こころのちからになる話5 つばめの巣スクラップアンドビルド
広子(ひろこ)は56才のとき今から数年ほど前に、地震に遭って家を失った。家族も夫と息子の二人を失った。残ったのは当時20才の娘、律(りつ)だった。命からがら生き残った広子は、何をするにしても無気力さが抜けなかった。大切な家族を失って生きて何になるのだ。部屋にこもってじっとしていると、自分も後に追いたいという暗い気持ちが、あとからあとからわいてきた。
「お母さん!」
律が広子に声をかけた。
今日は、律が避難先で就職した会社の休みの日だった。律はいつも電車で、田舎から、地域ではそこそこ中規模の街に働きに出ている。
「……何」
広子は返事をするのも辛そうな雰囲気だった。
「昨日、電車の駅で見つけたことがあるの。お母さんも来て」
律が真剣な顔でそう言うので、広子はひとまず着替えた。そして、外に出る準備をする。駅に行くなど、どれほどぶりだろう。避難先の田舎の借家に暮らす広子は、知り合いもいないところで孤立していたのだ。家族を失った悲しみから立ち直れず、能動的になれない広子にとって家は牢獄のようなものだ。
ひとまず外出の準備を終えた広子。5月の風を受けながら、颯爽と歩く律のあとを追いかけた。
「ほらっ、あそこ。見て!」
駅の階段の上にある天井の一角を、律は指さした。そこにはツバメがとまっていた。一角には泥で作られた巣のあとがひとつ。巣は、この駅が公の場所のために壊されたようだった。
「かわいそうに……」
広子はつぶやいた。失った家。壊された巣。共感せずにはいられなかった。
「……それでね、あっち」
律は壊された巣の天井の一角から、反対側の角を指した。
……なんと、ツバメがもうひとつ巣を作っていたのだ。泥で作られたもうひとつの巣は、まもなく完成といったところだった。
広子は、自然の生きものの強さを見た。
「……負けてられないよね、お母さん」
律の言葉に、広子は深くうなずいた。
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