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インタビュー調査の進行と課題③~自己紹介

前回は「お作法」と捉えられがちな趣旨説明が、集中力を伴ったリラックスやグループダイナミクスを生み出す集団実体性の形成に重大な作用を持っていることを解き明かしました。

つまりは「お作法」には意味があり、守られなければならないものであるわけです。

これは芸事や武術などの技芸の作法や「型」に通じるところがあります。先人がその技芸のエッセンス、本質であると考えたことが作法や型として昇華しているわけです。初心者にはその本質や意味を理解することは困難なのですが、まずは「真似てみる」ことで芸のレベルが高まるわけです。「学ぶ」とは「真似ぶ」が語源だと言います。熟練しても基本には常に忠実で無ければなりません。「型があっての型破り、型が無ければ型無し」なのです。

このことはインタビュアーが「お作法をキチンと学んだ人なのか?」という観点をもたらします。つまりは良い師匠から指導を受けたのか?、インタビューというものを体系的に学んだのか?ということです。例えば私達一門ではこの趣旨説明を「詳細フロー」という「スクリプト」に起こしそれを暗記するまで何度も事前にシミュレーション練習するといったことをしてきました。それが本番で例えば「企業名や商品名が思い浮かんだら遠慮なく口に出してほしい」という一言をついうっかり抜かしてしまうと、その影響が顕著に現れ、対象者が商品名を口にしないといった経験もしてきています。

何事にも修練と経験というものが必要なのです。だからこそインタビューというのはプロフェッショナルなスキルとして存在し得るのです。

その意味で繰り返しになりますが、その場のふるまい方の説明に加え、集団実体性を高めることに配慮された趣旨説明をしてインタビューの目的や成果指標を明らかにすることは必要不可欠ですし、ましてや省略されるようなことがあってはなりません。

そしてこれまた「お作法」と捉えられ省略されがちなのが「自己紹介」です。

インタビューを「アスキング」と捉えている人達、特にそのアスキングによって却って十分な情報を得られなかった経験をしているクライアントにおいて「訊きたい質問」が多数ある場合、往々にして「自己紹介を省略して欲しい」という要望をされることがあります。その人達にとっては自己紹介で話されるような情報は事前のアンケートで得られていることだからです。アスキングされるので、対象者は沈黙しがちだし具体的な話はできないし、故に質問を矢継ぎ早にしなければならないし、それでは時間は足らないし、といった三重苦、四重苦の中で時間を少しでも確保するために自己紹介や趣旨説明を省略しようとするわけです。

そのようなリクエストをされるクライアントが想像されているのは「アスキング」でのインタビューであり、私どもが実施しているのは「リスニング」でのインタビューですから、元々話がかみあっていないのですが、私はそのようなリクエストについては無条件にお断りすることにしています。それは結果としてインタビューで得られる情報を減らし、インタビューのクオリティを下げ、結局、クライアントは満足されないことになるからです。これをお断りするのはプロとしての責務であり矜持です。

蛇足ではありますが重大な指摘として、知識・経験の浅いクライアントの要望を受け入れることによってインタビューのクオリティを下げてしまうことは往々にして発生しているということを申し述べておきたいと思います。

それをお断りするに足る知見を持たない低レベルのリサーチャーと、そもそもインタビューに対しての経験値が低くインタビューというものを理解していないクライアントが不幸な負のスパイラルを発生させているのです。

その根源はインタビューがアスキングであるという誤った認識に他なりません。それを正すことがまず必要であるわけです。

さて、「自己紹介」が重要であることの根本的な理由もやはり集団実体性に関わるものです。それは前回も触れましたが
③ 類似性=成員間の行動、外見、属性などの類似の程度
に関わるものです。

調査する側には事前のアンケート等でそのグループの成員がどんな人達であるのか、どんな共通の条件を持っている人達であるのかはわかっていることなのですが、当のグループの成員にとってはそのグループがどんな共通の条件を持った人達なのかは知らされていないわけです。特に、それぞれの外見、姿格好が分かりづらいオンラインインタビューではその推測も難しくなるわけです。

その状態では共通の話題も想像できないわけで、対象者にとっては極めて話しづらい状況であることに思いを及ばせる必要があります。インタビューを成功させるには常に「対象者ファースト」であるべきです。対象者を話しやすくするためには常に対象者の目、気持ちになって考える必要があります。調査現場の対象者の目、気持ちにすらなれないリサーチャー、マーケターとはつまりは生活者の目、気持ちになれないリサーチャー、マーケターであるということに他なりません。

というわけで、「自己紹介」とはその調査の目的、課題そして、話してほしい話題に対応した出席者の共通項目をお互いに認識しあえる様に実施するものであるという認識を調査主体側は持つ必要があります。

その観点を持つと自己紹介の内容、項目も決まってくるわけです。

例えば、「育児」がテーマの場合には「家族構成」は必須です。その中でお互いに同じ年頃の子どもがいることが自然に認識されます。「掃除」の場合には「住居形態」や「周りの環境」、「料理」の場合には「得意な料理と苦手な料理」などが考えられます。その中でお互いの類似性が認識されて集団実体性を高めるわけです。

つまり、自己紹介とは調査主体側がそれを知りたい、聞きたいから行うのではなく、調査対象側の集団実体性を高め、話しやすくするために実施するものであるわけです。その意味で自己紹介の際にはインタビュアーは「私にではなく皆さん同士で自己紹介しあうようにお願いします」という意味のことを伝える必要があります。対象者にとっては、自分についてのそのような内容のことは事前のアンケートですでに調査主体側が知っているであろうことは想像に難くないからです。つまりそのような自己紹介をこの場でお互いに行うことの「意義」を伝えるということです。

さて、自己紹介はインタビュアーが対象者の発言に対して興味関心を示しているということをボディランゲージで伝える場でもあります。

例えば「映画鑑賞が趣味です」という発言があった場合、「最近はどんな映画をご覧になってますか?」というようなことをさりげなく確認してみるというようなことがあります。この対応によって、対象者は話をなるだけ具体的にするようにもなりますし、何よりも、インタビュアーが自分の話に興味関心をもってくれるのだという印象を持つようになるわけです。つまり、この場で自分がする話がインタビュアーや運営側にとって価値のある話だということを認識させて、発言のモチベーションをたかめていくわけです。

これらの行為によって、インタビュアーを中心とした集団は集団実体性を持つようになっていくわけです。

「ラポールの形成」ということがインタビュー調査の世界ではよく言われます。インタビュアーと対象者の間の「親和性」などと説明されていはいますがその具体的な内容や形成の手順が説明されている例はあまり知りません。しかし、上記のような観点では、「ラポールの形成」とはすなわち「インタビュアーを中心とした集団実体性の形成」ということに他なりません。






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