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インタビュー調査の科学的分析法~事例編

理論と手法について説明しましたので、より理解していただけるように事例を紹介したいと思います。

この事例は、私が師匠から基礎の手ほどきを受けた後に、インタビュアーとしてデビューした時のものです。その目的は当時私の会社が取り組もうとしていた健康器具の開発でした。それで、ストレスや疲労が大きいであろう中高年の中間管理職の人達を対象に健康器具の利用ニーズを探索しようとしたわけです。

当時はバブル崩壊から、それまでは終身雇用が常識だった日本企業のリストラが大規模化しつつある時期でした。すなわち、この属性の人達には非常なプレッシャーが加わっていたはずでした。

ところがこの人達に事前にアンケート調査を行うと「疲労・ストレスを感じている」という人達はなぜかむしろ少数派であったのです。そこに何らかの引っかかる点を感じたのですが、インタビューは開口一番の「ストレスってどんなものか見てみたいですわ」という発言から始まって、最後の「私らをターゲットにするのは間違ってるんやおまへんか?」という「大阪弁の捨て台詞」で終わるというものでした(笑)。すなわち「疲労やストレスは感じていない」というアンケート通りの結果になったわけです。

インタビューとアンケート調査の結果が整合していることもあり、新米の私はそこで危うく「この属性には健康器具のニーズは無い」というレポートを書くところだったのですが、どうにもこうにも言うに言われぬ違和感があり、会社の倉庫に閉じこもり数ヶ月の間、壁にポストイットを貼ったりして、七転八起しながら何度も自分にダメ出しをして分析を続けました。これは私の立場がリサーチャーでありながら商品企画者でもあった為です。リサーチャーとしての私は「ニーズは無い」とレポートすれば仕事は終わりですが、企画者の私はそれでは困るわけです。自分が「役に立たない」調査をするわけにはいきません。故に、この情報の中から何らかのビジネスチャンスを見つけなければならないという当時の私には理不尽な無理難題を抱え込んだわけです。

※現在私が「リサーチング・マーケター」を名乗りますのは正にこの経験が原点にあります。こんな経験をした私にとって「マーケティングリサーチャー」というのは、現場のマーケティングに対して「他人事」感があったりするわけですが、そうあってはならないし、むしろ自分がマーケティングの主体であらねばならないという自戒の念を込めて、そう名乗っています。

その結果最初に気づいたのは、この人達は「疲労やストレスはない」と言い切りながらも、銭湯や温泉ではマッサージ機を喜んで使っているということでした。すると他にも「ドリンク剤は砂糖水みたいなもので効かないから飲まなくなった」という発言の裏には「飲んだ」経験や「効かなかった」経験があったということ、「スポーツが好きでスポーツウエアを買い揃えた」と言う人が実は休みの日にそのスポーツウエアを着て一日ゴロゴロしながらゴルフ中継を見ているということ(休みにジャージ着てテレビの前でゴロゴロしてるオッサンです(笑))、3LDKのアパートに住んでいる人が「ストレス解消にはお茶室でお香を焚くのが良い」などと夢物語のようなことを言ってることなどが連鎖して見えてきました。自分で抱え込んだ無理難題から、言葉を深く読み取るというのはこういうことなのか、ということをカラダで覚えていったわけです。これが今私が言うところの「間接観察」の最初の体験でした。

それによって、この人達は実は「疲れて」いるにも関わらず、それを口には出さない、もしくは出せないニーズがあるのではないかというところに思い至ったわけです。それはアンケート調査にすら「自分は疲れてなどはいない」と思い込もうとしながら回答するほどのものではないのかと。こう考えますと、開口一番の「ストレスってどんなもの?」という発言から、最後の「ターゲットにするのは間違い」という捨て台詞までもが、その解釈に整合してきます。これらは一般的なアスキングのインタビューでは「最初と最後の雑談」として黙殺、スルーされてしまう類の発言なのですが、実は、そこからしてこの人たちは「自分には疲労・ストレスはない」ということを必死にアピールしていたということになります。つまり、見方次第ではここにこそ「ホンネ」が顕れていたわけです。

そしてそこからさらに、健康器具を使えるオケージョンと使えないオケージョンがあるということ。あるいは疲労回復・ストレス解消の手段として「スポーツ」や「音楽」、あるいは「お香」などといった「カッコ良い」手段が好まれているということにも気づかされました。しかしさらに気づかされたのは「自分はそういう手段を取る人間だ」と「アピール」することが好まれているのであって、実際にやっているわけではないということでした。「スポーツ好き」のオッサンの話では、ウエアを買いそろえたことや日曜日に終日ゴルフなどのスポーツ中継を見ている話はでてきましたが、実際にスポーツをしている場面は皆無だったのです。

その「発見」は正に七転八起しながら何度もこの分析をやり直す中で得られたものですが、結論は、この属性の人達にとっての疲労回復・ストレス解消とは、健康を目的としたニーズではなくステータスを目的としたニーズであるということです。当時はバブル崩壊の後でこの人達は部下のリストラが仕事でした。その仕事は昨日まで一緒に働いていた人達の恨みを買うと共に「明日は我が身」の恐怖を伴うものでした。なので、心身ともに疲れていても人に自分の弱みを見せることができない、見せると「明日は我が身」の不安を高めるという大きな葛藤状況があったわけです。疲れていても、元気で若々しく知的で仕事のできる人間を、会社ではもちろん家族に対しても演じなければならなかったわけです。そして、その「ステータス」が毀損されない場面や、ステータスを毀損しない手段を選んで、疲労回復・ストレス解消を行おうとしているわけです。なぜならばその目的がステータスであるからです。ステータスを高めるために疲労回復・ストレス解消をするのに、その手段がステータスを毀損するものであってはならないのです。

しかしそれは程度の差こそあれ、バブル崩壊期に限らず、体調に変調をきたしたり、人生の先が見えてきたりするこの年代の「あがき」として、普遍的なものではないかとも思われます。

このような結論を得るに至ったニーズ構造分析の概略図が以下です。(オリジナルでは50~70程度のベースニーズ(最初にカード化されるニーズ)があり、ニーズのレベル(階層)は5段階程度に及んだと記憶しています。)

これを見ますと、「疲労回復・リラクゼーション生活」という生活シーンにおいて、この対象者の人たちの最上位ニーズは「ストレス解消・疲労回復でステータスを高めたい」であり、各種のオケージョンにおいてその達成手段を使い分けていることがわかります。例えば、温泉というオケージョンでは他のオケージョンでは「ステータス」に対してネガティブに作用するマッサージ機やマッサージ師がむしろポジティブに作用しているといったことがあるわけです。

一方、下図は因果対立関係分析法によって、「疲労回復・リラクゼーションニーズの促進・阻害要因」を分析したものの概略図です。つまり、上述のような「ステータスニーズ」がどのような要因で達成されたりされなかったりするのかを明らかにするものであって、商品、サービス、あるいは広告などが備えるべき要素と回避するべき要素を明らかにしているものです。

この分析図の特徴は、「対立関係」が多いことです。つまり、この状況における複雑な葛藤心理が顕れているわけです。

さて、この分析を終えたすぐ後に、松下電工(現パナソニック)さんから「ナショナル モミモミ アーバン」という「マッサージ椅子」ならぬ「リラクゼーションチェア」が発売され大ヒット商品になりました。下図は、パナソニックさんのHPから拝借した商品の変化に関する写真です。「モミモミ アーバン」の広告は、今でいうところの「タワマン」のペントハウスを背景にしたものでした。つまり、「ステータス感」満載のものだったわけです。

私のいた会社では「蛇口直結型アルカリイオン整水器」を発売し、そこそこのヒットとなりました。「飲むだけ」であったり、「うんちく」を語れる上にデザイン的にも優れていたことがこのステータスニーズにマッチしていたのだと考えられます。

その後のこの関連マーケットの変遷をざっとまとめたのが下図です。つまり、この時点で見出されていたニーズを考えると、そのトレンドが現在にまで続いているということが言えます。最近では、「カッコ悪い」ドリンク剤に代わり「カッコいい」エナジードリンクが台頭していることがそのトレンドの例となります。つまり、ここまでニーズの深層に至っていると、長期のトレンドが読み取れ、トレンドを追う側ではなく作る側に回れるということになります。


我田引水、自画自賛となりますが、駆け出しの第一歩の調査が今見てもこのような第一級のマーケティングリサーチとなったことは私の誇りとするところですが、それは、初心者であるがゆえに師匠の教え=基本を忠実に守ったことと、時間をかけてでもそれをカラダで覚えようとしたからだということは強く主張しておきたいところです。

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