チケット狂騒劇

きょうが東京オリンピツクの抽選申し込み受け付け最終日だというのを思い出してサイトをのぞいてみた。

そしてびっくり。
「やれやれ、オリンピックよ、お前もか!」

最終日ということもあるのだろうが、オレの前に12万人が待機しているって?
あるいは、最終日にもかかわらずそれだけひしめきあっているというのか?

そのオレはといえば、別にチケットを買いたいわけではないから、そんなヒヤカシも含めてのことなのだろうが、それにしてもだ。

カープの抽選券にしてもそうだったが、われわれは、なんだかチケットにふりまわされてばかりいるようだ。
というより、じつは「ふりまわされたがっている」ということもあるのかも知れない。

日々の生活の中で自分の立ち位置がわからない。いや、その立ち位置を認めたくない。
それで思いっきり理不尽な力で右往左往させられることに無意識に快感を覚えてでもいるのだろうか。

そうとでも考えなければ、このようにあっちでもこっちでもチケットごときに翻弄されている事態を理解できないではないか。

まるで一片のパンを奪い合うがごとき「あさましき熱情」。
いま一片のパンには不自由しないわれわれは、その代替物としてチケットに群がり寄ってしまうのだろうか。

拙著「ズムスタ、本日も満員御礼!」では、さすがにそこまで突っ込んで検証することはなかったが、確かにチケットを求める側にも問題なきにしもあらずだろう。

カープのチケット販売と較べれば、よりマシな方法論と紹介したが、結局オリンピックも完璧な方法論を採ることはできなかったようだ。
それでも、さすがに国立競技場に何万人もが押し寄せての混乱というのはなかった。

カープの不手際、ここに極まれり。
それがオリンピックの事例でさらに補強されたということか。




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