Cornelius Performs Point


8月6日の「Cornelius Performs Point」のリキッドルーム公演にて。1曲目の「Point Of View Point」の演奏が始まった瞬間、過去の景色がフラッシュバックした。……いや、違う。フラッシュバックするのは『Fantasma』の最後の曲。戻りすぎてしまった。『Point』なのでここはバグを起こした、とでも言うべきか。同じ曲、違う場所、同じ人、違う風貌。 18年前に観た『Point』ツアーのライブの記憶と自分の体が、目の前にある光景と重なり合い、変則的に続くリズムに合わせてひとつずつ移動を繰り返しながら、切り刻まれて浮かんで消えていくような不思議な感覚に陥った。それは多分トリップに近かった。オープニングの砂原良徳のDJがアンビエント〜モンド/ラウンジ〜エレクトロニック・ミュージックという、90年代後半からゼロ年代へと移り変わる空気を静かに蘇らせるような選曲だったからかもしれない。或いは病み上がりだったせいだとも考えられる。

『Point』には懐かしさみたいなものがまったくないように感じる、と私が言うと、確かにそんな感じはしますね、と小山田圭吾は頷いた。目の前に座っているのは高校生の頃から好きだった元フリッパーズ・ギターの人で、初めて喋ったのに昔から知っている人のように思えた。インタビュー中に私が持参した『The First Question Award』の歌詞カードを両手でグニャッと曲げながら喋るので、それ私の!と心の中で小さくツッコミながら、17歳の私が見たらどう思うだろうかと考えた。その日は朝から嵐のような天気で、部屋は少し薄暗く、窓の外には雨の粒が静かに流れていた。映画や雑誌で何度か見たことのある場所に自分がいるのが不思議で仕方がなかった。久しぶりに訪れたその街に私が住んでいたのは『Point』が発売された年だったことにそのとき気付いた。

ele-kingの野田さんから久しぶりに連絡があり、「続コーネリアスのすべて」で一緒にロング・インタビューをしないかと誘われた際には、嬉しいというより流石に慄いた。ライター仕事はもうやらないつもりでいたし、いくらなんでも私には荷が重すぎる。暫し悩んでそれでも引き受けたのは、自分が文章を書く仕事に少しばかり関わるようになったのはフリッパーズのミニコミを作ったのがはじまりだったのと、20代の頃にお世話になっていた野田さんと再会したきっかけが2年前に発売された「コーネリアスのすべて」だったこと、返事に迷うあいだにフリッパーズやコーネリアスのおかげで出会った人たちの顔が次々と頭に浮かんでしまったからだった。

懐かしいと感じる為には、長いあいだ忘れて、また思い出さなければならない。『Point』の曲が時間の経過を感じさせないのは、ここ数年のライブでも常に披露されていたからだという理由もある。アルバムの曲順通りに演奏したその日の最初の数曲はお馴染みの曲ばかりで、違うアレンジをほとんど加えずに質だけがどんどん高まり、何十回も聴いているのに全然飽きることがない。それどころか初めて体感したときの驚きが胸の奥に残ったまま、ずっと火を灯し続けているように感じる。ツアーの初日にもかかわらず、その日の「Smoke」の演奏は既に完璧だった。曲が終わると、最後の波の音が流れるところでモノクロの輪の映像が浮かび上がり、飛沫をあげるようにゆっくりと揺れた。『Mellow Waves』のヴィジュアル・イメージにも使われていた、あの輪っか。

2017年の『Mellow Waves』のツアーの開演待ちで、ステージの幕に映るあのモノクロの輪を初めて目にしたときに、数ヶ月前に観た「メッセージ」という映画の内容を思い出した。映画の中で主人公が謎の異星人とやり取りする際に使われる、墨で円を描いたような形の新言語にそれはよく似ている。彼らの世界には時間という概念がなく、過去と現在と未来は同じ場所にあって順序がない。開演前に見つめていた青い点とその輪を脳裏で重ね合わせながら、なるほど、『Point』がもたらした感覚と視点は、新しい言語に近いと捉えることもできる、と合点がいった。ならばコーネリアスは異星人なのだろうか。そういえばベックは、コーネリアスについて「20年前のものでも未来の音楽のように感じる」と語っていた。今回のツアーは中継ぎに『Sensuous』の曲は一切挟まず、『Point』と『Mellow Waves』とそれ以降の曲で構成されていたけれど(1曲だけ『69/96』から披露された「Brand New Season」は改めて聴くと『Point』に繋がるムードが漂っていた)、十数年の年月を飛び越えて最新の楽曲と同系列で並べても何の違和感もなく受け入れられるのは、コーネリアスが新鮮味を失わない本質的な音楽を追求し、ゆっくりと更新し続けてきたからで、だから再現ライブといっても懐メロにはならないし、アルバムとそう歳が変わらないような若者を会場でも見かけたのは納得できる。『Point』は過去と現在と未来を繋ぐ。未来から昔のブラジルに思いを馳せるイメージで作られたという80年前の曲のカヴァーを聴きながら、その眩しさに見惚れた。

その夜、リキッドルームでアンコールに「Nowhere」を聴いたことで、ここ数か月の様々な思いが綺麗さっぱり浄化されたような気がした。夏休みはもう終わったはずのつもりでいた。すっかり気が抜けた状態の私に突然、数人の友人から同時に連絡がきた。大変だよ!オーチャードホールに行ったほうがいいよ!と。「Cornelius Performs Point」の大阪公演の直後だった。コーネリアスが「The Love Parade」を演奏した。リキッドルームでは演らなかったあの曲を。今回『The First Question Award』も同時に再発されたものの、1stアルバムの曲はもう長いことライブで披露されることはなかったし、されないものだと誰もが思っていたはずだ。『The First Question Award』の担当だった私は、それを踏まえたうえで「The Love Parade」をやってほしい、とインタビューで何度か伝えてみた。さすがにその時の発言が反映されたとは思わないけれど、もし記事を読んでそう捉えてくれた人がいるのなら、雑誌側から再三言われていた「とにかくファン目線で」という私の役割が僅かにでも果たせたような気がしたし、何よりみんなが驚いて、喜んで、興奮冷めやらぬまま即座に連絡をくれたことが嬉しくて、まるで自分もそこで聴いたかのような錯覚を起こしてしまった。今は情報が早すぎてコントロールしづらい故に、SNSでもライブ後のネタバレなどに気を遣い合う優しい時代だけれど、人が素晴らしい出来事に直面した際に思わず溢れ出す言葉や感情は、支離滅裂で勢いがあって面白く、そこに私は何故かとても惹かれる。以前ここで企画した「コーネリアスのファンのすべて」も、3年前に行われた『Fantasma』のUSツアーの映像で、ライブ終了後にお客さん達が目を輝かせながら喋っていたのをヒントに思いついたものだった。

翌週21日のオーチャードホールのチケットを持っていなかったので、ライブのことは半ばもう諦めていたけれど、友人の手助けの甲斐あってチケットが見つかり、ありがたいことにもう一度コーネリアスを観る機会に恵まれた。上からステージ全体を見渡せる3階のとてもいい席で、これまで観たライブの中でいちばん映像を堪能できた気がする。会場の音の良さにも驚いた。足元に響く「Drop」の低音ベースや、「Audio Architecture」の立体的な空間、LEDの照明はピッカピカだし、ホールで聴く「I Hate Hate」の痛快なこと!リキッドルームとはまた違う場面でいちいち心を掴まれていたら、あっという間にアンコールに到達し、終わりの時間が近づいていた。「あなたがいるなら」のアウトロで天井いっぱいに広がったライトの粒がゆっくりと回りはじめると、大きな宇宙の中で触れることのできない美しいものを見つめているような、言葉にならない幸せをほんの一瞬だけ味わうことができる。そこでいつものように終わっても満足だったのに「The Love Parade」は本当に始まった。今のメンバーで、今の演奏で、今の歌声で、終わってしまったパレードに新しい命を吹き込んで再生させた。コーネリアスは過去と現在と未来を繋ぐ。時間感覚のない場所で、私は目の前の出来事をただ大切に受け止めていた。

#Cornelius







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大久保祐子

音楽殺人→シュガースウィート。ひとりでブツブツと音楽の話をしてるだけ。

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