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日常の会話でもオープンクエスチョンは軋轢を生みやすい

というタイトルにしてみました(:3_ヽ)_

いやね、ふと思ったんですよ。

一般的に見かける(昔数多く経験した)

母「今日何食べたい?」
私「なんでもいい」
母「何でもいいってなによ」

などと言っておきながら、いざお好み焼きが出てくると

私「えー、俺お好み焼きあんまり好きやないねん…」←元関西人

みたいな。もちろん「何でもいい」って言った私が、何でもいいと言ったにもかかわらず出されたものに文句を言うのが根本的におかしいわけですが、実際にそういう事例ってどれだけ年代が変わっても未だに存在します。

でね。
思ったんですよ。ここからが本題。

大人になったからこそ、経験を積み重ねたからこそ思えるようになったわけですが、質問の仕方をオープンクエスチョンにしなければどうだろうかと。

母「今日、お好み焼きにしようと思うけどどう?」

そうすると

私「お好み焼きは好かん」

とだけ言うかもしれませんね。当時…夏休みの間、毎日晩御飯がお好み焼きだった高校生時代だったなら(アレは酷かった…いや栄養バランスは良かったのかも知れないけども)。

でも、多くの人は、

「お好み焼きよりは〇〇かなー」
「いまはもうちょっとこう…汁物って言うか喉乾かない系が良いかも」
「昨日も炭水化物メインの食事だったから、違うのが良い」

と言ったように「お好み焼き」について聞いただけで他のことは聞きもしないのに湯水のように知りたい情報が出てくるかもしれません。よほど不愛想な人でない限り、よほど機嫌が悪い時でない限り、人は「No」を言うと勝手にその理由まで話したくなる心理を持っています。

他にもツッコミを入れる時や、指摘をする立場になった時など、相手よりマウントが取れていると感じた状態の時は「自分の考えが間違っていない」ことを証明するためにも、色々と細かく説明してくれることが多いように感じます。

いわば、その本能のような習性を利用するわけです。

 『あえて気分よくマウントを取らさせてあげる』

孫悟空を手のひらの上で泳がせる釈迦のような心持ちで、アルカイックスマイルで生暖かく見つめてあげる感じで。

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オープンクエスチョンって聞く方にとっては楽なんです。

一方的に答えそのものを欲しがるだけで何も考えなくていいから。でも、それだと答える方の答え方次第では軋轢を生むだけです。望む答え方でなければ間違いなく感情的になるでしょうから。

でも、クローズドクエスチョンって「そのままだと困る」と相手に思わせることができるので、否応なく相手は聞く側にとって期待以上の解答を返してくれることが多いと思うんです。

もちろん、先ほども言ったようによほど不愛想な人だったり、よほど機嫌が悪い時だったりするとロクな回答は返してくれませんけどね?

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そういう時はそもそもコミュニケーションを取りたくないってことでしょうから、関わらないようにするのがベターなんじゃないでしょうか。

人間、常に機嫌が良いわけでもないのですから。

実際、ビジネスにおいても

 「何すればいいですか?」
 「どうすればいいですか?」

なんて聞き方では、答える方の負担も大きくなってしまいますよね。まぁ"はじめの第一歩"は仕方ないかもしれませんが、そうでない限りは極力、間違っててもいいので、クローズドで聞く方が

 「回答する側の第一声にかかる負担は少ない」

し、そのうえで

「自分なりに考えたんだな、と解釈されて丁寧に教えてもらえやすい」
「間違ったままだと後々困るから、きちんと説明したくなる」

と言った心理状態に誘導できて、オープンで聞くよりも充実した答えが聞けることもしばしばですから、思考停止するのをやめて、どんどん自分なりの仮説を立てて聞いてみるといいと思います。

もちろんビジネスだけでなく、プライベートでも。

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