見出し画像

「シスターズ」 - ラストシーンに必ず衝撃をぶちこむ蟻地獄な童話

★★★★★

キム・ゴウンのハマり役といわれると悩みます。絶対的代表作「トッケビ」のウンタクのように純粋で芯の強い少女なのか、「ユミの細胞たち」のユミのように平凡に恋や夢に悩む普通の女性なのか、「ザ・キング」のテウルにようなそのへんの男は当たり前にのしてしまって皇帝でもないと相手にならない闘う女なのか。演じてきた役柄は多様ですが、いつもベースに人間らしい心の揺らぎを持つキャラクターのような気がします(私の最愛作は「チーズ・イン・ザ・トラップ」)。なので「お金で家族を守りたい3姉妹の長女」という今回の設定はある意味でとてもしっくり来そうに感じました。人のひとつの欲望と弱さを苛烈に描く物語に、キム・ゴウンならば美しく映えそうで楽しみに観始めた1本。

建設会社で経理として働くインジュ(キム・ゴウン)、OBNの社会部報道記者のインギョン(ナム・ジヒョン)、セラン芸術学校の2年に在籍するイネ(パク・ジフ)は貧しい家庭で支え合って暮らしている三姉妹。イネの誕生日、修学旅行に行けないインへのためにインジュとインギョンが必死に用意したお金を3人の母親が持ち逃げして海外へ飛び立ってしまいます。

そんな中、インジュの会社の先輩でインジュをかわいがってくれていたファヨン(チュ・ジャヒョン)が突然の自殺をはかります。そして思いがけず横領事件に巻き込まれていくインジュのもとに突然降ってくる20億の現金。一方で記者のインギョンはインジュの会社でもあるウォルリョングループ会長の娘婿であるパク・ジェサン(オム・ギジュン)の悪事を追いかけています。さらにイネはパク・ジェサンの娘ヒョリン(チョン·チェウン)と高校の同級生で親しくなり、ヒョリンの絵を代わりに描いており、それぞれにパク・ジェサンと対峙してくことになる三姉妹。

インジュの前に現れる有能だが謎だらけの男チェ・ドイル(ウィ・ハジュン)や理事のシン・ヒョンミン(オ・ジョンセ)、インギョンの幼馴染であるハ・ジョンホ(カンフン)、ジェサンの妻ウォン・サンア(オム・ジウォン)、そして三姉妹と不思議な距離感で繋がっている富豪の大伯母オ・ヘソク(キム・ミスク)…ミステリアスな登場人物がどんどん現れる中で次なる死者が出てきます。そして死の現場に必ず残されているのは一輪の蘭の花…。

ファヨンの死を起点に、もうとにかく目まぐるしく散らされていく謎の数々。三姉妹以外は全員怪しいので人間不信になりそうです。最初オ・ジョンセは当然に主要キャラクターのつもりで観ていたので、ゲスト出演と知ったときは「そんなはずは」と思ったのですが、なるほどゲストでした。そのくらい序盤から激しくて贅沢なつくり。パク・ジェサンは間違いなく敵としてずっと存在しているものの、それは最初から明確なので逆に真実はパク・ジェサンにないのでは…?と勘ぐってみたり、心休まる瞬間がありません。

キム・ゴウンは観ていて本当に面白かったです。話が進むにつれて霧が消えるようにインジュのキャラクターがどんどんと見えてくる気がしました。初めこそ意思があるわけでもないのに欲は先走って空回りしたり失敗ばかり。観ている側をイライラさせる小物感があって少しもヒロインではなかったインジュが、次第に状況に適応していくと大胆さと無邪気さが顔を出してきていつしか不思議な華を漂わせた女性になっているのです。まさに蘭のよう。

次女のインギョンを演じるナム・ジヒョンもまた彼女の既存のイメージとは異なる存在感ではないでしょうか(というかキム・ゴウンとナム・ジヒョンが共存する世界線自体、実際に観るまで不思議でした)。過度な正義感と強すぎる感受性を抱えているインギョンは強そうに見えてずっと心もとなさがあり、これまた見ていてストレスすらおぼえる女性。恋愛ドラマでバリバリにヒロインをはる彼女たちが、そんな風に見映えをかなぐり捨てるように泥沼に飛び込んでいく姿に感嘆しました。パク・ジフのイネは姉ふたりの重すぎる愛情から逃げ出したい妹。才能と絵に対する情熱はありながらどこか冷めた態度を見せるイネがいることで、姉ふたりが際立つ絶妙なバランスを見せています。姉妹と言われると3人バラバラで似ていないのですが、家族特有の特に疎ましく、でも疑わず信じ合える絆を見事に表現しているのは3女優の演技の説得力ゆえ。

ドイルとジョンホという2人の男は、それぞれにミステリーとロマンスのエッセンスを加える存在。特にドイルはどこまでも考えが読めない男で「Bad and Crazy」で見たウィ・ハジュンの破天荒なイメージが吹き飛びました。逆にカンフンは「赤い袖先」と打って変わって爽やかで一途な純情男子。甘辛のときめきを生み出す男性陣が、下味の効いた泥沼サスペンスの良いスパイスになっています。

そしてとにもかくにも毎回毎回話をひっくり返していく物語の展開力が圧巻でした。(予想できることもあるはありますが)こうも毎話のラストシーンで衝撃が走るドラマはひさしぶり。連続ドラマである意義みたいなものを感じるというか、明確な意志をもってそう作っている気がしますが、まあ引きずり込む力が強いです。抜け出そうとすると新たな驚きで出られない蟻地獄。よくできたミステリーだと思いました。想像もしない大金を前にすると、平凡で善良な人の中にも扱いきれない欲が生まれる。けれど結局のところお金は何かを手に入れるための道具でしかなくて、それ以上に人は人に対する欲求の方が強い。原始的な真理は一種の童話みたいで、箱庭のように描かれる世界を紐解いていく濃密な物語は、熱い珈琲を飲み干したような後味を残します。


▼その他、ドラマの観賞録まとめはこちら。

喜怒哀楽ドラマ沼暮らし

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

テレビドラマ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?