バックネットから

魂の行くへ

今朝目覚めたとき、寝床に横臥した目の先に額に入った一葉の写真があった。というより、その写真からの視線に呼ばれるように起こされた感じだった。

その写真はドリームフィールドで撮影されたもので、京都から遊びに来てくれた草野球チームのメンバー5人とホストチームのコーンズとの合同チームで試合をしたあとの記念写真だ。

このグラウンドでは数え切れないほどゲームを遊んだし、同様の写真も多く撮っていた。
なかでもこの写真はお気に入りで、こに写ったメンバーが、みんな穏やかないい表情をしているのだ。

遠来の京都からのゲストに敬意を表して、彼らのうち4人が前列に並ぶ。その後ろの中央にもうひとり若いお坊さんがいて、その後ろにコーンズのメンバーが中腰で控えている。

しばらく寝床からこの写真を眺めていて、ある感慨に浸っていた。
というのも、この写真前列に並んでいる京都からの4人のうち3人がすでに鬼籍に入られていて、それも左から順番に逝っていたからだ。
そしてそのうちのふたりは、後ろのお坊さんの読経で送られていた。

その規則性に運命的なものを思って、あらためてその写真に見入った。

背景には手作りのスコアボードがあって、そこに試合のスコアが残されてあった。
試合は僕たち先攻のコーンズが4対6で負けていた。つまりスコアボードにある数字の合計は「10」。その前に写っていたのがコーンズのメンバーを含めて計10名。そしてその写真を撮った僕の背番号が「10」。

つまりその写真には「10」の意味がシンボリックに秘められている。そうとも取れるのだ。

数にはそれぞれに意味がある。それを詳しくは知らないが、なんとなく感じるものはある。
「10」はたぶん「上がり」だ。数としては一区切り。
そのひとつ前の「9」は足しても掛けても「9」の連鎖から脱しない陽数で、つまりここまでの繰り返しで物事は輪廻している。

この輪廻を脱して「10」の世界に入ると「解脱」となる。

そう考えると、ここに写ったメンバーが解脱すると捉えることもできるが、ほかのコーンズのメンバーを見れば、それはないだろう(笑)。

いままでに鬼籍に入られた3人、あるいはもうひとりを含めた4人を、若いお坊さんとともに僕たちが見送る。その記念写真をあらかじめ撮っておいたという見方もできる。

ドリームフィールドのセンター奥には、「シューレス・ジョーの橋」が架かっていた。あの世から野球の魂たちを迎えるための装置として、三途の川ならぬ小さな川に渡したものだ。

その先には遠く山稜が重なっていて、山中他界からそれらの魂がやってくることがリアリティを持って観じられる光景だった。

シューレス・ジョーの橋があの世からの魂を迎える装置だったとすれば、当然、あの世に送るものでもあったわけで、写真の中の3人もこの橋を渡ってあの世に行ったのかもしれない。

その一人目となったTさんが逝った際、ある雑誌にコラムを書かせてもうらうことになった。
その時ふと思ったのが、ドリームフィールドという野球場をつくることになったきっかけとかモチベーションのなかに、もしかして彼を見送ることがあったのではないかというひらめきだった。

彼の旅立ちのために、あらかじめドリームフィールドを僕はつくったのではないか…、と。

万葉集で詠われたところの「中山」。山中の他界に向かうための中継地のような性格が、もしかしてあの野球場にはあったのではないか、という不思議な感覚をそのとき覚えたのだった。

衣笠さんが亡くなられて、きょうで47日になる。今このパソコンを打っている壁面を見上げると、目の前に遺影にさせてもらっている衣笠さんの写真がある。
ドリームフィールドで始球式をしていただいたときのもの。そのマウンドの先にはシューレス・ジョーの橋が架かっていて、衣笠さんもそれを渡って行ったのだろうか、いまそんなことを思っている。

時の回りは「7」だから、7と7をかけた49日で中有を巡る魂の旅の時間も終わる。そして、この日までに魂の行き先は決まると言われている。
もし解脱して輪廻を離れなければ、またふたたび生を享けてこの世に蘇ってくるのだ。

その日まで、あと二日。

正とか悪とかのカルマの結果としてではなく、ビビッドな魂の働きとして、衣笠さんはシューレス・ジョーの橋をもどって、またこの世に生を享けるような気がしてならない。

もちろん愛した野球を、ふたたびするためにー。

もしそうだとしたら、衣笠さんの魂は果たしてどこにどんな命として生まれてくるのだろうか…。

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