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「お前なら、気付くのか?」

大学生だった私が都内の某ホールにてアルバイトに勤しんでいた頃だから、おそらくは2000年前後のことだと思う。

Web検索しても出て来ないので記憶の限り書いていくが、静岡県熱海市のホールにて、暴力団員の男がスロットコーナーの過半数の台の下皿に数枚ずつメダルを置き、これらは全て自分が確保している台だ、文句があるならいつでもかかってこいと威嚇した上で、店から退出する交換条件としていわゆる“みかじめ料”を得ようとする事件が発生した。

数時間にわたる営業妨害と不当な要求に対してホール側は毅然とした対応をし、この暴挙は全て監視カメラで録画されていたことが決め手となって結果的には警察が出動して御用となった。

当時ぱちんこ業界で話題になったのは、この後のことである。施設管理者からの退去の求めに応じなかったことによる不退去罪、或いは恐喝罪などになるのかと思われたところ、数ヵ月後に静岡地裁での初公判で求刑されたのは「組織的犯罪処罰法違反」という実に仰々しくまた真新しいもので、同法の適用はこれが全国で初となった。

法令がどうのというよりも私はこのとき、なんと馬鹿な暴力団員なのだろうと、そう思っていた。ホールを強請ゆすって金を出させ、尚且つ自分の身の安全のことも考えるのであれば、こんなに目立つようなことはせず店長に狙いを定めて脅すだとか、そういう選択肢をとれば今後も継続的に小遣い稼ぎが出来ただろうに、と。

そしてまた、こうも思った。ひょっとしたら暴力団員というのは、相手を恐怖させればどうにかなる、そういう短絡的な思考回路を持った出来損ないなのかもしれない、と。

市井の人たちからの畏怖の念、自己満足感、金、組織内での高評価、数え上げればきりが無いことだろうが、とにかく最も手っ取り早いやり方でより多くのものが欲しい、それが裏社会の住人の本性なのかもしれないと考え、そしてそのようなことを考えたこと自体をすっかり忘れて十年ほどが経った。

田舎から上京してきた若造はその後、適当に挫折していくらかの手応えも得て三十代になり、勤務ホールで店長になっていた。

常連客や出入り業者との、また社内の人間関係においてマネジャー当時よりも相手が自分に対して一定の敬意や緊張感を持って接してくれるようになったのを実感できるようになった頃に、冒頭で述べた事件のことを不意に思い出すような出来事があった。2011年10月、東京都における暴力団排除条例の施行である。

東京のホールは東京都遊技業協同組合という組合組織を構築しており、いわゆる換金絡みのことで暴力団を介入させないためのシステムとしてこれまたいわゆる“特殊賞品”に地金を採用している。

1990年代初頭から2005年ごろにかけて、店舗ごとに異なっていた旧来的な特殊賞品を都内のホール共通の流通品としての地金賞品に変更していく過程において、警視庁生活安全部保安課暴排担当官などは各地域の組合(組合の最小単位であることから業界では「単位組合」と呼称する)の定例会に頻繁に顔を出して行政講話を行い、先人たちの暴排の労苦とそれに対する警察行政のバックアップの歴史を紐解きつつ、暴力をちらつかせた威嚇に決して屈しないことの重要性を説いた。

私は組合の資料で東京におけるこういった暴排の歴史を学び、新たに施行された暴排条例についてもなるべく早くその内容を把握するように努めた。

ちょうどその頃、この条例について、自店の常連であった”自称・元ヤクザ”の年配客と話し込んだことがある。こういうお客さんは、このくらいの時期までは全国各地のどのホールにも一人二人は出入りしていただろうと勝手にそう思っている。

幸いにして会話の内容を克明に覚えているため、そのまま書いてみる。その常連客のことは、ここではまあ、”勇さん”とでもしておく。

私「組合の方から、新しく施行される暴排条例のことについて通知が来ています。引退したヤクザでも何か影響を受けたりするんですか?」

勇さん「俺には何もないな。ここで毎日パチンコ打って、神輿担ぐときに呼ばれて顔出して、それだけだからな。まあ暴排っていっても、パチ屋は何も対策してないだろ。自治体はもちろんホテル・銀行とか、そういうところは結構前からガッチリ対策してるぞ。公正証書を取ろうと思ってもできないから、若い連中は虚偽で養子縁組して取得するとか、いろいろやってるみたいだけど」

私「今回の条例で、思い出したことがあるんです。昔、熱海の小さなパチ屋に何時間か居座って金出せオラみたいなことをやってとっ捕まって、当時施行されたばかりの組織的犯罪処罰法違反になった暴力団員が居たんですが、ああいうのはどういう考え方でやってるのかと、長いこと、ずっと気になっていたんです。リスクを少なくして、なるべく長期間にわたって金を出させ続けるなら、店長の弱みを握って強請るとか、古風だけど換金所前で待ち伏せして特殊賞品を売却しに来たお客から取るとか、いろいろあったと思うんですが」

勇さん「お前はいい奴だけど、ひとつダメなところがある。どこかで人を舐めている。そういうのは、わかってしまうもんだ。輩だろうがなんだろうが、相手は人だぞ。余計なことを言い過ぎるなよ。まあいいや、何を考えてるか?たぶん、お前が思ってる通りだ」

私「それだとやっぱり、特に深いことは考えていない、ということになります」

勇さん「暴力団、ヤクザ、まあどうでもいいけど、そういう輩は決して、お前が思ってるみたいに頭の造りが悪いわけじゃないんだ。他には、やれないだけなんだよ」

私「選択肢が無い、ということですか?」

勇さん「まあ、そういうことだ。生き方みたいなのが普通はいくつかあるんだと思うが、ふと気付いたら、他に無くなってる。そいつの歳がいくつかは関係なしに、気付いたら、その生き方・やり方しか無くなってるんだ」

私「どこかで気付かないんでしょうか、人生のターニングポイントみたいなものに」

勇さん「お前なら、気付くのか?」

私「…わからないです」

勇さん「それでいいよ。まあ、他にはやれない奴だから、いつまでにいくら金を用意しなきゃならんが手持ちがない、どうしようと困ったときに、目の前にあるちっぽけなパチ屋なら追い込んだら金出すだろうと考えて、あとはもう迷わずその通りに実行した、そういうことだと思うよ。デカい店じゃなかったんだろ?」

私「50台くらいのスロットコーナーで暴れた事件だったかと記憶しています。任侠というとまたちょっと違うんでしょうが、暴力団とかヤクザとか、そういう人たちからは、舐められたり弱みを握られたら終わり、みたいなことなんでしょうか」

勇さん「そうだな。覚えておくといいよ、一般人とそういう輩の違い」

私「何でしょうか?」

勇さん「いける、やれると思ったら”躊躇しない”んだ。お前も店長なんだから、絶対に舐められたらダメだぞ。でも、本当にヤバそうになったら、自分で頑張ろうとするな。警察にやらせろ。そういうのは連中の仕事であって、お前の仕事じゃない。取引関係上、絶対に相手にするなというのはわかるけど、国だとか自治体だとかは“社会の敵”にしたんだ。だから、それに伴う揉め事のケツは、そいつらが拭けばいいんだよ、お前は頑張り過ぎないで警察呼べばいいんだよ」

———ざっと、このような会話だった。

その後更に十数年が経ち、ホール営業の現場からは”自称”や”元”も含めて裏社会風の遊技客が目に見えて減っていった。

それが遊技人口自体の減少による作用なのか、社会における暴排の取り組みが奏功したことに関係するのか、それら両方なのか、ここでは深く考えないことにするが、いまのホール営業においては毅然とした対処をしなければ店の存続そのものが危うくなる、というくらいの緊張感を持ってまで営業現場に臨むような場面は、まずなくなったように思う。

そういった観点ではやはり、ぱちんこ業界は”健全化”して来たのだなと思う一方で、ホール軒数も遊技人口も名機と呼ばれるような遊技機も、現在進行形でどんどん減っている。

その縮小・減少に対して、スロット爆裂4号機時代にバブル的に拡大した業界規模からの当然のシュリンクやホール・メーカーの経営力という土俵での適正な淘汰などといった尤もらしい言葉で説明がなされているが、様々な属性の大人たちや背伸びしてそれに参加しようとする若者たちを強烈に魅了するものとしてのパチンコスロットは、ターニングポイントがいつだったのかすらも同時代的には気付かないまま、全く別の何かに変容してしまったのかもしれない。

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