とは,スイスの哲学者ヒルティの幸福論,フランスの評論家アランの幸福論,イギリスの論理学者ラッセルの幸福論です。今回は,「最も深い幸福論」と称されるカール・ヒルティ(1833~1909)の思想と前世についてご紹介します。


スイスの法学者カール・ヒルティ

カール・ヒルティの幸福論


幸福とは何か?


「人生のいかなる偶然性にも左右されることなく,そして実際に到達することのできる幸福は,ある大きな思想に生きて,それのためにたゆまず着実な仕事を続ける生活のうちに見出されるものだ」

 偉大な思想のために身命を捧げる,これが最高の幸福です。ならば,偉大な思想を得るには,どうすればよいのでしょうか?それは,神と共に歩むことです。ヒルティの主張した幸福とは,一言で申し上げれば「神の側近くあること」です。逆に,最大の不幸とは,「神に背くこと」です。
 人間は,神と共にあることにより,崇高な倫理的秩序を信じ,安心して生きることができます。が,神から離れることにより,この世の不条理に振り回され,不安と心配に心が蝕まれます。そして,不安は民衆(世間)に対する恐れを生み,恐れは人為的権力への屈服と隷従を誘発する。神と共に生きる人生は,自由と感謝です。しかし,神に背く人生は,隷属と憎悪です。

幸福に必要なもの


 人間の生き方には,四つの道があります。宿命論と克己主義と利己主義と信仰です。そして,どの道を選択するかによって,人間の運命はその性格を異にします。第一に,宿命論は人間を鈍感にします。第二に,克己主義は人間を冷酷にします。第三に,利己主義は人間を邪悪にします。最後に,信仰は人間を善良かつ幸福にします。では,なぜ信仰が幸福をもたらすのでしょうか?
 信仰は,神に対する畏怖の念です。神のみを畏れますから,そういう人間は敵も他人の評価も恐れません。一方で,神を畏れない者は人間を恐れます。そして,人間を恐れた結果として,敵をも他人の評価をも恐れるのです。前者は人を強くしますが,後者は人を弱くします。トマス・カーライルが述べたように,信仰は「勇気の源泉」なのです。
 また,信仰は人間を賢くします。なぜなら,人間的好悪を超越した神の視点から物事を観察するからです。神の視点から世界を俯瞰することにより,因果の連鎖(原因と結果の関係)が明らかになります。神の視点から人間を洞察することにより,善も悪も正しく判断します。真の信仰とは,鋭い知性の源泉なのです(旧約の預言者が未来を喝破し,イエスが人間の本性を見抜けたのは,まさしく信仰の力といえるでしょう)。

苦悩の存在理由


 人生に憂いは付き物です。神を信じる者も信じない者も,等しく憂いに苛まれます。しかし,神と共にある者は,憂いの存在理由とその対処法を知っている。故に,どんな不安や心配や逆境の中にあっても,決して挫けないのです。
 憂いの存在理由は,三つあります。第一に,人間が傲慢や軽薄にならぬためです。第二に,憂いを通して苦しみを知り,他人に対して同情することができるためです。最後に,孤独と苦悩を通して,より一層神を信じ,神に助けを求めるためです。
 私たちは,神によって課せられたものを引き受けねばなりません。順境も逆境も,私たちを導く神の配剤です。神の許しなしには,何事も起こり得ず,一切の事柄が我々自身さえ知らない我々の真の力に応じて定められているのです。愛情深い親は子を鍛えます,決して甘やかしません。それと同じように,神は我々の性格を真の鋼鉄に鍛え上げるべく,忍耐すべき境遇を与え給うのです。

「神は自分の道具である者に,なしうる限りの要求をする。ちょうど将軍が精鋭な軍隊に要求すると同じように,神は自分の持っている道具を使うのであって,絶対に必要以上に道具をいたわりはしない」

人生の目的


 人間の生きる意味とは何でしょうか?人生の究極目的とは何でしょうか?それは,神の子になることです。すなわち,「高貴な人格の典型であるキリスト」に似ることです。イエス・キリストは,小さな者・貧しい者・虐げられた者・罪ある者へのやさしい愛情に満ちていました。と同時に,高位の者・富める者・権力ある者に対するこよなく偉大で沈着な自信を有していました。愛と正義,勇気と憐憫が同居していたところに,キリストの人格的高貴性があるのではないでしょうか。

「キリストに従うといっても,多くの人たちが多分そう信じているであろうほど,必ずしも単純ではない。というのは,キリストの人間生活は,全く違った時代の近東の生活であったからだ。この点において,『文字は人を殺し,霊は人を生かす』である。我々は『キリストの』十字架を負って彼に従え,と言われているのではなくて,『我々自身の』十字架を負って従え,と言われているのである」

 福音を正しく理解するためには,キリストの精神を知らなければなりません。そして,キリストの精神は,教会や神学校で教わるものではありません。ましてや,聖書研究によって得られるものでもない。キリストの精神は,ただ聖霊を通してやって来るのです。もっと具体的に言えば,キリストの精神は苦悩を通してやって来るのです。己の十字架を負ってキリストに従う時,キリストの精神は心の奥底から顕現するのです。そういう意味において,福音の理解も慈悲の心も,神の啓示(第六感)といえるでしょう。

「すぐれた文学,同様にまた,本物の芸術はすべて,苦悩から(情熱からではない)生まれる。苦悩がなければ,深さを欠くことになる。同じように政治も,人生の明るい面だけしか知らない人たちの手で行われるときは,みじめな職業である。およそ苦しみなしに真に力強い生活を送ることは,まったく不可能である。親愛なる読者よ,そうした力強い生活か,それとも希望のない凡庸さか,どちらかを選び給え」

カール・ヒルティの前世


偉大なローマ皇帝


 カール・ヒルティの前世は,五賢帝の一人マルクス・アウレリウスです。ストア派の哲学者でもあり,「生を享けた者の中で最も高貴な魂(テーヌ)」と称されました。


哲人皇帝マルクス・アウレリウス



 マルクスはこう考えました。神に理性があるように,人間にも理性がある。人々が神聖な理性(指導理性)を発揮する時,自由と平等を兼ね備えた理想的共同体が実現する,と。そしてマルクスは,理想的な世界を造るべく,ローマ皇帝として東奔西走しました。
 しかし,時代は彼に味方しませんでした。なぜなら,ローマ帝国の繁栄にも翳りが見え始め,四方から異民族が攻撃を仕掛けてきたからです。178年,全ゲルマン民族がパンノニアを急襲,マルクスは現場に急行し勝利を治めます。しかし,西暦180年,マルクスは伝染病により死去しました。享年58歳。死の直前,意識朦朧としていた時,こう呟いたと言い伝えられています。「戦争とはこれほど不幸なことか」と。
 マルクス・アウレリウスの思想は,カール・ヒルティと同様に,禁欲的かつ敬虔なものでした。読者はよろしく,マルクスの「自省録」とヒルティの「幸福論」を読み比べてみて下さい。この魂の根底に存する高貴さを感じ取れるはずです。

「ただ次の一事に楽しみと安らぎを見出せ。それは常に神を思いつつ,公道的な行為から公道的な行為へと移り行くことである」(マルクス・アウレリウス「自省録」)

ストア哲学とキリスト教


 マルクス・アウレリウスはストア主義を信じ,カール・ヒルティはキリスト教を信じました。信じた思想は違えども,ストア主義とキリスト教には共通点があります。第一に,両者とも人間の意志に高い価値を置きました。第二に,道徳的な世界秩序の存在に対するかたい確信がありました。第三に,「善の報酬は善そのもの,悪の報酬は悪そのもの」という高尚な倫理観です。
 一方で,ストア主義とキリスト教には,大きな違いもありました。それは,生きる目的の相違です。ストア主義は,自己完成を目的としました。故に,禁欲的な哲学的利己主義に陥ってしまったのです。一方でキリスト教は,神の国を目的としました。故に,霊の王国を建設する英雄的な行動力に直結します。自己一身の完成か,全人類の調和か。人間の良心に及ぼす影響は,甚大であるといえるでしょう。
 ちなみに,歴史の教科書によれば,「マルクス・アウレリウスはキリスト教徒を迫害した」と記載されています。しかし,それは大きな誤りです。マルクス時代のキリスト教徒迫害は,トラヤヌス帝時代の法律(非合法結社を禁ずる法律)が執行されただけであり,マルクスはむしろ,その法律の適用を和らげようと尽力しました。

「人生のあらゆる英智の達しうる最後の段階は,神と共にあるか,神から離れているかが,人生における唯一の大切な問題だということを,完全に洞察する境地である」(カール・ヒルティ「幸福論」)

ストア派哲学者の転生


 ストア主義は,ギリシャの哲学者ゼノンによって創始され,セネカやエピクテトスを経て,マルクス・アウレリウスにおいて絶頂に達しました。そして,「キリスト教以前のキリスト教」と称されたストア哲学は,ローマ帝国内に普及し,キリスト教受容の露払い役となったのです。
 ストア主義は,ゼノン→セネカ→エピクテトス→マルクス・アウレリウスと受け継がれましたが,後期になるに従い,徐々に宗教的色彩を帯びています。以下に,ストア主義哲学者の転生を論じた書籍をご紹介しますので,各人の魂の傾向性を比較してみてはいかがでしょうか?
 

① ゼノンの転生

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② セネカの転生

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③ エピクテトスの転生

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