十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人



はじめに

僕は「ギフテッド」でした。
「ギフテッド」とはなんぞや、というところから説明します。
いわゆる天才児です。英才教育などによる努力で高い能力を手に入れたわけではなく、生まれつき知能指数が高い場合を指します。

とはいえ、努力をせず才能を無駄にした僕にとってはただの過去の栄光でしかないと思っています。「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人」という言葉があるのですが、まさにその通りだと思います。僕も今となってはただの人です。

障害を疑って知能検査を受けたのに

僕は大人になってから「うつや躁鬱だけではなく発達障害やADHDがあるのではないか?」と疑って知能検査を受けたのですが、それどころかIQが130を超えていました。平均は100程度なので30も高いことになります。ひょえ〜。

IQといっても「言語性IQ」と「動作性IQ」という2つの項目に分かれており、前者は言葉を聞いて考えたり、使って伝えたりする力、後者は手を動かしてテキパキ作業する力、と思ってもらえるとわかりやすいかと思います。
僕の場合は言語性IQが130を超えていました。動作性IQは100だったので普通です。この2つの差が大きかったり平均より著しく低いとADHDや発達障害を疑われるらしいのですが、僕の場合差が大きいというよりは言語性IQが異常に突出しており、過去のエピソードからしてもいわゆる天才、ギフテッドなのではないか?という結論に至りました(もちろん諸説あり、誰もが同じような結果でも必ずこのような診断になるとは限りません)。

過去の天才エピソード①

これは甥っ子姪っ子を見ていても思ったのですが、ちゃんと言葉を喋れるようになるのって3歳頃じゃないでしょうか。その頃には「あ!わんわんきた!」「ぼく これ すき!」みたいに2〜3単語を組み合わせた言葉を喋れるようになっていると思います。ですが僕は3歳の時点で敬語で大人とごっこ遊びをしていた記憶があります。4歳の頃幼稚園の先生に「大丈夫!信頼して!」と言って「どこでそんな難しい言葉を!?」と驚かれた記録が当時の日誌に残っています。ウケる。

会話だけではなく読み書きに関しても発達が速かったようです。特に読み書きの「読み」に関しては発達速度が異常で、2歳の頃にはひらがなカタカナを完璧に読んでいたらしく、3歳の頃には小学校低学年で習うような簡単な漢字はマスターしていて、親のワープロで簡単な文章を打っては印刷して遊んでいた記憶があります。ワープロってことはローマ字も理解できていたわけです。ぎょえー。

過去の天才エピソード②

天才というかオタクの片鱗というか。今もそうですが乗り物(特に鉄道と自動車)が大好きな子どもでした。それだけなら至って普通の男の子ですが、知識欲が異常でした。

父親がライトゲーマーだったので3歳からプレステのコントローラーを握っており(まずその歳でゲーム機を一人で操作できることがまあまあおかしいのですが)、グランツーリスモ3を一生遊んでいました。そのせいか車に関して異常に詳しく、ヘッドライトやテールランプの形だけで車種を当てられるのはもちろん、どの車の最高出力が何馬力か、などまで覚えていました。怖すぎ。「何故か日本の車だけは64馬力や280馬力の車が多いな」ということに気づき、法規制にまで関心が向くことになります。恐怖。

鉄道に関しても異常な知識欲を持っていて、身近な路線名や駅名、列車の形式を暗記しているのはもちろんですが、馴染みのない首都圏の電車や私鉄に関しても精通していて、車両編成とかまで暗記してました。キモ。一生乗り物のビデオ観てたしな。まあ今となっては紆余曲折あり鉄分は少なめになってしまいましたが…。今でも鉄道自体は好きですよ。

過去の天才エピソード③

中学校まで勉強という勉強をした記憶がありません。でも偏差値は70オーバーでした。自宅でも宿題や課題以外でペンを握ったことがありません。強いて言うなら通わされていた塾の課題をしぶしぶやっていたくらいでしょうか。それも「やる意味が分かりません」と言ってサボりまくっていましたが…。
別に教科書を1回読めば大抵のことは理解できるし、ある程度暗記もできたんですよね。なので宿題程度の勉強量で定着していました。

神童は10歳まで

とはいえまあ、世の中には才能を持った上で尋常じゃない量の努力を重ねるバケモンみたいな奴がゴロゴロいるので、僕みたいな才能に頼って一切努力しなかった人間はボコボコにやられていくんですよ。高校入試は「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人」のちょうど「十五」の部分ですね。もう神童ではない。努力しなければ落ちぶれる。ただそれだけです。僕は見事に落ちぶれていき、最終的には高校すら中退しました。

二十過ぎれば只の人

成人以降の僕は至って普通のなんの才能もない人間です。勉強ができるわけでも、スポーツができるわけでも、芸術のセンスがあるわけでもない、ただの人です。面白いぐらいにただの人です。なので昔のことは全て「過去の栄光」と僕は表現しています。たまたま生まれ持った才能にすがりつき、驕っていただけのバカ。まあそんなことをしていたから大学入試でひどい目に遭ったんですが。

よく「日本は天才児に対する教育プログラムが~」とか言われますけど、僕はそのせいだとは思いません。努力するもしないも結局自分次第じゃないですか。さらなる高みを目指せる子だったら10歳くらいの時点で多分ちゃんと努力をし始めてるんですよね。僕はそうではなかった。勉強というものには関心が向かなかった。だからただの人になった。

ただの人でもいいじゃない

かつて天才と呼ばれていたことに対するプライドは大学時代に捨てました。捨てた瞬間人生が少し楽になりました。入学当初は「俺は天才だったはずなのになぜこんな大学に…」とクッソひねくれたことを思っていましたが、大学数学や建築力学の講義で自分は並の人間以下なんだと思い知らされてからは、「だったら0から学び直そう」「自分はただの人間、普通の人」と素直に全てを受け入れられるようになりました。おかげでそこそこ楽しい大学生活でした。

まとめ

・天才はいつまでも天才ではない
・努力し続けられる人間こそが本物の天才
・オタクはガキの頃からその片鱗がある


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