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泥の視界で生きる者へ

高校二年生のとき、ナチュラルにいじめられていたのかもしれないと、今なら認められる。

だけどそれはドラマで見るようなトイレの個室に水をぶちまけられるようなものではなくて、一緒に過ごしていたはずの主要女子たちが私以外のメンバーでコソコソ集まるようになったり、そんな空気を読み取った男子達がわたしには話しかけづらそうにしていたり、なんというかなんとなく、本当になんとなく、だけどハッキリと、「ここには誰も仲間がいない」ことを毎日突きつけられ、わたしは教室の一番端の席でカーテンの中にくるまりながら小説を読み、休み時間は隣のクラスの友人と多目的室で、ふたりエッチを読んでた。つまり、教室の中でだけ、わたしは孤独だった。

助けを呼べるほどでもない、地味な孤独。

そんななかわたしは、ある日の授業中。その教室で〈倒れてみたい〉という衝動を抑えきれなくなってしまった。

それは、3歳の頃に祖父の家で、家の中で運転するおもちゃの汽車に乗りながらわざと玄関の階段3段をバックで落ちにいって骨折したときに、限りなく近い気持ちだった。インスタントに、心配や注目を手に入れたかった。

あのとき、3歳の自分の視界をはっきり覚えてる。わざと、じりじりと、うしろむきに、階段ににじりよって、一気にグラッと後輪が落ち、視界が天井をあおぎ、そのままゆっくり落ちて、肘を打ったのだ。(余談だが、この骨折はこのとき数ヶ月のギプス生活で治りきらずその5年後の小学生のとき再度複雑骨折という名で進化し、手術で完治させることとなる。そしてさらに余談だが去年わたしの息子が全く同じ箇所に同じ怪我をして手術することとなる。)

高校2年の教室に戻る。
あの日わたしは、倒れる為わざと過呼吸になろうと、息を吸いまくった。
ストレスがある人が過呼吸になって、酸素が増えすぎて手足が痺れて倒れるという現象があることを知ってから、どうしてもやってみたくなってしまったのだ。なんだか私にも出来そうと思える、悲劇の自作自演劇場を。

教室のほとんど真ん中。
前から2番目の席だった。しばらく酸素を吸いまくってみると、手の先に痺れを感じ手応えを感じられた。苦しそうな顔も作った。歴史かなにかの授業だった。手だけでなく足も痺れてきたように感じてうまくいった気がしたが、全然意識は遠のかなかった。でも、一度乗りかかった船だ、みたいな気持ちになり、わたしは意を決して、椅子のまま、前にぐらっと倒れて見せた。

はじめての挑戦に、緊張して、興奮していた。だから本当に意識が飛んだかと思った。でも、ただ本当に人前で嘘を演じる事自体に発表会のように心臓が高鳴っていただけで、床で半分つぶる視界の端にはハッキリと、苦手だったけど仲良くなりたかったMくんの顔や、ヒーロー的なTくんの顔が確認できたし、なによりわたしを、確実に孤独に貶めた首謀者であるRの声も聞こえた。みんな授業を中断し立ち上がり私を囲み一通り心配してた。わたしは、仰々しく担架で運ばれた。達成感でいっぱいだった。

保健室の先生は、たぶんわたしの茶番に気づいていたが、心配してくれるふりをしてくれた。当時わたしは失恋した直後でその保健室に泣きに行く常連だったので、保健室にいるのには慣れていた。だけどもう、ただ連日自主的に保健室に入り浸っているだけでは誰も心配してくれないから、ドラマティックに担架でたどり着きたかったのかもしれない。

あの日、たぶん先生全員が茶番を見抜いていたのだろうか、授業中に倒れたというのに親にすら連絡は入らなかった。今思えばなんて恥ずかしくて、必死で、かわいいのだろうか。でもそれは、今思えばだ。

なにがいいたいのかというと、ハッキリと嘆くことができないくらいの、地味な、嫌なことって、本当に、雨の日の靴に入り込んでくる泥水のように、じわじわと心を責めてくる。わたしには幸運なことに、その茶番まるごとを包み込み心配の目を向けてくれる心のやさしい先生もいたし、ずっとわたしの話をきいてくれる友人たちが別のクラスにいたから良かったけど、そんな存在がいなかったらと思うと恐ろしい。

地味で誰にも嘆くことのできない、そんな苦悩を抱えている人がいたら、何か力になりたいなあと思う。そして、わたしがあの頃カーテンに自分をくるみながら、泥の視界の中でむさぼるように希望として読んでいた、数々の小説のような、あんな作品が、小説じゃなくても、書けたらいいなあと思う。今はもうすっかり、誰かを少しでも救いたいモードになってしまった。誰かに救われる事ばかりを渇望していたあの日の自分と、比べると、変化しすぎてもう何人分も生きてきたような気持ちにさえなる。

雨の日は、心がタイムスリップしやすい。あの日のわたしが寝たふりをする保健室のカーテンを開けに行って、未来の君はあなたの一番の理解者だよと告げ口したい。

大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫と耳元で100億回言いたい。

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