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【全文無料】掌編小説『タカハシさん』舞神光泰

今月で1st Anniversaryを迎えた文芸誌「Sugomori」。6月の特集として、季節の掌編小説をお届けします。今月のテーマは『一周年』。書き手は舞神光泰さんです。

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『タカハシさん』

「タカハシさん、一周年おめでとうございます!」

 突如として後方から声があがった。振り向くと5人のおじさんが俺を取り囲むように拍手を送ってくる。場所と時間が違えば相手にせず逃げるとこだが、今は終電間際でここは駅のホームだ。たちの悪い酔っぱらいかと思ったが、酒の臭いはせず。よく見ると仕立ていいスーツにお揃いのバッヂを付けている。

「人違いじゃないですか?」
なるべく相手を刺激しないよう少し距離を取ろうと後ろにズレた。
「危ないですよ! もし落ちたりしたら大変だ」
腕を掴まれたが、かなりの力が籠められていて、爪が食い込んでくる。
「じゃあ、もう少し真ん中に行きませんか?」
「イヤイヤ。もうすぐ電車が来ちゃいますからね、タカハシアキヒトさん」
突然自分のフルネームを呼ばれた事に更に血の気が引いてゆく。
「なんでですか?」
おじさん達は顔を見合わせて笑いあっている。
「そりゃ、そうですよね。急に怖かったですよね」
代表格らしい小太りのずんぐりした男が、バッヂを外して俺に見せてきた。
「実は我々は”ハシゴのタカハシ会”なんです」


ハシゴのタカハシ会?
聞いた事のない名称に余計な薄気味悪さを感じる。
「1年前にタカハシモエさんとご結婚なさって、苗字を変えて下さった」
妻の名前も、いつ結婚したかのかも知られている。
「男性じゃ珍しいですからね、我々も嬉しくて」
「あの、妻のご親類ですか?」
僅かな希望にかけてみるが、あえなく撃沈させられる。
「ははは、全然違いますよ」
「旧字体のタカってハシゴになってるじゃないですか、電話とかで伝えるのがちょっと面倒でしょ。我々はそういった、日常の痛みを共有する団体なんです」


知っている日本語なのに、分からない事だらけだと耳に入らない。
「なかなか。面白い取り組みですね」
「ですよね!」
パッと明るくなったおじさん達の笑顔に一瞬気が緩む。
「やはり、あなたは理解のある方ですね」
「そんな貴方にはこのバッヂを差し上げます」
代表格は俺にバッヂを握らせた。
「これは一周年記念です。貴方がハシゴのタカハシである限り、近々会うことになるでしょう」
「もしタカハシじゃなくなったら?」
俺の口から恐るべき言葉が漏れ出た。
「その時はですね、黄色い線の内側から外に出ないようにして下さい」


「え?」
 警笛を猛烈に鳴らしながら電車が駅に侵入してくる。電車が巻き起こす風と大きな物体が後ろをかすめていく、衝撃が伝わってくる。
「一周年おめでとうございますタカハシアキヒトさん、じゃあまた子供が生まれたらお祝いに来ますよ」
 おじさん達はにこやかに帰っていった。冷や汗が止まらない。膝に力が入らず思わずしゃがみ込んだ。
「こんな嬉しくないお祝いがあるんだ」


文芸誌Sugomori 舞神光泰
お題「一周年」

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