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ステレオタイプの中で先生がかけるべき言葉

米国では未だに人種間の社会格差が根強い問題として残っています。特に、人種間のステレオタイプは生活のあらゆる側面にその影をおとす問題として認識されています。社会におけるステレオタイプの存在によって引き起こされる弊害の一つに、先生が生徒に効果的なフィードバックを与えることが困難となりうることが挙げられます。例えば、白人の先生が黒人の生徒が書いた作文の添削を行ったとします。ここで、先生が良かれと思って作文の改善点を指摘していたとしても、生徒が「差別された」と感じうることがステレオタイプの弊害です。すなわち、「黒人生徒は他人種の生徒に比べて学力が低い」というステレオタイプが社会に存在することにより、先生の意図に関係なく、生徒のフィードバックの受け取り方に歪みが生じる可能性がでてきてしまうのです。この生徒の「差別された」という意識は、生徒の心理的安全性を脅かすだけではなく、先生のフィードバックを素直に受け取り、成長につなげる過程において大きな障壁となってしまいます。

前置きが長くなりましたが、ステレオタイプは米国のみならず、日本にも存在する深刻な問題です。また、生徒に対し、先生やその生徒自身が持っている印象や思い込みも同様の弊害を引き起こすといえるでしょう。今回はステレオタイプが存在する環境の中で、先生が生徒に与えることのできる効果的なフィードバック方法についての研究を紹介します。

結論

ステレオタイプが存在する環境において、指導者が不用意なフィードバックを提供することは生徒のモチベーションの低下や、指導者に対する被差別意識につながるリスクがある。
指導者がフィードバックを提供するにあたって、1. フィードバックが批判を目的をしたものではなく、あくまで高水準のアウトプットを期待しているものであること、2. 生徒がその高い期待に答えられると指導者自身が信じていること、を明確にすることで、上のリスクをなくすことができる。

研究概要

*読みやすさのために要約しています。
*本研究は「黒人生徒の生徒は他人種に比べて学力が低い」というステレオタイプが米国内に存在するという状況を前提にしています。

93人のアメリカ人大学生(白人48人、黒人45人)を対象に以下の実験を行った。

ステップ1:
各学生に、「今までであなたに最も大きな影響を与えたメンターに関する小作文を書いてください。書いてもらった原稿は一度こちらで添削し、もう一度自分で編集する機会があります。特に優れた小作文は有名な研究雑誌に掲載されます。」という指示を与えた。
各学生には一次原稿を書くために75分の時間が与えられた。
一次原稿を書き上げた後、各学生は自身の顔写真と共に原稿を添削として提出した。
提出後、各学生はこの作文のタスクに対するモチベーション、及び自分の総合的な作文力に対する自己効力感に関するアンケートに答えた。
*実験の進行は白人女性、もしくは白人男性の研究員によって行われた。
*研究員の指示や実験の紹介文の中に、人種に関連する研究であることを示唆する表現がないように細心の注意が払われた。一方で、学生に原稿と顔写真を一緒に提出させることにより、「添削者に自身の人種が情報として伝わっている」と学生が認識しうる状況を成立させた。

ステップ2:
提出された各原稿は文法・表現に関する簡単な添削が行われた後、無作為に3つのグループに分けられた。
各グループの添削された原稿には、それぞれ以下の内容のフィードバックが書かれた手紙が添付された。同グループ内の手紙(he/sheの代名詞等の違いは除いて)一言一句同じ内容が記載されていた。(実際のフィードバックは2~3段落にわたるものでしたが、ここでは読みやすさのため、ここでは手紙の内容は大幅に要約しています)

グループ1:批判的な表現のみを含んだ、「不用意」な批判。

「この原稿は現状具体性に欠けており、わかりにくく感じます。この先生とあなたに関する具体的なエピソードや、なぜこの先生があなたに取って特別な存在なのかということを記述するべきです。特に、この先生があなたの個人的な成長にどのように寄与したのか、という点についてより深く書くべきです。提出された原稿の一部にその片鱗は見られますが、この原稿をより良いものにするためにはさらにこれらの点に注意したうえで推敲してください。」

グループ2:期待される高い基準と、生徒がその基準を満たせることへの期待を示した批判

(上記の「不用意」な批判と全く同じ文章に加えて)「あなたがこのタスクに真剣に向き合ったことは十分伝わっており、だからこそ私もあなたに対して率直なフィードバックを与えさせてもらいました。この手紙が悪いものだとは決して思いません。が、その一方で、このままではこの権威ある研究雑誌に掲載される可能性は少ないと思います。私が書いた言葉は少し厳しいものだと感じるかもしれません。しかし、あなたが提出した原稿を読んだ上で、あなたならばより良い原稿を書き上げられると感じたからこその言葉でもある、ということは念頭に置いて編集をしてみてください。」

グループ3:より抽象的な、ポジティブな批判

(上記の「不用意」な批判と全く同じ文章に加えて)「総じて、良くかけた原稿だと思います。あなたがこの先生に対して感じている気持ちはとても良く伝わりましたし、原稿のあらゆるところに面白いアイディアが見られたと思います。」

ステップ3:
一週間後、全ての学生が個別に招集されに各々の添削された原稿とフィードバックの書かれた手紙が渡された。添削内容とフィードバックの内容を確認する時間が与えられたのちに、ステップ1同様、この作文のタスクに対するモチベーション、及び自分の総合的な作文力に関する自己効力感に関するアンケートが与えられた。加えて、「この添削者が何かしらの偏見を持っていると感じるか」という追加のアンケートが与えられた。

ステップ4:
アンケート終了後、実験は終了となり、学生には実験の内容、及び狙いが全て解説された。

結果(一部抜粋)

添削者の偏見に対する印象
グループ1(「不用意」な批判)とグループ3(抽象的、且つポジティブな批判)の中では、黒人の学生の方が白人の学生に比べて添削者が何かしらの偏見を持っていると答える傾向が強かった(統計的に有意/統計的にやや有意)。一方、グループ2(高い基準と、学生への期待を含んだ批判)の中では、黒人の学生と白人と学生の間で差は見られなかった。特に、統計的に有意ではなかったものの、グループ2内では黒人の学生の方が白人の学生に比べてより低い傾向を示した。

作文のタスク自体へのモチベーション
グループ1の中では、黒人の学生の方が白人の学生に比べてこの作文のタスクに対してより低いモチベーションを示した(統計的に有意)。一方、グループ2・グループ3ではこの有意な差は見られず、特にグループ2の中では黒人の学生の方がより高いモチベーションを示した。

自身の作文力に対する自己効力感
グループ1とグループ3では黒人の学生の方が白人の学生に比べてより低い自己効力感を示した(統計的に不有意)。一方、グループ2では黒人・白人の学生の間にほとんど差は見られなかった。さらに、グループ間を比較した時、黒人・白人問わず、グループ3の学生が他のグループの学生に比べて最も高い自己効力感を示す傾向があった(統計的に有意)。

留意点

実験は1999年に米国のスタンフォード大学に所属していた大学生を対象に行われました。そのため、被験者の母集団が世間一般的に見て比較的高い自己効力感や、高いモチベーションを持ち合わせていた可能性が考えられます。

編集後記

非常に凝った面白い実験、且つとても興味深い結果だと思いました。研究自体は人種間のステレオタイプにスポットを当てたものとはなっていますが、日本の教育現場においても参考になるのではないでしょうか。生徒の可能性を先生・保護者が信じ伝え続けること。そして高い期待感を持ったうえで、その基準に達するための批判的なフィードバックを出してあげること。これらの重要性について考えさせられました。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Cohen, G.L., Steele, C.M., & Ross, L.D. (1999). The Mentor’s Dilemma: Providing Critical Feedback Across the Racial Divide. Personality and Social Psychology Bulletin, 25, 1302 - 1318.

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