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インタビュー調査の都市伝説・さらにあれこれ~「数人の話」から何がわかるのか?②~「定量」と「定性」の違い

私の認識が正しければ、コンピュータの普及から量的調査の世界で「多変量解析」が注目され出したころ「定量か定性か?」という優劣観点の議論があったと思います。定性調査が「エキストラ」によって行われていてクオリティが低い一方で、コンピュータや多変量解析が万能のように思われていたが故だと思います。ちょうど最近の「AI」の議論に似ています。

しかしこれはナンセンスな議論だったと思います。何故ならばその両者はモノの見方が違うものであり、ひいてはその用途が違うものだからです。見方が違うということは両者があることによって対象者への理解が深められるということです。即ち、車の両輪だということです。

この「数人の話から何がわかるのか?」問題はまさにこの点に関わります。端的に言うと、「数人(一人を含む)の話から分かること」と「多人数(統計的に処理できる人数)から分かること」が組み合わさって「消費者、市場、生活が理解できる」ということです。これは「数人の話からしかわからないこと」と「多人数からしかわからないこと」と言った方がもっとシャープに理解できるかもしれません。

概念の話よりも実例の話の方が分かりやすいと思いますので、最近実際にあった経験を紹介します。

インターネットのコミュニケーションサービスが解決しえる「JOB」(「ジョブ理論」においてクリステンセンの紹介した概念であり、解決ニーズが未充足の強い状態にある生活上の課題と言えば良いかと思います)を200個あまりインタビュー調査の分析から抽出して、そのうちの60個程に対しての「解決意向」による「階層クラスター分析」を行いました。これは多変量解析の一種であり、統計的に相関が強いもの同士がグルーピングされていくということだと理解してください。つまり、同じクラスターに属するJOBは同じような一群の人たちによって解決意向が示されているということです。するとその結果として「子育て」に関係するJOBが一つのクラスターとしてきれいに分類されたのですが、何故かその中に「アイドルとの心理的距離を近づけられる」というJOBが混在していました。

これだけを見るとその意味が良くわからないと思います。場合によっては「いい加減な回答」として回答精度の問題にされたり、よくわからないということで無視されたりすることがままあります。実際、我々のクライアントはそのように反応されかけていました。しかし我々はこの調査とは別に「子育てや家事に忙しくテレビ番組は見られない主婦が短い空き時間に楽しめるアイドルの動画配信を見ている」という定性情報を得ていました。そしてそのような動画では、テレビでは知ることのできないアイドルの日常や裏の姿を見られることが魅力だということも知っていました。

すると、子育てに色々と課題を持つ主婦たちがアイドルとの心理的距離を詰めたいと考えているというのは、その人たちの生活を考えると、極めて納得のいく話となります。つまりその人たちに対して「子育てが大変」という部分しか理解できていなかったのが、そのストレスが原因でYouTubeを楽しんでいるということ、そしてその中でアイドルとの心理的距離を詰めようとしていることまでが理解できてくるわけです。するとそこから「アイドルが手早く家庭で作れる料理を紹介するコンテンツ」とか、「アイドルが家庭での簡単なDIYを紹介するコンテンツ」などはこの人たちにとっては魅力的なのではないか、というアイデアも発想されるわけです。

この事例について考えてみますとJOB抽出と子育て主婦の余暇に関する情報はそれぞれの定性調査から得ており、それらのボリュームや関係の強さは定量調査から得ているわけです。主婦が家庭でYouTubeをそのような見方をしているということはC/S領域の情報ですから定性調査でないと得られなかったものですし、それが若者のアニメなどの趣味ニーズよりも、主婦の子育てのストレスと強い相関関係があるということは定量調査でなければわからなかったわけです。すなわち、どちらが欠けていてもこの理解には至らないわけで、それが「車の両輪」という所以です。

それでは、上表を補足する形で、その両者の違い、使い分け方を改めて虚心坦懐に考えてみることにします。

1、「成分を同定し、性質を明らかにする定性調査」と「量を定める定量調査」

これは辞書的な定義です。もう少し詳しく言うと、定性調査とは世の中で起きていること、対象者の生活にあることを「具体的」(状況や感情など~成分)かつ「構造的」(因果やメカニズムなど~性質)に把握しようとするものです。それに対して定量調査は「順位」や「ボリューム」あるいは「相関」を明らかにしようとするものです。例外はありますが基本的には定性的に把握されている事柄(すなわち/C領域化されている事柄)でないと定量的に測定することができないのはこの定義から当然だと言えます。測る成分や性質が決まらないと測定のしようがありません※。

※上記の事例の場合、事前の定性調査が不十分で解釈できない場合、子育てのJOBとアイドルのJOBの両方を持つ人を対象に後付けで定性調査を行うという解決策はありますが、そもそも、定量調査の設問の為には事前に定性情報が必要な事には違いはありません。

これは複数の調査の組み立てにおいて考慮されるべき重要事項です。すなわち、定量的に「検証」されるべき「仮説」を「抽出」するのが定性調査の役割だということです。例外はありますが基本的には「仮説抽出」には定性、「仮説検証」には定量、という役割の違いがあるということです。これは、調査に臨むあるべき態度にも違いをもたらします。仮説抽出を目的とする定性調査の実施においては明確な仮説が無いことが多いわけです。つまり、定性調査の場合には/S領域を対象に探索的、非構成的な態度で臨む必要があるわけです。一方、すでに仮説がある定量調査の場合には/C領域を対象に検証的、構成的な態度で臨む必要があります。この点については3でも説明します。

2、「動的情報」で「未来」の予想ができる定性調査と「静的情報」で「過去」が検証できる定量調査

定性調査は「構造」を把握しようとします。すなわち、因果などのメカニズムを明らかにしようとするものです。つまり世の中、市場の「ダイナミックな動きとメカニズム」を捉えようとするものです。つまり「動的」なものであり、メカニズムを捉えることにより起きた出来事がどのような影響を及ぼすのか、つまり「未来」を予想することに使えます。一方定量調査は「量」を測定しようとします。量は測定時点が決まらないと定められません。つまり、測定時点間の比較はできるものの、ある一時点の「状態」を切り取って把握しようとするものであり「静的」なものです。例えばアンケートに答えた次の瞬間にあった出来事でその回答は変化しうるということです。調査結果は必ずその測定の後に出ますから常に「過去」を見ているということになります。

3、定性と定量~方法論の違い~「論理」で捉える定性調査と「統計」で捉える定量調査

定性調査は「メカニズム、構造」を捉えようとします。構造による因果の現象は時系列の中に存在します。すなわち、調査においては時系列での環境及び行動と意識の変化を把握する必要があります。それを把握できるのは「生活者」の体験談=ナラティブです。インタビュー調査はこの時間経過や因果関係を含む体験談を把握するのに優れているので基本となります。他にも観察やMROCやソーシャルメディアリスニングなどが用いられますが、いかなる手法を使おうともアスキングをやれば原理的にそれなりの結果しか得られません。時間が限られていたり観察の着眼点が定まらない観察調査やエスノグラフィーも同様です。またソーシャルメディアリスニングは「目的連動性」(マーケティングの目的に対して調査で得られる情報の整合性)が高くありません。これはNEC理論やPIA三位一体理論から説明できますが、今回は省きます。

定性調査で把握されるべき「構造」は事前には未知のものです。しかし、構成的な調査を行うとその構成が、捉えられる構造にバイアスを与えてしまいます。例えば下図のように、構成された設問によって本当の因果関係が顕れず、偽りの因果関係になってしまうようなことが起きます。従って調査は非構成的なものにしておく必要があります。



また、ナラティブ聴取と分析のためにはそれなりの時間を要する上に調査対象人数はふさわしい人を有為的に選ぶ必要もあり調査対象人数は比較的少数となります。すなわちボリュームの測定には向いていません

構造を捉えようとするため分析の基本は「因果関係」による論理化となります。分析結果は「論理」ですから基本的に「言語」で表現され、わかりやすくするためには図(チャート)が用いられます。

一方、定量調査は「量」を捉えようとします。全数を調査するのは不可能なことが多いので統計理論を用います。統計理論を用いるためには大数法則が成立するランダムサンプルを得る必要があります。すなわち、少なくとも30から1000を超える大きなサンプルサイズとなります。最近ではネットのアクセスログやPOSなどビッグデータもその対象となりますが、「人と生活を知る」という目的においてはアンケート調査が基本です。

このアンケートは統計的に処理されるものですから設問も選択肢も一義的に表現されていて回答者によって解釈の差がでないものである必要があります。すなわち単純明快、シンプルなものでなければならないということです。つまり複雑な構造の把握には向いていないのです。また数値は設問間や対象者間での比較によって意味を持ちますから、設問はすべてあらかじめ決められて構成されていなければなりません。

分析は「回答結果」という「現象」を統計的に処理するものとなり、結果は必然的に数値やグラフで表現されます。

定性と定量の違いを改めて虚心坦懐に考察してみるとこのようになりました。我田引水ですが、ここまで明確に説明されたものは今まで見たことがありませんので、お役に立てるかと思います。

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