聖書の舞台:乳と蜜の流れる地(どのようにして聖書は書かれたのか #03)

さて、今度は、パレスチナを詳しく見てみましょう。広さは四国よりやや大きいくらい。イスラエル民族はここを「乳と蜜の流れる地」と呼びましたが、それは牧草(=羊・山羊などの乳)や果樹(=蜜)が豊富だということに由来します。この地域は地中海から湿った風が吹いて雨を降らせるため、周辺の砂漠地帯と比べて緑が多かったのです。とはいえ「砂漠地帯と比べて」そうなのであって、実際には非常に乾燥した気候で、やせた土地も多いところです。

まず地中海沿岸部には海岸平野が広がり、砂浜と肥沃な農地が広がっています。現在の主要都市の多く、たとえばハイファやテルアビブ、ガザは沿岸部にあります。しかしこのあたりはあまり聖書には登場しません。古代にはイスラエルではない他民族が支配する土地だったからです。この海岸平野を南北に縦貫する「海の道」は、エジプトとシリアやメソポタミアを結ぶ重要な交易路でした。

もう少し内陸にうつりましょう。まず北部から。ヨルダン川が北から南へと流れ、その途中にガリラヤ湖(ティベリアス湖)がありますガリラヤ湖の西側には(比較的)緑豊かなガリラヤ山地が広がります。ナザレ(現在のイスラエル国Nazareth)という町があります。イエスが生まれ育ったのは、おそらくこの町です。ガリラヤ山地の南にはイズレエル平原が地中海まで東西に延びています。現在は豊かな農業地帯ですが、沿岸部と同様、聖書にはあまり登場しません。平原の西の端にはカルメル山地が地中海に突き出ています。

さて、ヨルダン川というのは、アフリカにある大地溝帯(大陸の大きな裂け目)の延長線上に伸びる、とても低い谷を流れています。たとえばガリラヤ湖は海抜下212mです。ガリラヤ湖より南のヨルダン川沿いをヨルダン渓谷といいます。ヨルダン川は南へと流れ下り、行き着くところは死海です。海抜下430m。塩分濃度がとても高いことで有名ですが、それはあまりに低すぎてここから出て行く川がひとつもないためです。塩分が海に流れて行かないのです。

ヨルダン渓谷の東側には険しい山地が南北に伸び、さらにその東には広大なアラビアの砂漠が広がります。このあたりを南北に縦貫する「王の道」も「海の道」とならぶ重要な交易路でした。この道は、シリアやメソポタミアと香料の産地である南アラビアとを結んでいました。

さて、ヨルダン渓谷の西側に戻りますと、イズレエル平原の南にはサマリア山地(エフライム山地)があり、さらに南側、死海の西側あたりにはユダ山地が続きます。この二つの丘陵地帯が聖書物語の主な舞台です。現在ではそのほとんどがパレスチナ国のヨルダン川西岸地区にあたります。あまり肥沃な土地ではなく、盆地や岩山が広がっており、標高は600から1000mくらい。サマリア山地にはエバル山とゲリジム山がそびえ、この二つの山に挟まれた町シケム(現在のパレスチナ国Balata)や、後にこの地域の中心地となる町サマリア(同、Sebastia)、南部にある聖地シロ(同、Shiloh)やベテル(同、Baytin)が有名です。一方、ユダ山地には聖地エルサレム(同、東エルサレム)やヘブロンという町(同、Hebron)があります。エルサレムは標高800mくらい。これらの町はみな山や丘の上にあり、水の確保には昔から苦労していました。

ユダ山地よりさらに南にいくとネゲブと呼ばれる乾燥地帯・砂漠が広がります。山地と砂漠との境界にある盆地にはベエルシェバという町(現在のイスラエル国Be'er Sheva)がありました。また、死海からさらに南に伸びた大地溝帯はアラバの谷と呼ばれ、南端はアカバ湾となって紅海につながっています。

聖書を読むうえで知っておいてほしい地域はこれくらいでしょうか。

最後にこの地域の気候と農業についてお話ししましょう。このあたりはいわゆる地中海性気候で、冬はそこまで気温も下がらず雨がよく降るのですが、夏は高温でまったく雨が降らず植物は枯れてしまう「死の季節」です。ですから人々は12~2月に種を蒔き、4月~6月にかけて収穫するのです。平野部では穀物や豆類が栽培されますが、丘や山の斜面、特にサマリア・ユダ山地の西側のやせた険しい土地では、オリーブやブドウが栽培されました。

ヨルダン渓谷は山地よりもさらに厳しい乾燥地帯ですが、ところどころにオアシスがありました。また、山地、特にサマリア・ユダ山地の東側斜面や、南のネゲブ砂漠との境界あたりでは羊や山羊の放牧も行われていました。

おまけ
パレスチナの中心地エルサレムを京都に見立てまして、聖書によく出て来る地域までの距離(直線距離ではなく移動距離)をおおまかに見てみましょう。

エルサレム=京都、サマリア=奈良、ナザレ(ガリラヤ)=和歌山、ガリラヤ湖=淡路島、ダマスクス(シリア)=広島県の福山、アッシリアの首都ニネヴェ(メソポタミア上流部)=屋久島、バビロニアの首都バビロン(メソポタミア下流部)=沖縄本島、ペルシャの首都スサ=台湾の台北

フェニキア=鳥取の倉吉、アンティオキア(パウロの拠点)=山陰沿いに進んで下関、マケドニア(ギリシャ北部)=下関から釜山に渡りソウルから陸路で北京、コリントス(ギリシャ南部)=ソウルから海路で上海、ローマ=さらに海路で香港

エジプトのナイル河口部=東京、古代エジプトの首都テーベ=青森

ね、意外と距離があるでしょう。大陸は広いですね。

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