田上よしえ「前説のおね~さん」

誰が言ったか知らないが、「女の下ネタは笑えない」という定説がある。なるほど。思い返してみると、確かに女性がシモの話題を振っている姿を見ると、なんだか居たたまれない気持ちになってしまうことが多かったような気もする。この風潮に対抗しようと試みたのか、一時期、女性ピン芸人の友近が「濡れる」という表現を多用していた。男の勃起が笑えるネタとして許されるならば、女が濡れるのもアリなんじゃないか、ということなのだろう。結果、世間にはあまり浸透しなかったが、そのチャレンジ精神は讃えられるべきである。

女性の下ネタと聞いて、一番に思い出すのはプロダクション人力舎の田上よしえ。ゼロ年代初頭、今のように女性芸人が注目をされることのなかった時代に、男性芸人に負けるとも劣らない爆笑をかっさらっていた女性ピン芸人だ。彼女の持ちネタに『前説のおね~さん』というのがある。遊園地で行われる爆笑オンステージの前説を進行するコント。「あれ~? 無視とかされるとお姉さん、暴力をふるうよ~?」「田上の「田」は田代まさしの「田」で、よしえの「し」は田代まさしの「し」」「石田純一さんが俳優だと聞いて、驚かない」など、軽やかに毒気の強いワードで観客の笑いを強引に引き寄せる。その最中、一度ステージの上に上がってきた男の子が、再び上がろうとしたときに、田上が警告するように口にするのが以下の台詞である。

「……赤ちゃんが、出てくる場所を見せようか!?」

とんでもない下ネタである。直接的な表現ではないとはいえ、なかなかなことを言ってのけている。だが、田上よしえの深みを見せない上っ面な芸風と無垢な子どもを諭すというシチュエーションとの不合理さが相まって、何も考えずに爆笑してしまう。だが、一方で、これをはしゃいでいる男の子に高圧的に言っているという状況について、深読みしたくなる。なにやら、こちとらチンコみたいな生半可なモンつけてねぇんだよ、と言われているようでもある。当人はそんなこと微塵も思っちゃいないのかもしれないが。

その後、田上よしえは他の個性的な女性芸人たちに追いやられ、今やテレビメディアで姿を目にする機会が皆無に等しい。だが、当時を知っている人間ならば、例えば『完売劇場』や『爆笑オンエアバトル』での活躍ぶりを目の当たりにした人間が、彼女の存在を忘れることはないだろうと思う。それほどまでに、当時の田上は無敵だった。田上かつてない時代が、そこにあったのだ。

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