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「意識マトリクス理論」の徹底解説②~企業人と生活者の視点の違いとイノベーション

「意識マトリクスマップ」はコミュニケーションの領域を当事者それぞれの「意識」と「無意識」の観点で分析したものです。これは一見、有名な「ジョハリの窓」に似ていますが分析対象が意識マトリクスではコミュニケーション領域という客体である一方でジョハリの窓は「自己」という主体である点が決定的に異なる点です。

発見者の私自身が当初は「意識マトリクスマップ」を「ジョハリの窓の応用」と説明していたのですが、ある時、その決定的な違いに気づきこの理論の大きな可能性に鳥肌が立ったものです。師匠である巨匠たちが書き残されたものを見ましてもこの概念には潜在的に気づかれていたフシがあり、例えば油谷先生の「主体の分裂理論」の根底にある「インタビュアーの心理分析」というのはこの理論の大きなヒントとなっています※。しかしその油谷先生にしてその著作においてはやはり「ジョハリの窓」の説明しかされてはいません。それほどまでにこの概念は潜在していたのですが、それが潜在する理由はだれしも他者の無意識には気づいても、自分の無意識には気づかない、ということではないかと考えられます。これはトートロジーでもあり、当たり前と言えば当たり前ですが、当たり前であるが故に気がつかないということなのです。そして以下に説明するようにこの「当たり前」こそがイノベーションを妨げているのです。

※この研究は油谷先生ご自身により1988年のESOMAR(リサーチャーの国際的カンファレンス)で発表されましたが(Psychological analysis of ordinary people and the structure of interviews”)、調査対象者ではなく調査主体側のインタビュアーの心理を分析するという試みは破天荒であり、世界中のリサーチャーの度肝を抜く奇抜なものでした。伝聞ですがマーケティング学の泰斗である上原征彦先生はその発表を日本のマーケティングリサーチャーが世界に注目された唯一の例と評しておられるそうです。また、その時の様子を現場におられた油谷先生のご親友であり私も親しくさせていただいている市場創造学会理事でありオルト(株)会長であられる青山勝彦氏は以下のようにお書きになっておられます。
「彼の話が後半、面接者の主体の分裂と統合のところへ来ると明らかに聴衆の一部に共感の細波のようなものが広がっていったのをはっきり覚えている。欧米のマーケッターにとって、調査する主体の側の内部構造分析など、まさに「コペルニクス的転換」だったのだ。」(油谷遵(2008)『油谷遵遺稿集』、弓立社。)
尚、調査対象者の心理分析というのは、対象者の言葉、行動、態度などを分析者自身の心理に重ねて行うものなので、分析者が自分自身の心理についてそのクセや意識と無意識の境界を自覚していないと正しくは行えないと思われます。その意味で油谷先生がインタビュアーの心理分析に着眼されたのは正に慧眼という他ありません。

意識マトリクスマップにはあるコミュニケーション領域に対して、それを見ている主体側の意識と無意識および、その相手=対象側の意識と無意識によって4つの領域があります。それぞれの領域を以下のように呼びます。

※C/C領域は「シースラッシュシー領域』もしくは略して「シーシー領域』と呼ぶ。他も同。

さて、問題は前回に紹介したようなインタビュー調査における調査主体と調査対象の「すれ違い」がなぜ起きるのか?です。この問題こそがイノベーションを妨げている最大の要因と言って良いからです。何故ならば、このすれ違い自体が「企業が生活者を理解できていない」事の結果に他ならないからです。インタビュー編で繰り返し説明したように、訊いてもタテマエやウソしか出てこない訊問(アスキング)を行い、生活者が興味関心を持っている宝の山に侵入できる傾聴(リスニング)が行われていないというのはそういうことに他なりません。

追い追い詳しく説明することになるかと思いますが、ドラッカーなどによると本来の「イノベーション」とは技術的進化のことではなく、「新しい満足の提供」です。技術だけが進化しても世の中に新しい満足をもたらさなければそれはイノベーションではありませんし、既存の技術を用いてもイノベーションは発生させることができます。そして、「新しい満足の提供」とはすなわち「生活者の未充足の潜在ニーズに応える」ことに他なりません。すなわち「生活者が理解できていない」というのはイノベーションにとって致命的な問題であるわけです。

ところが既述の通り、「氷山モデル」で企業側がS領域の生活者の深層心理を言葉を介したアスキングで深掘りしようとしてもそれは原理的に不可能です。そこは推測(インサイト)するしかない領域です。

そして生活全体からみるとごくごく狭い一部分であるその企業の専門領域に限った深掘りやインサイトというのはなおさらに困難であるわけです。狭い氷山ですでに資源が採り尽くされている状態と言ってよいでしょう。結果として今までに提供してきた満足のレベルを「もっと」上げるという方向しか見えず新しい満足の提供にはならないわけです。これこそがマーケティングや商品開発の行き詰まりであり、レッドオーシャンです。

一方、「南極大陸モデル」で生活者の生活を広く俯瞰すると企業人が今までに気づかなかった様々な生活行動や意識に気づかされます。「気づき」とは「意識の拡大」です。そのように意識を拡大させると、より広く、より深く、生活者の潜在意識をインサイトすることができるようになります。下図は南極大陸モデルと意識マトリクスによってそれを表現したものです。生活者と対峙したときに企業側が意識を/S領域へ拡大させることができるとより広い領域の情報が得られ、それによって、より深くインサイトすることが可能になります。その広さと深さの掛け算でイノベーションの可能性が広がります。ここは今までに商品・サービスでニーズが満たされていないのですからブルーオーシャンです。つまりC/S領域にある「市場化・商品化されていない生活者の生活と潜在生活ニーズ」の存在に気づかないとイノベーションは起こせないわけです。

さて、その「すれ違い」が起きることや企業人が/S領域の存在に気づかない理由の話に戻りますが、それは企業人と生活者の「意識の方向性」が違っているからだと考えられます。企業人の意識が自らの供給している商品・サービスとそのシーズやリソースに向いている一方、生活者の意識は「生活」に向いているということです。これを意識マトリクスで表現すると下図のようになります。

目に見える「商品」と「市場」においては企業側と生活者側両者の意識領域は重なります。これがC/C領域です。しかし、商品化や市場化がされていない生活領域は企業側には潜在しています。これがC/S領域です。一方、企業側のシーズやリソース、あるいは商品の設計や仕様に関する知識などに関する領域は生活者には潜在しています。これがS/C領域です。そしてイノベーションとは企業側にも生活者側にも今は潜在していますから、S/S領域にあるということになります。そのイノベーションは商品化・市場化されていない生活者の生活に着眼して潜在未充足ニーズをインサイトし、企業のシーズ・リソースでそれを満たすことで実現できるということになります。

これを意識マトリクスで表現すると下図のようになります。インタビュー調査における調査主体と調査対象の「すれ違い」からここまでの論理を組み立ててきたわけですが、じつはそこにイノベーションのヒントがあったということになります。尚、「生活者」を「〇〇業界の企業人」としその生活を「企業生活」や「業務生活」とするとこの図はBtoBマーケティングにも共通で成立します。

ここに至って「商品・サービス」の観点と、「生活」の観点という2つの観点があらわれたわけですが、次回はその観点について論じたいと思います。

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