矯正を強制

『お箸を持つ手が右、お茶碗持つ手が左』
幼稚園児の時に、右と左を教わる時に言われたが、僕にはそれが通用しなかった。
何故なら当時は左利きだったのだ。
だから、左右を指示されてもあべこべのことをやってしまっていた。
そこで、幼稚園の先生は考え込むのだ。
『ねぇ、助三郎くん、お箸はどっちで持つの?』
左手を上げる。
この教え方が通用しないとわかる。
普段から左手で箸を持つ子供には。
そんな頃に、星飛雄馬や番場蛮が左利きだと知る。
さらには世界の王貞治も左利きだと知る。
『すげぇ...王選手と同じなんだね』とおともだちたちが褒め称える。
さらには、左利きがカッコイイとまで昇華する。
そんな動きが幼稚園の先生には面白くないのだ。
当時は『利き手の矯正=しつけ』がまかり通ってた時代だった。
左利きは悪、しつけの失敗とか、そういった風潮があった。
『周囲の子たちが真似して困ります』と言い始めたから飛んでもないことになった。

飯の時間は『恐怖の時間』
今まで何も言われなかったのに両親が豹変する。
左手で箸を持とうとすると、左手を叩かれる。
家でお絵かきしよとして鉛筆やクレヨンを持っても然りだ。
ボールやバット、グローブだって然り。
慣れるまで1~2年はかかったはずだが、子供の1年は大人の数倍も長く感じる。
それは長くて苦痛でしかない。
その影響は様々な面で尾を引く。
何かをしようとすると考え込んで『ワンテンポ遅れる』のだ。
発想が左利きだから、いちいち右利き用に変換しなければならなかった。
それがもどかしくて『王選手が良くて、なんで僕がダメなんだ!』ってキレた。
ところがギッチョンチョン。
王貞治氏は箸と鉛筆は右だったのだ。
間の悪いことに、テレビでそれを見せつけられてしまい、あえなく撃沈。
いつしか左利きだったことさえ忘れてた。

ある日、左利きダイエットを思いついた。
箸を左手で持てば、慣れない故に不器用でゆっくり食べる羽目になり、時間をかけた食事が出来るという安易な発想だった。
しかし、それを見た親が一言。
『お前、意味ねぇぞ。ぎっちょだったの忘れたのか?』
『あ...』
忘れてたってだけじゃなかった。
飯粒も豆粒もつまめて右手で箸を持つのと変わらなかった。
当時と違うのは左手で持っても怒りもしなければ手も叩かれなかった。
これ幸いとばかりに今となっては気分に任せてる。

今思えば...あの当時は右利きにしなければ不都合なことがあったんだとは思う。
しつける側の親や教師たちからしたら。
子供側の都合ではなくて、『大人側の都合』だったのだということだ。
教えようにも大人たちは左利きじゃないし、右利きが前提でなければ進まないのだ。
矯正の過程が発達にかえって悪影響を及ぼすということをわかってなかったんだろう。
ただ...やっぱりあれは一歩間違えば虐待になりかねない。
ちっちゃな子供で左利きであったとしても、別段驚きもしない。
それが楽で都合が良いなら矯正する必要などない。
世界の天才は左利きが多いという事実を引き合いに出して、それを大事にせいと発破かける。

今は感覚を取り戻してみたり、使い分けてみたりして、両方使えることで行動も幅が広がっていることが面白くなっている。
ただ...自分が通って来た嫌な思い出は、これからの子たちには味わせたくはない。

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