9/17 OGRE YOU ASSHOLE日比谷野外音楽堂

9月の半ばにしてはだいぶ蒸し暑い夕方だった。傘マークのついた天気予報とにらめっこの末、着るつもりじゃなかった夏服に着替えて出かける。日比谷公園の最寄りのセブンイレブンに立ち寄ったらビールは売り切れで発泡酒しか残っておらず、レジ待ちの長蛇の列に並びながら閑散とした棚の一角を眺めて、なんとなく近頃の日本各地の辛い災害のことを思い浮かべてしまい、少し胸が痛んだ。会場時間よりもだいぶ遅れて到着して日比谷野外音楽堂の中に入り、一番後ろの空いた席に座って空を見上げると、いつ降り出してもおかしくないような暗い雲に覆われている。晴れない心は天気のせいだろうか。ぬるい気分で飲み干したのどごし生の缶はじんわりと汗をかいていた。

天候の不安やこちらの気分などはお構いなしにライブは始まるものだ。メンバーが現れていつもの持ち場につく前に何やらゴニョゴニョとシンセをいじり、1曲目の"ROPE"のmaditation ver.とわかるコズミックな音が響き渡ったときに、本日の目玉でもあるクアドラフォニック・サウンドシステムとやらのことを思い出してハッと後ろを振り返る。4つ設置されているはずのスピーカーのうち通常通りステージに設置されている2つ以外はそこには見当たらず、場内の真ん中あたりの両脇に置いてあるのに今更気が付く。失敗した、あれより前に座らなければいけなかった……とうなだれたのも束の間、次第に雨が降り出して早々にレインコートを着るはめになり、そんなことはどうでもよくなってしまった。いや正確に言えば、その立体的なサウンドとやらを体験しようと思って最悪な天気予報だと知りながらわざわざここに来たにも関わらず、その後もう立っているのが辛くなるほどの容赦ない雨がこれでもかと降りまくったので、音が優れているかどうかのことよりも用意しなかったレインハットや野鳥の会の長靴や、ライブにおける屋根の重要性などについて頭は考えていたのだから。

前半は"ヘッドライト"や"ひとり乗り"などの昔の曲多めで沸かせた流れを『ハンドルを放す前に』からのミニマルな音でうまく挟み(しかし一応最新アルバムだというのにそこからたった2曲?しか披露しないという素っ気なさ!)、暮れていく空の下で不穏な空気をじわじわと作っていく。そして中盤の"素敵な予感"のノイズの洪水やズブズブと沼にハマるような濃厚で重たい音と共によりいっそう雨足は強まり、途中で雷のような光まで何度か差し込むと、暗闇の中で赤く染まった神々しいステージを前にしてわけのわからなくなった観客たちが奇声を発して騒ぎ出す。そこから緩急つけるように"夜の船"で感情をぐらつかせたかと思えば、"フラッグ"と"見えないルール"の恐ろしくライブ映えする2曲でピークまでもっていき、轟音ギターが鳴り響く間奏になるとぐちゃぐちゃでばらばらな観客は何故か異様な一体感を醸し出しながらハイになって踊り狂い、まさにカオスとしか言いようのない光景が生まれる。野外ならではの悪条件が反転してオウガのプログレッシブなサウンドにぴたっとハマり、別世界のような空間を即興で作り出してしまったことに笑いがこみ上げてくるような気分になった。「ROVOは宇宙に行けるなあ」と柴崎友香は小説で書いていたけれど、オウガもきっと宇宙に行けるはずだ。例えこんなどしゃ降りの中でも。

ボーカルの出戸学が「あと1曲です」と告げたことに驚いたほど短く感じた本編の最後、空気が入れ替わるように"ワイパー"のイントロが始まると、雨は途端に弱まり始めた。しっかりと結束しながら鳴らすリズムの上に、揺れるギターのリフが何度も何度も丁寧に重なってゆっくりと高揚していく。相変わらず歌詞は意味深をも通り越して何も見えないくらいに透明で、音に添うようにただ淡々と言葉として歌われ続ける。大好きな曲がいつもより煌めいて聴こえたのはサウンドシステムのおかげだがどうかは知らない。ただ終わってほしくない。願いは叶わなかったけれど、アンコールで再び登場するとはじめに演奏した"ROPE"を別ヴァージョンで披露してくれた。

東京の高いビルと鮮やかな緑に囲まれた場所で、特に幸せでも不幸せでもない私たちは、いっときの楽しみを味わうためだけにここに集まっている。激しい雨が降り続けてもライブは予定通りにちゃんと行われ、びしょ濡れのどんなに悲惨な姿になっても今日のところはとりあえず帰る家がある。最後の最後に披露された新曲"動物的/人間的"でゆったりとしたメロディを取り戻したオウガは、黄色く照らされたステージの上で美しく光っていた。さっきまで降っていた雨は止んで、いつのまにか涼しい風が会場を静かに流れていた。夏が終わる。そう告げられた。


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