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見積書におけるスコープの定義

見積書において、もっとも重要な情報はもちろん"金額""条件"の提示ですが、その際に核心となるのが

 「スコープ」

です。いわば、対価として支払う金額に見合った製品またはサービスです。

スコープとは直訳すると"範囲"を意味します。
そのため、スコープを知ってらっしゃる方の中には、

 「納品物とか、すべき作業を明確にするってことでしょ」

と安易に思ってしまうかもしれませんが、それだけではありません。
それだけだと70点に届くかどうかも怪しいものです。

過去に経験した人も多いかと思いますが、明文化されていないがために引き起こされる問題の1つに

 「言った・言わない」問題

というものがあります。

ビジネスシーンはもちろん、プライベートでもよくある水掛け論です。ビジネスシーンにおいて、とりわけ「取引先」や「上司」が相手ならいますぐその論争から降りなければなりません。論争の先に待つのは敗北だけだからです。

だからこそ、文書化できる貴重な機会では正しい明文化が求められています。契約書がそうであるように、文書の大半は

 合意、決定事項の永続化

が目的で作成されます。当たり前ですが、それは見積時にも効果を発揮します。

 「口頭で済ます」
 「相互の記憶と認識の上に成り立たせる」

ことを続ける限り、水掛け論がこの世からなくなることは絶対にありません。

口約束でさえ契約として認められると法律(民法522条の2)が定めているにもかかわらず、それでも契約書を作成するのは、つまりそういうことです。

(契約の成立と方式)
第522条
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない

民法 第522条

話は戻って。

では見積書におけるスコープとは、『成果物や提供サービス』『すべきこと(対象となる作業)』のほかに何が必要なのかと言うと

 (契約上)すべきでないこと

を明確にしておくことです。

本来は

このように、契約として責任を持って取り組まなければならない範囲と、そうでない範囲の境界線(エッジ)を明確にすることが求められています。

しかし、「すべきでないこと」を明確にしないと

このように、見積書で「ここは(契約の)対象とします」と書いた部分以外については

 対象外の範囲

ではなく、

 対象にしないとは書いてないから、
 顧客が「するものだと認識していた」と言えば逆らえない範囲

という解釈もできてしまいます。

これは100戦して100敗する最悪のケースです。場合によっては、この水掛け論に発展したせいで7桁や8桁の金額が水泡に帰すことも珍しくありません。そもそも勝てたとしても、水掛け論をしていた期間の工数は喧嘩両成敗と言わんばかりにそれぞれが負うものとなってしまいます。

こうしたことは見積り時のみに限らず、契約時においても同じことが言えます。

たとえば、法的に「請負」という契約類型を選んだ場合、契約不適合責任(旧 瑕疵担保責任)が伴いますが、これを契約書に一切記載しなかった場合どうなるか?というと、

 「発見してから1年間の契約不適合責任を負う」

ことが義務付けられます。明文化されていなければ法律で定めた類型の内容に従わなければならないからです。「書いてないんだから、責任を負う必要は無いんだよ」とはなりません。

 決めていないことは、あらかじめ決められたルールや一般常識に従う

んです。逆に、契約書内に

 「引き渡しから1年の契約不適合責任を負う」
 「契約不適合責任は負わないものとする」

と明記すれば、法律がどう定めていようと契約書の内容が優先されます。

このように記載しないという選択はビジネスにおいては何の根拠も持つことは叶わず、信用に値しません。記載しなければしない分だけ解釈の自由を与えてしまうことになり、法がフォローしてくれている範囲に無いものであれば相互に衝突を生み出すことになりかねません。


実際のお客さまの中には悪意や敵意はないにしても、ギリギリになってくると自己都合を推して強制してくるケースは少なくありません。お客さまも自分たちの経営、運営、維持上の都合というものがありますから当然です。都合の悪い状況を甘んじて受け入れたくはないでしょう。

よって、見積書においては対象外を明確にすることは必須事項となります。

ちなみに、スコープの対象外を明確にした場合と、しなかった場合とのお客さまとのもめごとの発生率はおよそ16倍と言う統計データもあります。


しかし、対象外にしたからといって「一切対応しない」ものと勘違いしてはいけません。

対象外にするのは、当該見積金額の範囲から対象外というだけであって、

  • サービスとして処置してあげる

  • 別途費用や期間を調整していただく機会を作る

等のフレキシブルな対応ができるのであれば善処すべき事案です。

そもそも、契約対象外の依頼が舞い込むと言うことはお客さまにとって「どうしてもやってほしい」ことが増えている…というわけですから、それをおざなりにしているとお客さまはその先のビジネスを成り立たせることができません。

お客さまが自らのビジネス上の課題・問題を解決できないままでいると収益が下がり、その結果次のIT投資が行えず、我々IT企業にとってはリピーターとなっていただくことも叶いません。つまり、顧客の減少につながるわけです。また、顧客満足度が低い状態で終了させてしまった場合においても他ベンダーへ鞍替えすることで顧客の減少へと寄与することになります。

ですから、最終的に対応してあげることは多々ありますが、それが

 無料(サービスや善意)で対応する範囲なのか
 有償で対応する範囲なのか

は明確でなければなりません。

そして明確にできる場は唯一「見積書」だけです(お客さまの提示される個別契約書(注文書)には、そこまで詳細に書いてくれないと思っておいた方がいいでしょう)。


通常、無料で対応する範囲の大半は瑕疵(かし)です。
それ以外はサービス…という扱いになります。

単価60万のエンジニアが1日働けば原価3万円はかかるわけですから、おいそれと安易に「無償でやりますよ」とは言えませんし、言うべきではありません。

ゆえに、通常は

 変更管理(変更依頼管理)

というプロセスに準じて、一つひとつのご要望に対し

 「スコープの範囲内の課題か否か」
 「やらないとどうなるのか」
 「どうやるか」
 「やるとしたらどれくらいの金銭的/時間的コストがかかるのか」
 「結果、やるかやらないか」

と言ったことを協議するものです。このプロセスを

 ・確立しているかどうか
 ・確立しているとしてどのタイミングから変更管理が始まっているのか
 ・そうした進め方となることを顧客と合意しているか

というのが契約後に仕様を決めていかなければならないプロジェクトでは常に分水嶺となります。

一般的に企業では管理職以上の職制でない限り、そういった"お金"に関する決定権はありませんから、エンジニアは当然上長にお伺いを立てなければなりません。これを侵害すると職制を無視した越権行為となってしまいます。

もしも、見積り範囲外の作業を要求された場合は「申し訳ありません、私共にはそれを判断する権限がありませんので」と言っていったん持ち帰らせてもらい、必ず課長以上の職制の方にお伺いを立て、GO/NO GOの裁可をいただきましょう。

有償化対応が必要な場合は、営業を経由して金銭面や期間面などの折り合いをつけてからの対応なども考えなくてはなりません(エンジニア職の方は多くが交渉事って苦手でしょうし…)。

もちろんお客さまとの関係性を阻害しないふるまいが求められますが、だからと言って一方的に開発側が損をしたり、エンジニア一人ひとりが故障や退職を余儀なくされたりしていては本末転倒ですので、バランスを見ながらの対応が重要です。

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