見出し画像

スーツケースとのお別れ

先日、10年間使ったスーツケースとお別れをしました。

このお話を、私は涙なしでは語ることはできません。思い出も多いため、少々長い文章になってしまうことをお許しください。


そのスーツケースとの出会いは、14歳の春でした。中学3年生になったばかりの私は、東京への修学旅行のために、人生で初めてスーツケースを手にしました。秋田で一番大きいお店、イオンショッピングモールで買ってもらった、黒にモノグラム柄の布製のお気に入りです。もうるんるんでした。そうです、あのカビルンルンにも負けないくらいのるんるんだったのです。


それまでは、どこへ行くにも大きな白いボストンバッグを使用していました。小学校の修学旅行で仙台、家族旅行で東京や大阪にも行ったことがありましたが、すべての旅行にて荷物をパンパンに詰めたボストンバッグを肩にかけて、わんぱくに移動していたのでした。

そんな14歳の私にとって、初めてのスーツケースはなんだか大人の仲間入りをしたような気分になるものでした。修学旅行が待ちきれなかった理由のうちの1つには、早くスーツケースを使いたいという欲望が間違いなく入り混じっていました。実際に使ったときの、あのコロコロと自分についてきてくれる初めての感覚や、カチカチっと簡単にレバーが伸び縮みする感覚。14歳の私には刺激が強かったのでしょう、あっという間にスーツケースの虜になりました。



どうやら世の中には、自分が愛するものにお名前をつける人もいるようです。今まで出会った友達のなかには、電子レンジにお名前をつけていた人もいました。
なるほどそのように物を愛でる方法があるのか、と大変感銘を受けましたが、残念ながら私はスーツケースにお名前をつけることはしませんでした。ここまで期待させておいて申し訳ないですが、私にはあまりネーミングセンスというものが備わっていないのです。今頭をひねっても、「スーちゃん」という何ら面白くない名前しか出てこないのが、このお話の最も残念なところです。



しかし、名付けこそしなかったですが、それはきっと飼い犬に「いぬ」という名前をつけて可愛がる感覚です。私はちゃんとスーツケースが大好きでした。


その証拠に、中学を卒業した後も、そのスーツケースと一緒にいろんな場所へ行きました。高校のときは都内の大学を見たくて何度か秋田から東京へ行き、修学旅行では一緒に京都・広島・大阪・奈良へ行きました。


秋田から上京した大学以降のスーツケースのご活躍ぶりといったらありません。北は北海道、南は沖縄まで、正確に数えてはないですが約30の都道府県を一緒に旅しました。
また、私とスーツケースとの思い出は国内に留まらず、舞台は海を渡ったアジアやオセアニアの国にまで展開されます。たいへんグローバルなご活躍でした。


そんな、過労ともいえる重労働にも文句1つ言わずに連れ添ってくれたスーツケースです。ブラック企業ならぬ、ブラックスーツケースという部門があればあっという間にノミネートされていたことでしょう。これはスーツケースが黒いからブラックということではありません。私が働かせすぎてしまったのです。

10年間頑張ってくれたスーツケースは今や、車輪はすり減り、角はすり切れ、たまに自分で立つのもままならない状態でした。
だから、私はこの2019年を迎えたお正月、彼(彼女)とのお別れを決めました。


泣く泣くスーツケースを手放すことをお友達に伝えると、お庭に埋めてあげらどうか、というご提案をいただきました。なんと優しく、頭の冴えたお友達なのでしょうか。スーツケースとの別れの寂しさに悲しみの涙を流す寸前だった私ですが、一方でそのお心遣いには危うく感動の涙を流すところでした。

その素晴らしいアドバイスを受けて、先日ブログでもご紹介した自作の雪イノシシの跡地に埋めようかと思いましたが、なんとも皮肉なことに、出発の時間が迫っていたので、お別れの挨拶のみでサヨナラをすることになりました。
ちなみにその雪イノシシは、雪をかぶって太ったり、少し小さくなったりと、毎日自由気ままに進化を遂げています。

きっとこの場所にスーツケースを埋めていたら、春には綺麗なお花が咲いていたことでしょう。そのさぞかし綺麗なスーツケースのお花を見たかった気持ちも大いにありますが、やはり時間には逆らえません。秋田新幹線こまちは出発時間どおりに秋田駅から東京へ向けて出発します。そして、それに間に合うべく羽後本荘駅から秋田駅にむかう羽越線という名の下り電車は、1時間に1本しか走らないのです。


ということで、私はスーツケースにお別れを告げてきたのでした。私ごとながら、大変感動的な物語です。泣かせてしまっていたら申し訳ありません。

ああ、ありがとう、10年間連れ添ってくれた愛しのスーツケース。たくさんの思い出を胸に、私はこの春から、新しいスーツケースと一緒に新たな旅を始めます。


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?