#23 Useless Coma

「いったい何が貴方にとって不快なの?何が一番怖いの?」

「ああ先生。この目が、自分のものじゃないみたいで、怖くて仕方ないんです」

先日24歳になった。だのに今の自分ときたら、他人を前にして脚をバタつかせてバカみたいに泣きじゃくっている。これでは初めて歯医者に来た子どもと全く同じじゃないか。


長年放置してきた先天性の眼瞼下垂の手術。部分麻酔のためバリバリ意識がある中、これから俺は両目蓋を切られたり縫い付けられたりする。目が覚めたら全てが終わっている手術ならどんなによかったか!

「すいません、麻酔というものは…だいたい何秒くらい、針を刺しているものなんでしょうか」

「両目合わせて2.3分は麻酔打った方がいいかなあ」

「2.3分!?!?!?」

ばかやろうそんな長い時間瞼に針刺して液体注入するなんて恐ろしいことを俺にやるつもりか!!人生において(恐らく)初手術、地獄絵図の予感しかしなかった。

「あの、怖すぎて暴れ出しそうなのでイヤホンで音楽とか聴いてても…?」
「暴れ…?」
「いや暴れませんけど。怖すぎるので、本当に」
「イヤホンに血が垂れて汚れちゃうかもしれないけど大丈夫?」
「アッ怖!!イヤホンは別に汚れてもいいです!」 

何を流そうかすごい迷った。けど今思い返せばこの時oasisとかかけてなくて本当によかった。
「それでは麻酔打って、手術初めていきますよー」
もう半泣き状態だ。おれはJoy Divisionの「She's Lost Control」から再生した。
そこからはウォークマンのABC順で流れるしかなかったので、Joy Division→Kasabian→Killersの順で流れてたっけ。

麻酔、長いし超痛い。ずっと「う〜」とか「あ゛〜」とか声を漏らさずにいられなかった
「これ、麻酔とか手術とか…やってる最中怖くて泣いて叫んだりする人いないんですか…?」
「…あんまり見たことはないですね〜」
「みんな強すぎません???」

頼むぞ麻酔くん、ちゃんと最後まで効いてくれよな
しかしこんな期待は数分で裏切られる。

目を閉じた状態で、右目から瞼の切開が始まった

「痛かったらちゃんと言ってくださいね。我慢される人が多いので…」
「言いますとも。それはもう遠慮なく」

最初は"あ、なんか瞼に当たってるな"くらいだったが、あれ…これ全然切開してる感覚わかるやつじゃん。全神経が右瞼にいく。きっともうまともに呼吸なんてできてなかった

"引っ張られてる"感覚が続く。いや、これは間違いなく、今まさに、俺は瞼を切られているのだ!


「痛い痛い痛い!!無理!!嫌だあ!!!」

マジの悲鳴が自分の口から飛び出す。この時の音声を親とか、俺のことを大事に思ってる人たちが聞いたら泣いちゃいそうだな   俺が可哀想すぎて
ずっと泣きっぱなしだった。痛いし怖いし、"自分じゃなくされていく"みたいで。

麻酔、最初に1回打ったらそのあとは「無」の状態になって何も感じないんじゃないのかよ。効かなすぎて何回も打たれた。2時間半のうちに10回は打った。麻酔の針も痛いし、でもこれを耐えなきゃもっと痛い。拷問だ

ウォークマンから流れるイアンカーティスの歌声になんて全く集中できやしない。何度か先生がおれを落ち着かせようと休憩をくれたり会話を振ってくれたりもしたが、泣いて泣き止んでまた泣いての繰り返し。

「貴方はすごく神経が研ぎ澄まされてて、繊細なのね。もしかしてお化け屋敷とかジェットコースターとかも苦手?」
「むしろ絶叫アトラクションは大好きだしバイオレンスな映画とかも大好物なんですけど、自分が痛いのは…こう、違くないですか……」

右瞼の切開は一通り終わった。おい嘘だろ、この苦しみをもう片方の瞼も味わうのか!? もういっそ殺してくれ

「う〜ん…そんなキツイなら片目は別日にする…?」
「ヤダ~~~~!!!うわ〜ん!!」

このまま痛いのが続くのもやだけど、別日に回すのももっと地獄!てか手術後1週間休暇もらったんじゃい 今更ずらせるか

でも左はまだ最初に打った麻酔が馴染んできた頃だったのか、右のときよりは苦しまなかった…記憶
いや嘘だ、全然痛かったわ  「痛くない!」と思い込んで乗り切ろうとしたが全然ムリ。

ひっく、ひっく、うえっうえっと子どもみたいに嗚咽漏らして泣いてた。痛いのは嫌いだ、やっぱり被虐趣味には目覚められそうにない。

糸で縫うときも痛かったし怖かった。
おれの目の上には今、黒い糸がはっきりと縫われている
この糸で縫いつけられた瞼の下、もしかしたら、
何か小さな生き物がいたりして。
いつの間にか変なチップとか埋め込まれていたりして。おれという人間を別物に変えていく何かが、そこにはもう住み着いていたりして。そして脳にまで、心臓にまで到達したら…

とかこんな厨二的なことを考えては勝手に怯えていた。バカじゃん。

なんでこんな目に遭ってるんだ。
こんなに好きなものことに一生懸命で素直で健気で裏表のない素晴らしい人間なのに。なんでこんなに痛い目にあって、人前でバカみたいに泣かなきゃならない?

全てが終わり、自分の新しい顔を見る。なんだ、誰だこいつは。ウケる。保険適用され4万円で目元をぱっちりと変えることが出来た。自費の美容治療になると40万。出せるわけあるかい

麻酔を打ちすぎた目元はその日は寝るまでずっとぼやぼやしていた。このボヤついた視界が治らず一生このままだったら何もかも捨てて英国に亡命しちまおう、なんて考えた。

確かに前よりいい目にはなったんだろう。明るい未来だって見えなくはない。けれど、元から「手術の必要のない良い顔」であったらその手術費用の4万は別のものに使えた、そして何よりあんな苦しい時間を過ごすことなんてなかったのに。


ちくしょう ちくしょう
なんてかったるい体だ
なんて金のかかる顔面だ

年々貧血気味っぽいのは増している気がするし
父親と同じように肺癌も遺伝してそれでいずれ死ぬ可能性もあるし

カウンセリング時に血液検査をした。検査結果を見た先生は「異常というわけではないけれど、貴方の血は、けっこう薄いというか、軽いのよね」と言った。

こんな欠陥だらけでどうする
俺はどうしたらいい

何よりもクソなのは
誰もこんな俺の横には居てくれないこと
手を握って励ましの声をかけてくれないこと
ズキズキ痛む目元のまま帰宅しても、誰も出迎えてくれる人がいないこと
安心出来る自分の部屋にいるはずなのに、どうしてこんなにも寒い…

おれが死にかけの吸血鬼になったとしたら、だれが血を飲ませてくれるっていうんだ?

1人で夜泣いていても誰も抱き締めてはくれない

いや、きっといなくはないんだろう
けれど求めてるのはお前なんかじゃないんだ

抱き締めてほしいひとはもう戻ってこない
ジョニーマーのような存在はもう現れない、そんな気がする  おれはモリッシーにはなれない
誰か助けてくれ  こんなにかわいい人間なのにこんなに苦しんでるのはおかしいだろ  クソッタレ

でも知っている
一番クソなのは  救済の手すら選り好みする俺そのもの


人と触れ合うことで日々救われている
みんなのことは好きだけど  もっと大きな愛がほしくて、そして自分もその愛を捧げられるような人がほしいんだ
昔から欲張りだ  なんてったってひとりっ子だからね

恵まれているはずなのに飢えて飢えてしようがない
何かにつけて死へのあこがれを肥大させている
死にたくなんてないはずなのに

英国へ逃げるんだ
けれど、逃げたところで何をするんだ?
在英日本人として暮らすのか?今の俺のままでは無理だ
あと死ぬなら旅人として死にたい

英国のあの地で死ぬことばかり最近は夢見て生きている

決して消えない光が必要だ

新しい目は馴染みつつある
手術中、あんなに泣き叫んだのは"痛かったから"だけじゃない  自分じゃなくなる感覚がして怖かったからだ
どうしても、自己・アイデンティティの欠如に近いものがダメらしい  これはいつぞやのnote「死より嫌なこと」にも書いた通り




麻酔はもう嫌い  
痛みなんて乗り越えられないくせに、麻痺することも出来ない役立たずの体

どんな薬もこの身を救えない
Marilyn Mansonの「Coma White」の歌詞に出てくる"彼女(she)"になんかなりたくないのに

ああ ベイクドビーンズの海へ沈みたい

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