見出し画像

犬へ

犬が逝った。
実家の犬が逝った。私の妹犬。
8ヶ月の余命宣告を軽々飛び越して、ガンなんてなんでもないように1年半生きた。そうして、最後の2週間にくらっと弱って、逝った。

実家の真っ暗のリビングで、母と、私と、犬のからだが眠っている。犬のために買った花束から、水仙のかおりがする。時計の秒針が大きく聞こえて、母のいびき。犬の寝息は、ない。

ああ無理だ。焼くなんて無理。
今でもまだ生きているようなふわふわの犬を、焼いてしまうなんて無理だ。明日火葬場への道のりを、わたしどんな顔で向えばいい?

涙が止まらない。私の大好きな犬。世界でいちばんかわいい犬。大好きだ。みかんの皮をむいて、君がやってくる足音が聞こえないなんてあんまりだ。夕飯の席について、きみの催促する前足が私の膝にのらないなんてあんまりだ。ほらみて、洗濯かごにせんたくがいっぱいあるよ。きみは洗濯かごに乗るのが大好きだったじゃんね。ふかふかの洗濯物を、いつもぺしゃんこにした。桜が咲いていた。たんぽぽも咲いていた。きみの散歩の練習相手は私だったね。くんくん道の匂いをかぐ。しっぽを振る。はしる。笑って私の顔を見た。

もういないの?どこにも?
そんなのってあんまりだ。君のからだから君が旅立つ瞬間を、わたし見守って抱きしめたけれど、でも信じられないよ。ずっときみは居るものだと思ってたんだよ。あんまりにもそこにいるのが普通で、とうぜんだったから。

可愛い犬。
最後の1週間はもう、飲んだり食べたり出来なかった。血を吐いて、下血をしていた。苦しそうに吐いて吐いて、吐くものがなくなっても震えていた。つらそうで、もういいよ頑張ったねってみんなで言った。だからよかった。優しい時間に逝けた。

だいすきだ。また会おうね。そうしてまた一緒に遊ぼう。並んで眠ろう。祈りで花の降るところで。すべてがある場所で。信仰じゃなくほんとうのこと。世界の決まりごと。かならずまた会おうね。お姉ちゃんと約束だ。

真っ暗の部屋。母と犬のからだと私。時計の秒針の音が大きく聞こえて、水仙が香る。あーあ。こんなのなんて全部強がりだ。
これを書きながらもう、泣きやめない。つらすぎる。きみを失いたくない。会えなくなるなんて絶対にいや。いやだ。いやだ……

黒い毛の犬。
犬よ。
いーちゃん。

お姉ちゃんは悲しくてめちゃくちゃです。あしたなんてクソ喰らえだ。くそくそくそ。
きみのせいだよ!聞いてる?ねえ……
ここに書いたこと全部ほんとだから受け取ってくれ。きみは性格がちょっとよくないから、笑うかな。でも心配症だったから、心配するかも。
その答え合わせをいつかさせてくれ。

花の降る場所で、かならずまた会おうね。
ずっとだいすきだよ。

愚姉より 敬具。

生活のあしもと、ふわり、そばにいる犬が笑った気がした、たぶん/菅沼ぜりい




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?