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クラスの大きさと学力の関係性

クラスの大きさは果たして何人が最適なのでしょうか?一人の先生に対する生徒の人数の比率が小さいほど、「なんとなく贅沢そう、良さそう」という感覚は誰しもが持ち合わせているかとは思いますが、実際にこの質問を科学的に検証する事は極めて困難です。この問いの検証が困難な原因の一つとして、「実験を行うことが困難だから」ということが挙げられます。科学的な検証のためにはランダム化実験(生徒を無作為に大きさの異なるクラスに振り分ける実験)を本来行わなければいけないのですが、これが実務的にも倫理的にも困難であることは言うまでもありませんね。しかし、まさにこの実験を行った事例(しかも大規模で!)が実は存在するのです。1980年代の米国テネシー州で行われたこの社会実験に関する論文を、今回は紹介します。

結論

幼稚園から3年生にかけて小さいクラス(12~20人)に所属した生徒と通常サイズのクラス(16~30人)に所属した生徒の学力(テストの点数)を比較すると、小さいクラスに所属していた生徒の方が学力が高い傾向が見られた。(統計的に有意)
通常サイズのクラスと、通常サイズのクラスに補助教員をつけた場合の生徒の学力の違いも測定したが、学力の差は見られなかった。

Project STARについて

この論文は1985年~1989年にかけて、アメリカのテネシー州にて行われたProject STARという社会実験のデータを元に執筆されました。4年という長期間、当時にして1200万ドルという膨大な予算、そして10000人以上の生徒と、何もかもが空前絶後の規模だったこの実験は、教育分野においては非常に有名な実験として知られています。
実験の内容としては非常に単純であり、1985年に幼稚園に入学した生徒を無作為に以下の条件のクラスの一つに振り分けるというものでした。
①小さいクラス(学校によって運営できる「小さいクラス」の規模が異なったため、12~20人、平均して16~17人程度のクラスの大きさ)
②通常サイズのクラス(16~30人、平均して22~23人程度のクラスの大きさ)
③通常サイズのクラスに、補助教員が追加された者
また、先生も同様に、担当するクラスの条件はランダムに振り分けられました。

原則として、一度振り分けられた条件は3年生の終わりまで変わることはありませんでした。例えば、幼稚園の時点で小さいクラスに振り分けられた生徒は、そのまま小さいクラスに割り当てられ続けたのです。外から新入生が入学してきた場合も、同様に3つの条件の内のどれかに無作為に振り分けられました。

各条件に置ける学力の変遷を観測するため、生徒の学力(リーディング・語彙力・算数)は毎年度末に規定の共通テストをもってして測定されました。

結果

幼稚園~3年生の全ての年度末において、小さいクラスに所属した生徒の方がそれ以外の生徒と比較してより高い学力を示した(統計的に有意)。
さらに、学年が上がるにつれて、この差はより大きくなる傾向が見られた
一方、補助教員が配属されたクラスの生徒に、特筆するべき学力の変化は見られなかった

以上をもってして、研究者たちは(少なくとも幼稚園~低学年において)小さいクラスに所属することは学力に良い影響を与える可能性が高いと結論付けた。

その他・留意点

この論文の非常に優れている点は、導き出された最終結論に対する反論やエッジケースを想定してあらゆる文責を行っているところです。例えば、実際にこうした社会実験を行うと、当然離脱する家庭や、親の強い要望によってクラスを入れ替えられる生徒が出てきます。実験的な観点で見るとこうした行為は望ましくありませんが、実社会で実験を行う以上、こうした現象は防ぎようがありません。この論文ではこうしたケースの影響を一つ一つ加味しながらも、最終的に「小さいクラスの方が学力的には望ましい」という結論を導くことに成功しているのです。詳しい詳細は省きますが、もし関心がある方がいらっしゃいましたら是非原文を読んでみてください。
この論文は非常に有名であり、その後の教育政策等にも多大な影響を与えたのですが、「理想的なクラスの大きさは何人か」という議論がめでたく終わりを迎えたかというと、全くそうではありません。例えば、数年後カリフォルニア州にてこの実験を元に、クラスのサイズを一斉に縮小する大規模な政策が打ち出されたのですが、この政策は大失敗に終わりました。教員の人数が足りず、教員免許の規定を緩めたところ、教員の質が落ちてしまったことが原因だといわれています。リソースが限られている中で、「じゃあクラスのサイズを小さくすればいいじゃないか」と安易に結論付けられないのが、教育政策の難しいところですね。
また、その後もクラスのサイズの大きさの影響を検証する実験は多数行われており、必ずしも全ての実験が同じ結論にたどり着いているわけではないので、まだまだ研究が必要だといえる分野だと言えるでしょう。

エビデンスレベル:対照実験

編集後記

安易な感想ですが、スゴい実験ですよね。導き出された結論が非常に有意義だったものであることももちろんですが、その規模感や影響力をふまえると、教育分野において最も重要な実験の一つであると言っても過言ではないでしょう。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

Krueger, A. B. (1999). Experimental Estimates of Education Production Functions. The Quarterly Journal of Economics, 114(2), 497–532. http://www.jstor.org/stable/2587015

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