「またここか」

舞台が始まる前の、薄暗い空間が大好きだ。
小さな音で流れている音楽、ぼやっと照らされたステージ、ロビーで話をしていたお客さんたちも会場の扉をくぐると声を潜める。
何回経験してもぞくぞくするし、公演の会場で少しずつ変わるであろうその香りをもっと知りたいと思ってしまう。
10月7日に観た舞台は、その始まる前の空間だけでなく、終演後のひとりで歩く帰り道もあの空気感を帯びていて、心が浮いているような感覚だった。


「坂元裕二脚本の舞台がやっているらしい」
と知ったのは千秋楽の4日前、もちろん各サイトのチケットは売り切れ。この舞台を観るには当日券を買うしかない訳で。
どうしようと迷っていたはずなのに、日曜日の日暮れ前、気づけば混み合う交差点を抜けて、当日券の列に並んでいた。
無事にゲット出来た当日券、坂元裕二さん本人が物販の机の前にいたこと、お釣りを渡してくれたのがキョンキョンだったこと、舞台を観る前なのに目の前に広がる非現実的な空間に圧倒されつつ、一度シアターを後に。

20分ほどしてコンビニから戻ると開場されていた。先にサイン入りの戯曲本を買い、しっかり坂元裕二さんに名前まで入れてもらう。握手させてもらった手はとても大きく感じた。

坂元作品の会話のテンポ感、今を生きる人たちの感性をグッと掴む生きた言葉が、本当に大好きで、今回はなんとも贅沢な、舞台という空間で坂元マジックに浸れる幸せ。最高でした。

「左折、左折、左折、左折で、また、あーここかって。いつ来ても、ここだよ。」
そう言った根森さんの背中が忘れられなくて、終演後、不思議と静かな駅までの道を歩きながらなぜかほろっと泣いてしまったり。

私も色水飲みたくなるときあるな、と。やっちゃいけない、だめだダメだ、って。もし自制が効かなくなった時、私ならどうするかななんて思いながら。
近杉さんと根森さんじゃなくて、弟とお兄ちゃんになるあの夜のシーンに魅せられて、上手く言葉にできないくらい静かに圧倒されて、「人間が心なんかに負けるかよ」って台詞を書ける坂元さんの凄さを改めて実感。

観終えた後に、戯曲本の帯をみると、

“東京サマーランドの近くのガソリンスタンド。
店長の男と風変わりなバイトの女。
そこにやってくる腹違いの兄だという男と不貞腐れた看護師の女。
ガソリンの匂い、汚いタオル、大事なお客様にはマドレーヌ
ハンドスピナー、つかないライター、シャープペンシル
常温のシャンパン、届かなかった葉書、不意に回る扇風機......”

観劇前はなんとも思わなかったこの言葉の列が、終演後、それぞれがとても意味を持っていて、そこから情景が鮮明に浮かぶような、役者さんの静かな熱と言葉の余韻にいつまでも包まれていたくなるような舞台でした。

根森さんと一緒で、至らない点が多くて。今日もあーまたここか、ってなるかもしれないけれど。私も字なら書けるから、前にも後ろにも行ける、夢と思い出を閉じ込めて、お話を作るってことをできる人になれたらいいなと思った静かな夜。
いい時間だったな、と戯曲本を読み終えた今、改めて思いながら、坂元さんに書いてもらった自分の名前を指でなぞりながら。

#またここか #坂元裕二

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