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(5)ドッペルゲンガーの恋【いまだすべての恋が思い出にならない】

はあちゅうさんの新刊「いつかすべての恋が思い出になる」の表紙アイテムを、いまだすべての恋が思い出になっていない私が代表を務めるshyflowerprojectが手がけさせていただきました。

これを機に、すべての恋を思い出にしていくために、一旦思い起こせる限りのすべての恋と向き合ってみる連載をはじめました。長短、濃薄、ひどいやつ、かわいいやつ、様々な種類の恋を、眺めてってください。
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ドッペルゲンガーの恋


彼と私は顔がそっくりだった。

夫婦は似るというが、私たちは出会った瞬間から似ていたし、結局50日くらいしか、時間を共にしてない。

センター試験本番直前の冬に出会った。
受験生であるわたしたちはふたりとも、出会ったと同時にエアポケットに入ったように、受験の正念場、ふたりの世界に急降下していった。

彼はレベルが高くはない中高一貫の男子校に通っていて、ブランド物のマフラーを巻き薄く「90年代・トレンディ」と画像検索したような長髪。大きな声で話す自信家だった。彼が最も特徴的だったのが誰かと1対1で話をするとき、ハッキリとした二重の目で、瞳孔の奥を捉えるようにこちらを直視すること。だけどこれは私の癖でもあったので、私達はふたりで話すとき、お互いがっつり見つめ合っているようになった。

私と予備校で仲のいい男友達のYが、この彼と同じ高校でいつもつるんでいたらしい。11月からの冬期講習だけに参加しに来ていたこの彼がはじめて予備校にきた日「え…ふたり、似てね?」とYが我々を引き合わせた。

Yは顔も髪型もダビデ像、ハーフモデルのような顔なのにいちいちリアクションが大きくお調子者で、物凄くいい奴なのだけど、女子高生にはモテないタイプ。Yと私の関係と同じく、Yは彼を純粋な友人として紹介してくれたのだと思う。

だけど、顔のそっくりな私達は、気付いたらよく2人きりで過ごすようになった。すべての授業が終わって他の生徒が自習室で勉強に励む20:00-21:00頃、ほとんど生徒が使わない階段の踊り場で、たわいもないことを話した。

自習室に戻ればみんな血走って過去問を開いている。
勉強に関係ない話を、出会ったばかりの、ややモテそうな男子高生とするだけで楽しかった。

Yを含めた友達みんなでいるとき、私達はいつも体のどこかがひっつくほど二人だけ近かったし、お互いそもそもボディタッチの多い人種だったので笑いながら肩を叩き合ったりした。予備校でお互いを見つけるとどちらかともなく躊躇なく踊り場に向かっていたので、お互い好意があることは認識し合っていたと思う。

だけど、いざふたりきりになると、見つめ合う私達の距離は、いつも階段3段分くらい離れていた。

よく、「受験が終わったら外でご飯食べに行こう」と話していた。
お互い決定的な恋愛関係には発展しないようバリアを張り合っていた気がする。だけどわたしは、いっそそれを突破してきてほしいと願ってもいた。それまでの恋愛だったらここまで何日も意図して二人きりで過ごしていたら、確実にキスはしているし付き合ってるよなという感覚だった。しかも何度か過去の話を聞く限り彼は私よりよっぽど恋愛においてフットワーク軽そうだったし。じれったくも感じていたが、受験前ってよっぽど大事な時期なんだな、意外と慎重で真面目なんだな、と大事にされているようにも感じていた。

一度だけ、階段3段が、0段になった日があった。
出会って一ヶ月くらい経った頃だったと思う。

その夜、冷えた踊り場で、彼のマフラーを借りる流れになった。
受け取ったブランド物のそれを私が適当に自分の首に巻いたとき、彼が2段登り手を伸ばしそれを巻き直そうとしてくれた。正面を向き合ってそこまで近づいたのが初めてで、マフラーに顎が埋まったまま私は3秒くらい、彼を見たまま固まった。その時、彼がもう1段あがり(つまりその差0段)今でいう壁ドンをするように両手で私を壁に押しこんだので、キター!と思いつつ驚いた顔をしてうっとり待機していた私だったが、彼は、数ミリ差で目を合わせた直後、冗談みたいに笑って離れた。

今まで、好意は感じていたものの決定的な出来事や証言がなく確信ができなかったけど、その日を境に私は「完全に受験さえ終われば100%彼女」と思うようになった。それから数日間、踊り場だけでなく、誰もいない教室でふたりで過ごすようにもなった。

その期間が「数日間」だったのは、
ある日を境に二度と会わなくなったからだ。

その日私たちはいつも通りふたりきりの教室で過ごしていた。ホワイトボードの前で、机にお尻を乗せて、メールを打っている彼の横に、なんとなく座って、画面を覗き込んだ。メールの相手が男友達だったので何も抵抗せず文章を打ち続ける彼。すると、背中と胃の間がぎゅっと誰かに握り潰され穴を開けられそこに氷を入れられたようにスッと私の体は凍った。

「す」と打てば「好きだよ」、「あ」と打てば「あいたい」、「か」と打てば知らない女の名前が、【予測変換】の一単語目に表示されていた。これまで毎日のようにメールのやり取りをしていたけど、私にそんなメール、送ってきたことはない。問いただすと、慌てることもなく、ああこの時がきたかという落ち着きで、しばらくの無言の後「元カノ」と言った。

部屋を飛び出しYを探した。元カノとメールしてたんだけど!好きとか言ってるんだけど!と叫ぶ私を廊下の隅に連れていくいつも優しいY。困った顔で、「うん、あ、うんそうなんだ、ごめん」と謝ってきた。Yは初めから知っていた事実を申し訳なさそうに話してくれた。私の知らないところでそのころ地球は毎日毎日以下のように回っていた。

<毎日の登場人物スケジュール>

私と彼 … 毎日20:00-21:00まで二人で会う
私   … 21:00に予備校を出て自転車で家に帰る(門限の都合)
予備校 … 21:30に閉まる
Y … 21:30に彼と共に予備校の外に出る
彼   … 21:30に毎日赤いベンツで元カノが迎えに来る (!!!!)
Y    … 二人に手を振り一人で帰る

センター試験10日前だった。
私はショックで荒れ狂う自分の動力をすべて勉強に爆発させた。予備校で彼とすれ違ったかもしれないが、自習室を出るのはトイレの時くらいで、一度も気づかなかった。

センター試験当日、会場で彼の事を思い出しそうになったら、切り替えるため壁倒立した。私は、想定よりかなり上の偏差値の大学に入り、彼は想定よりかなり下の偏差値の大学に入った。

Yとは友人の結婚式でたまに会う。相変わらずいい奴のまま、彼の話はあえて一度もしてこない。

……という恋愛もこれを読めば思い出になるよー!!という、失った恋が1つでもある人間にマストな1冊「いつかすべての恋が思い出になる」2/24、今日!!!!!!!発売だよー!!!!!!キャンペーンもあります!詳しくは思いの詰まったはあちゅうさんのnoteで!!

(バナー写真 :本表紙より 撮影yansuKIMさん)

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