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Marin Alsop×Baltimore S.O.×Hayato Sumino

ついに、マリン・オルソップと角野隼斗が海外公演!
しかもアメリカ!

Alsop Conducts Chopin and Prokofiev
Marin Alsop, conductor
Hayato Sumino, piano

JAMES LEE III Chuphshah! Harriet’s Drive to Canaan
CHOPIN Piano Concerto No. 2
PROKOFIEV Symphony No. 4

Alsop Conducts Chopin and Prokofiev | Baltimore Symphony Orchestra (bsomusic.org)

この知らせをTwitterで知った時、嬉しすぎて本当に声を上げてしまった。
マリン・オルソップといえば、2022年に来日し、ポーランド国立放送交響楽団とのショパンコンチェルトを角野隼斗にもたらした指揮者。最高の初日から最高すぎる千穐楽まで11公演を共に走り切り、特にショパンコンクール時の角野を知るファンにとっては特別すぎるレジェンドである。

当時の相性の良さから、ファンの間では海外での共演も決まるだろうと囁かれていた。とはいえ22年の9月共演後のブッキングでは直後の22-23や翌23-24のシーズンには難しいのは分かっていた。(欧米は秋から夏前が1シーズンで夏季は音楽祭というサイクルとのこと)しかし待ちきれない! という思いで、私も今か今かと発表を待ちわびていた。

向こう数年に渡って予定が入っている多忙な角野と同様に多忙なオルソップの組み合わせ、スケジュールを合わせるのも至難だろう。つまりはおそらく最速で入れたスケジュールが24-25のシーズンではないかと思う。

告知を見て、まずはじめに確認したのは角野の曲目。
『CHOPIN Piano Concerto No. 2』
ショパンのコンチェルト、しかも第2番!
まだ出したことのないレパートリー!!
しかもショパンの命日含めて3日間!!!
この時点で興奮MAXなのは言うまでもないだろう。

しばし興奮のまま日常に戻り、少々クールダウンできたころ、気がついた。
プロコフィエフは浅くだけど知っている。けれど、1曲目のJAMES LEE IIIをまったく知らない。

ジェームズ・リー三世
ボルチモア出身、来シーズンからコンポーザー・イン・レジデンスに就任とのこと。

曲を聴いてみた。
タイトルは『Chuphshah! Harriet's Drive to Canaan』
オルソップとボルチモア・シンフォニーの委嘱で初演(2011)
(リンクは秋に来日するオルソップとウイーン放送交響楽団のものです)

情景が浮かび上がるような物語性の高い曲で、途中に『線路は続くよどこまでも(I've Been Working on the Railroad)』のメロディーが入っていたりする。日本に入ってきた歌になる前は黒人労働者の歌だったようだ。

さてここで。タイトルが少々馴染みの薄い言葉で構成されているので少しだけ解説を。
『Chuphshah(חֻפְשָׁה:クフシャー/ヘブライ語)』は『自由』を意味し、『Canaan(כנען:クナーアン/同)』は聖書で『約束の地』とされ、奴隷たちが自由、解放を求めて目指す場所。
そして『Harriet』は、ハリエット・タブマン。

上記の『線路は続くよ~』も、秘密結社「地下鉄道(Underground Railroad)」の指導者のひとりだったハリエットの物語とつながりを持たせているのだろう。(地下鉄道といっても地下鉄ではないのだが)
もう一曲、『酒飲みのひょうたんを目指せ(Follow the Drinkin' Gourd)』も、その秘密結社の符牒として用いられていたといわれているようだ。

つまりは、『そういう』曲なのだろう。(※ボルチモアの歴史や現在については割愛していますが、ご興味あれば調べてみてください)

と、ここまで調べて、私は少々の不可解さや、妙な偶然の一致のようなものを感じていた。

マエストロオルソップ、ハヤトの初米共演にしては開幕がコレってなんかヘヴィじゃありません?と。(※初米初演じゃなかった!詳細は文末に追記)
そして同時に、オルソップのこれまでの指揮者人生がどういうものであったかということや、アメリカがどういうところかということにも、思考が向く。

いまでこそ世界に認められ多忙に飛び回るオルソップだが、かつては『女性』というだけで指揮者としての入り口に立つことすら困難だった時代を経ていると聞く。
試練の舞台として、このボルチモア・シンフォニーもまた、オルソップの前に立ちはだかったことがあるようだ。
(字幕設定を日本語にして見られます)

大きな負債を抱え不満の募る楽団から懐疑的な目を向けられても、彼女は見事に試練を乗り越え、晴れて『女性初・アメリカ主要オーケストラの音楽監督に就任』したのが、他でもない、このボルチモア・シンフォニーなのである。
彼女はいつだって『初の女性』と注目されることで与えられる機会を確実に掴み、それに伴う重圧も批判も飼い慣らしてきただろうことは想像に難くない。

差別の歴史やショービジネス、それこそがアメリカで、ジェームズやオルソップはそのアメリカで『Chuphshah』を勝ち取った当事者で、もしかしたらこのプログラムはオルソップから角野への強烈なイントロダクションで、ドラマと激励のギフトなのではないだろうか、などということが頭に浮かんだ。

この曲に続くピアノ協奏曲第2番は、時代の波で故郷を離れたショパン作曲、メインの交響曲も時代に翻弄されたプロコフィエフがアメリカ亡命時代に書いた第4番。しかもこちらも故郷を離れる『放蕩息子』という彼の作曲したバレエ曲入りになっていたりする。
ちなみに交響曲第4番の初演は、角野がアメリカで初めてソリストとして参加したボストン・シンフォニーだ(1930)(余談:略称の表記がボルチモア、ボストンともBSOなんですよ、ややこしいけど奇遇ですね)

日本を離れアメリカに渡った角野を『ようこそ自由の国アメリカへ!』と明るく華やかに本音を隠して薄っぺらくあしらうではない、厳しくも最高に本気の歓迎プログラムではないだろうか。
試される国アメリカ! 試されるハヤト!

オルソップが『女性』として注目され与えられた機会を好機としてきたように、角野もこれまで学歴や人気を買われての数々の機会を逃さず好機にかえてここまできた。アメリカは強かだが、角野も飄々とした雰囲気の奥に魂の強さをいつも感じる。彼はやれるはずだ。

しかも、上記した『酒飲みの~』に隠された真の言葉は、(ポーラースターの目印となる)北斗七星を目指せという意味だとか。
北斗七星といえば『泰山北斗』の投稿が記憶に新しい。このことをオルソップが知っているとも思えないが、偶然であればなおさら。これはもう、彼が目指す場所を指し示すプログラムじゃないかと思えてくる。

とはいえ、試されるなどと堅苦しい考え方を抜きにしてみれば、映画的な1曲目、詩的で絵本をめくるような2曲目、コラージュのようなバレエ曲などのメロディが鮮やかな3曲目と、音楽知識を持たないで聴いても楽しめる退屈しないプログラムになっているとも感じるし、深掘りしようと思えばいくらでも掘れそうなマニア向けの匂いもある。ジャズやYouTubeの活動のほうからHayato Suminoを知ったアメリカのファンにとっても、生粋のクラシック音楽ファンにとっても、面白いのではないかと思う。

Bon Voyage! ハヤト!



膨らむ妄想にお付き合いくださり、ありがとうございました!

この記事のベースになっているツイート貼っておきます。

20240307追記
なんと!角野隼斗さんの全世界デビューが決まりました!!
レーベルはソニークラシカル! アルバムが今秋に発売とのこと。
かてぃんさんの音が今まで以上に多くの人に届くんですね、おめでとうございます🎉

秋に発売、が何月かはわかりませんが、10月に行われるボルチモアでの公演前には間に合わせる気がしますね……9月のウイーン放送響のあたりかも?


20240314追記
この記事を書いた時は情報解禁前だったようで、オルソップとのアメリカでの初共演と書きましたが、本日解禁された情報によると、ラヴィニア音楽祭でシカゴ交響楽団との共演が決まっているとのことです! 7月21日! 武道館の1週間後! てかシカゴ響て! アメリカ5大オケのひとつじゃないですか!
5大オケのバリューも昔の権威時代とは違ってきてるとはいえ、オケはその名と歴史に責任をもって人選をするわけでしょうから、これは本当に素晴らしいことだと思います。この音楽祭の主席指揮者もオルソップなので、彼女の提案であるとみていいですよね! ありがとうすぎるマエストロオルソップ! 

https://www.ravinia.org/Online/default.asp?BOparam::WScontent::loadArticle::permalink=Ravinia_CSOResidency&BOparam::WScontent::loadArticle::context_id=



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