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『ヒント学』 ちょうどいいヒントとは?


あけまして、おめでとうございます。
さて、今年も年の初めからあれこれとつぶやいておりました。

と、実は去年いろいろとクイズイベントや、大学での授業などをやっていくなかで、ふと感じていたこと。
これをきちんとまとめたら、一つの「色んな人の役に立って、何よりも楽しくなる」メソッドになるんじゃないかなぁと思った次第。

で、少しだけ下書きを書き進めていたのですが、「こういうのは、ある程度形になってから出すのではなく、都度都度出して意見をいただいて、反映していきながらのほうが、ブラッシュアップできるのではないか」と思った次第。
なんかベンチャー企業のスモールスタートに近いものがありますが、今の時代的にはそのほうがいいのかなーと……と、変にカッコよく言ってみましたが、褒められると伸びる子だというのが本音かも(笑)。
というわけで、さっきまで書いてた文章がこちら。

ヒント学

●まえがき

人は「教えられる」より、「自ら学ぶ」ほうが、身に付きやすく、楽しい。

ただし(課題=木になっているリンゴを取るイメージとして)
あまりに高い課題を与えられたら絶望やあきらめが強い。
あまりに低い課題を与えられたら自尊心が傷つくなどつまらない。
少し頑張って手を伸ばすと届くという「ちょうどよい」課題が一番よい。

いきなり「ちょうどよい」となる位置は難しい。
そのためには、課題は多少高めに設定しつつ、
個別に高さが違う脚立などを用意し、
解答者の状況に応じて差し出すのがベスト。

この脚立こそが「ヒント」である。

さて、では「ちょうどいいヒント」とは何なのか?
そして、そもそも我々のコミュニケーションにおいて
「ヒント」を要するものとは何で、その本質とは何なのか?
随時論じていければと思う。


……はい、こんな感じでした。どんなもんですかねぇ?

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