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特級ファイナル・結果発表と現地レポート(特級レポ2023)

特級公式レポーターの寿すばるです。レポートを始めてから約一か月が経ち、8月21日のファイナルをもって名残惜しくも全ての日程が終了しました。

私は昨年と同じく、サントリーホールで行われたファイナルを客席から聴くことができ、帰宅してからこのレポートを書いています。

まずは結果から!

グランプリ および聴衆賞 鈴木愛美さん
銀賞 三井柚乃さん
銅賞 神原雅治さん
入賞 嘉屋翔太さん
サポーター賞 塩﨑基央さん

おめでとうございます!!

それでは、4名のファイナリストたちの演奏を生で聴いた感想を演奏順に振り返っていきます。
ちなみに、今回の4名が選んだ3曲は全てピアノの音から演奏が始まるんですよね。自分のタイミングで始められる反面、1音目が自分というプレッシャーも相当なのではないかと想像しながら聴いていました。




嘉屋翔太さん

サン=サーンス/ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 Op.22
前日の合わせの終わりに、ステージ上でコンサートマスターの田野倉さんを交えて綿密に話し合いをしていた嘉屋さん。ゲネプロ(本番同様、またはそれに近い最終確認のリハーサル)は、ほぼ本番さながらの通し演奏でした。

サントリーホールで聴く嘉屋さんの音色は観客席に向けてオープンで、演奏する喜びが音に乗ってホールの中を駆け巡っているようでした。
重厚さと疾走感のある第1楽章は静かな場面も美しく、嘉屋さんのコロコロと歌うピアノを支える弱音のオーケストラがとても素敵でした。
軽快な第2楽章も朗らかにハミングするようで、続く第3楽章は鋭さキレッキレの嘉屋ワールド全開。オーケストラとの躍動感ある掛け合いにワクワクしました!

神原雅治さん

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18
ゲネプロでは前日の梅田俊明先生からのアドバイスを基にところどころを繰り返しながら入念にチェック。

迎えた本番、神原さんは内に秘めた情熱を音に込めているようで、何か目指す場所を見据えるような凛々しさを感じました。次々と音色を変化させたり、フッと弛緩したり逆に緊張を高めたりと、神原さんのニュアンスを梅田先生が細部に至るまでオーケストラへと緻密に伝えていて、とても華やかなラフマニノフでした! 神原さんのピアノの音色は、生で聴くとホールによく響く柔らかさもあって、配信より甘い音色に感じました。

鈴木愛美さん

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58
前日の合わせや当日のゲネプロでは、特にオーケストラとの一体感やフレーズの受け渡しについて、梅田先生が繰り返しチェックしながら鈴木さんにアドバイス。前日からを含め、この曲は特にオーケストラの皆さんが楽譜への書き込みを頻繁にしていました。

三次予選の感想で『希望に満ちた音。今の時代に聴きたい音楽のひとつ』と感じたことがファイナルの演奏からも感じられました。会場の空気が幸せ色に染められ、曲の持つあたたかさと鈴木さんの想いのあたたかさに包まれた優しい時間……。この曲について鈴木さんはインタビューで『生きる』ということを感じる、と話していたとのこと。まさに今の時代に聴きたい音楽とはそこなのだなと、言葉からも演奏からも受け取りました。後半にいくにつれて輪郭がくっきりとして、生きることを見失いそうなぼやけた視界が徐々に開けて、背筋が伸びるような感覚がありました。鈴木さんの生の音は配信で聴くより空気を含むようなまろやかさがあったような気がします!

三井柚乃さん

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18
三井さんは初めてのコンチェルトということに臆せず、前日の合わせでもゲネプロでも意欲的に梅田先生に相談する姿が印象的でした。

三井さんは重厚で威厳を感じる演奏で、オーケストラ、特に弦楽器の音色との調和が素敵でした! 三井さんの演奏は梅田先生もオーケストラも穏やかに落ち着いて音楽を進めているように感じ、前年銅賞の森永冬香さんのチャイコフスキーの王道感を思い出しました。聴く側にとっても耳馴染みのある、ラフ2聴きたいなと思ったときにこれだよこれ、と思えるような、オーケストラとも言語を介さず音楽が伝わっていそうなフィット感。初めてのコンチェルトがサントリーホールという幸せと共にプレッシャーもあったであろう中、第3楽章も懸命に弾き切り、堂々のコンチェルトデビューを飾りました!

今回、同じラフマニノフ2番を神原さんと三井さんが弾いたり、前年グランプリの北村明日人さんと同じベートーヴェン4番を鈴木さんが弾き、それぞれがまったく別の表情を見せていて素晴らしかった!
セミファイナルでも7名が同じ曲を弾いて、それもやはり皆それぞれの曲になっていたりと、同じ曲でも違いが出るからこそ、クラシックの音楽は同じ曲の様々な名盤が残されて愛され続けるのだなと、改めて分かったような気がします。


ファイナルの舞台裏で感じたこと


今は興奮よりも、音楽家への敬意で胸がいっぱいです。
というのも、特級レポーターは2年目なのですが、昨年はグランプリの記者会見からの参加で、客席から楽屋に向かった時間が今年よりも遅く、結果発表の直後の様子を見ていませんでした。
そのため、バックステージではファイナリストたちも訪れていた関係者たちと談笑しているような頃合いでした。

それが今年は、審査中から裏で控えていたため、ファイナリストたちが舞台上での授賞式を終えて戻ってきたところを拍手で迎え、グランプリに輝いた教え子を讃え飛びつくようにハグをする先生の姿や、その様子をそばで温かく喜ぶファイナリストたち、指揮の梅田先生が4名の若者たちに熱く言葉をかけている場面などを目の当たりにし、ある意味ようやくコンペティションの現実を見たような気がしたのです。

私自身も小説を書くという芸術活動をしている身ではありますが、小説の場合、多くのコンクールの結果発表は個々に連絡がくるもので、一堂に会した場で順位がつく場面はほとんどありません。
そのため、SNS上では喜ぶ人も悔しがる人も、そこそこ遠慮なく声をあげるわけです。冗談交じりに「私が大賞だと思ったのに!」などと書く人もいるくらいです。

ところが特級はそうではなく。
しかも4名は皆ライバルではあるものの、これまでの様子からも互いを尊重しあい、仲良く時間を共有していることが窺え、グランプリの鈴木さんは(実感が湧いていないこともあると思いますが)大きな喜びを表に出さず粛々と受け止め、それを3名が讃え、また互いを讃えあい、そうして穏やかな空気を作っていました。

場の空気を作ることが不自然だと言いたいわけではありません。むしろ、ここではそうすることこそが自然で、このあと家に帰って家族の前や自室で独り自身の本心を表に出すことがあったとしても、ここに在る姿もまた本心で、彼らの複雑な内面のひとつなのだろうと思えたのです。

音楽と共に育った心のなんと優しく、なんと気高く美しいことかと。
あまりの尊さに、たまたま隣に居合わせた昨年のグランプリの北村さんの横で思わず涙ぐんでしまいました。
北村さんに、こういうとき、2位や3位の人におめでとうと言っていいのかわからない、とこぼしたら、「うん、それは、そう。わかる」と。

結局、結果が出た後は4名の誰にも声をかけずにただひたすら、拍手を贈ることで彼らを讃えることに。

おそらくは、それも全て分かった上で、「おめでとう」と言うのだろうと、私には、彼らにおめでとうを伝えたときに返ってくる反応に対しての覚悟がなかったのだと、今は感じています。

音楽家を、若者を応援するということの、なんと尊く、覚悟の要ることかと。

2年目にしてようやくですが、それでも2年目で気づけたことを幸いと思います。私はやっぱり音楽が、ピアノが、特級が好きだなぁと心から思いました。

と、なんだか最後は重たくなってしまいましたが、生の音楽に触れると、これだけ心が動くということなのでしょうね。本当に素晴らしい演奏でした。

特級ファイナルをサントリーホールで聴くことができて最高!
鈴木さん、三井さん、神原さん、嘉屋さん、かっこよかったです!!
おめでとうございます!


結果の詳細はこちら!

(写真撮影:石田宗一郎/YouTubeスクリーンショット:寿すばる)


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