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辿り着いた喫茶室と、飲めなかったミルクチャイの話


大好きな豆腐を買いに行き、ルンルン気分で車に乗り込んだ、休日の午後。
助手席へ置いた豆腐を見ながら多幸感に包まれていると、あの喫茶室に行きたい、と、ふと頭に浮かんだ。
〈喫茶 空豆〉。
席は3席のみ、席は窓のほうを向いていて、緑豊かな公園を見下ろせるようになっている。
“ひとりでゆっくり“本を読めるような、こじんまりしたそんな喫茶室だ。
外は寒く、車をひとりで走らせていたわたしのバッグには、文庫本が一冊。

迷うことなんて、きっとなかった。

ナビをセットし、車を走らせ、急ぎで向かう。
急ぎというのは夜に一件先約があるからで、そのため、あまりゆっくりできないことは悲しいかな決定していた。

午後3時30分。車を走らせ、喫茶付近の駐車場へ車を停める。
わたしの足は心とぴったりくっ付いて、駐車場から外へ出ると、堪らず銀杏の上を走り出した。
枯れ葉を踏み締めるたび、銀杏は足元でさくさくと可愛い音を立てる。
もうすぐ秋が終わる。冬が近づいている。
季節が終わる瞬間は、寂しいはずなのにどうしてこんなに気持ちが高まるのだろう!
楽しくなった私は、枯れ葉を踏みながら喫茶室へとパタパタ走った。


そうしてすこし走った先、朱色の壁と階段と、ちいさな看板が目に入った。
気を付けていないと見失ってしまうほどの小さな看板(看板というより表札のようだった)に一抹の不安を覚えながらも、よし、と声に出し、階段を登ってみる。

朱色の壁に、グレーの階段、薄い照明が照らす空間に、幅の小さな段差が続く。
心細くなりながらも登っていくと、身長より低い、暗めの木の引き戸が現れた。


午後4時15分。
「このミルクチャイを、アイスで」
そう店員さんに伝えると、低く柔らかなソファに優しく座った。

席には一冊の本と、小さなオブジェ。
隣には大きくすくすくと育った緑が凛と立っている。
心地のよい喫茶室の雰囲気を身体に吸収したくなって、スーッと大きく深呼吸をした。

午後4時30分。
携帯のアラームが小さく鳴る。
次の先約のため、喫茶を出なければいけない時間だった。
私が来た時お店がちょうど混んでいたため、手元にはまだミルクチャイは届いていない。
「すいません、帰ります……。」
チャイがまだ注がれていないことを確認し、次の予定があること、そしてまた必ず来ることを店員さんに伝えて店を出た。

ミルクチャイが飲めなかったこと、飲まずに出ることになった申し訳なさを抱えたまま。

また必ず行こう。
今度こそ、ミルクチャイを飲みながら、小説にゆっくり浸る時間にするんだ。
きっと、近いうちに。

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