東京の「形」に魅せられたイラストレーター(前編)

*The English version of this article can be found here.

海外から日本にきて、仕事をする。しかもフリーランスで。それは誰にでもできるようなことではない。その国に住んで、働こうと思うまでにはそれなりの経緯があるはず。

数年前、お互いに行きつけのカフェでひょんなことから知り合ったイギリス人のアンドリューさんに、改めてゆっくり話を聞いてみたいと思い、インタビューを敢行しました。アンドリューさんは日本語も話せますが、やはり言いたいことをきちんと話してもらうには母国語のほうがいいのではと思い、英語でのインタビューとなりました。というわけで英語版も後日、公開します。

Andrew Joyce(アンドリュー ジョイス)さんは、日本在住のイラストレーター。街の景観や風景イラストを中心に、地図や手描き文字や人々など幅広く絵を描かれています。その仕事は日本のみならず、母国のイギリスや他ヨーロッパにもわたり、ユニクロや明治、無印良品、エルマガジンなど大きな仕事を抱え活躍されています。

※今回の記事の挿画は、すべてAndrew Joyce(アンドリュージョイス)さんによるものです。

アンドリューさんはどういう経緯をたどって、今、日本でイラストレーターの仕事をしているのでしょう?その道のりには、イギリスの独特な教育システムが可能にした「さすらいの旅」が根底にあるように思えました。その旅の途中で、日本に魅了され、すっかりつかまってしまった漂着してしまったアンドリューさん。少しずつ紐解いていきましょう。

ーいつから日本に住んでいるんですか?

日本人の奥さんとともに日本で暮らし始めたのは、2011年頃から。大学を卒業したあとにイギリスで2010年に結婚して、どこで暮らそうかと考えていた頃、経済状況も悪い時だったから、ロンドンで暮らすとなると東京の3、4倍くらいお金がかかるとわかっていた。イギリスでイラストの仕事をしはじめていたけれど、まだ安定していなかったし、日本にくることはリスクもあった。でもそれ以上に現実が押し寄せてきたというか、お金もキャリアも今後のためには必要だったし、前に進まないといけないと思って、その時は日本にくるのがいいという決断をした。とにかく前進することが、いい選択になるっていうこともあるね。はじめは日本で英語教師の仕事をしながら、イギリスからのイラスト仕事を受けつつ、日本でのイラスト仕事も徐々に増やしていった感じかな。

いつも「オンライン」でいるようにしている

ーはじめはイラスト専業じゃなかったんですね!

結婚していたのでビザは問題なかったけれど、生活に必要なお金を確実に稼ぐ必要があったから、英語教師の仕事をフルタイムでしていた。仕事の休憩時間や、帰宅後や、出社前の朝の時間に、イラストの仕事をしていたから、仕事が増えてきてからは本当に忙しくて。2013年の終わり頃には英語教師をやめて専業のイラストレーターになったんだ。

ーどうやって日本で仕事を増やしていったんですか?

イギリスでのイラスト仕事は定期的なものもあったけれど、日本では自分で1から繋がりを作り始める必要があった。いろいろなコミュニティに顔を出して名刺を渡したり、クライアントに会って仕事集を渡したり。今は日本でも2年ほど前から代理店に所属はしているけれど、その他にも個別の問い合わせがきて直接している仕事も多い。以前のような営業活動はしていないけれど、今でも大事にしているのは、いつも「オンライン」でいること。今こんなことをしているよ、と常に活動を更新してみせることで、クライアントも僕の仕事を見返すことができるし、作品を覚えていてもらえる。

ーご出身はイギリスですか?

僕はイギリスの中でもウェールズ地方に生まれて、父親がイギリス空軍(RAF)で働いていたから、2年ごとに転勤があるような家庭だったんだ。だからアイルランドやスコットランドやウェールズなどいろいろな場所に住んだし、そのたびに新しい学校で新しく友達をつくった。

ー小さい時からいろいろな地を転々としていたのですね。

そう。だからあまり「故郷」というものを感じにくいのだけれど、僕自身は”English”(イギリス人)というよりは”Welsh”(ウェールズ人)だとは思ってる。

大学に入る前の5年間の放浪旅

ー日本に住み始める前の経緯は?

実はイギリスの教育システムは少し日本と違っているんだ。僕の場合は5歳から11歳には初等教育(プレスクール)、11歳から16歳で中等教育(ハイスクール)、それから16歳から18歳でカレッジ、と進学した。中等教育までは、英語、フランス語、数学、ドイツ語…など幅広く教育を受けて、カレッジでは自分の興味を2、3分野ほどを選択できて、職業教育に近いかな。途中で変更してもいいし、柔軟に自分の興味を選択することができるんだけど、僕はアートとデザインを選択した。通常は18歳でカレッジを卒業したあとに、大学に入って専攻を決めて3年間学ぶという仕組み。

ただイギリスでは、カレッジを修了したあとにすぐに大学ではなく、1年間どこか外に出ることが推奨されているんだ。大学に入学を申請して受理されたら、そこから入学を1年待ってもらうことができる。その間外で働いてもいいし、旅をしてもいいし、留学してもいい。世界を知って違う文化を学んでから、大学に入って自分の専攻に集中するという仕組みだね。

ーすごくいいシステム…!

そう。ただ僕の場合は、カレッジを卒業してから大学に入るまで、5年間旅をしてた。

ーえっ、5年間旅を!?自由ですね~(笑)。

1、2年ほどヨーロッパを転々として暮らしていて、キャンプ上でテントを組み立てるアルバイトをしたりとか。そのあとはオーストラリアのホステルで働いたり、日本でも英語を教えに行ったりした。

日本にきたのは、代理店の人にすすめられたから

ーその頃にはじめて日本にきたんですね。決めたきっかけは?

イギリスでは、若者向けの旅行代理店があって。そこでは10カ国の中から行きたい国が選べるんだけど、中でも1年間の世界周遊プログラムに力をいれていて。お店の人に「どこがいい?」と聞かれて、本当にどこでもよかったから、「そちらで選んでください」と言って。それで「日本はどう?」と言われたから、「いいね!」…みたいな具合で。

ー自分で決めたんじゃなく決めてもらったんですか!

そう!だから本当に偶然だったんだ。そのときに初めて日本にきて、すっかり虜になってしまった。すごく快適で、旅もしやすくて。食べ物もなにもかもが新しくて、お好み焼きも焼き鳥も焼肉にも感激して。それから刺身には特にはまったなぁ...。一時期は食べるのがやめられなかった(笑)。そのあとはすっかり日本に夢中になってしまって、折を見つけては、お金をためて、たびたび日本に来ていた。

ーなんでそんなに日本にはまった?

もちろん日本が大好きなんだけど、やっぱり僕にとってはいつも「東京」だったなあ。東京でのライフスタイル が好き。自動販売機もそこらじゅうにあるし、夏場なんかは夜中にも短パンで歩き回れるし。イギリスは気候もあまりよくないからそうもいかない。はじめて日本にきたときにポカリスウェットを飲んだ時のことはよく覚えていて、今でもポカリを飲むとそのときのことを思い出すよ。そういうすごく「懐かしい(Natsukashii)」瞬間が、東京のいたるところにある。歩き回るとすぐに冒険のように、お寿司やさんや居酒屋があったりして、毎日新しいものに出会える。いろいろな場所を旅したり暮らしたりしても、日本で出会うものは欧米諸国のものとは全く違って新しいし。なのにどこか受け入れやすいんだ。多くの外国人がそういう「東京」に惹かれて訪れたり、移住しているんだと思う。

ー新しいけど受け入れやすいと感じるのはなぜ?

イギリスやアイルランドの人々は、日本の人たちと似ている部分があると思う。わりとシャイで新しい人に出会うことが苦手なところとか、心で思ったことを全部出すのではなくて腹の中にとめておくこととか。大学の授業で「曖昧(Aimai)」というものを日本独特の文化として取り上げられていたのだけれど、僕はイギリスの文化にもあると思う。どちらも島国だし、漁村がたくさんあったり、食習慣も近かったり、文化としても共通する部分もあったから馴染みやすかったんだよね。

イラストレーターという職業を知らないままに、イラストを描いていた

ーカレッジ卒業後の5年後、大学に入ったんですか?

そう。24歳でイギリスに戻って大学に入った。旅をしていた頃は自分でも将来何をしたいのかはよくわからなかったんだけど、気がつけばいろいろなところでデザインや看板を見たり、タイポグラフィ(文字を使用したデザイン)を観察したり勝手に考えたりしていたんだよね。スケッチブックに絵もたくさん描いていて、各地で雑誌を買って勝手にその雑誌をイメージしたイラストを描いたりもしていた。まだその頃は「イラストレーター」という職業があることもよくわかっていなかったけど、すでにイラストの仕事でやるようなことをしていたんだよね。それから周りの友達がイラストの勉強をしていることを知って、僕もそれをやろう!デザイナーかイラストレーターになろう!と思ってイギリスの大学に戻ったんだ。

ー大学ではデザインとイラストを?

はじめの1年間ではデザインや写真やアニメーションや映画など幅広く、視覚的表現を勉強して、2年の後半から細かく専攻が別れるんだけど。僕は2年のときに千葉にある大学に留学をして、そこでグラフィックデザインと日本語を専攻したんだ。イギリスに戻って卒業してからは、アルバイトをしながらイラストの仕事を得るために奔走して。その後間もなく幸運にも、今のイギリスの代理店と出会って契約したんだ。

ーそのあとにご結婚、日本へ移住。そこから日本でもイラストの仕事を開拓していったのは本当にすごいですね!

「とにかく続ける」ことが大事だと思うんだよね。大学を卒業して、顧客もいないし、自分が何をできるかわからないし、ときには気の進まない仕事をしなきゃいけないかもしれない。だけど時が経つにつれて顧客が1人増え、そして2人になり。そうやって顧客が増えて忙しくなって、自分の仕事集もいつの間にか立派になってくる。イラスト専攻のクラスメイトは15名くらいいたけれど、今でもイラストの仕事をしているのは僕を含め2名くらい。それは、とにかくイラストをやめずに、描き続けたというだけなんだよね。他の仕事に就くことを選ばずに、とにかく続けた。自分にとってはイラストレーターになる以外の選択肢がなかったから、なれてなかったらどうなっていたかわからないね。だけど選択肢がないからとにかく、難しくても大変でもやり続けた。そういう人たちが大きくなって、イラストレーターになった。そういう流れなんじゃないかなと思う。

子供の頃から様々な地を漂流して、言葉の通り日本へもたまたま「漂着」したような印象を受けるアンドリューさん。日本、中でも東京にのめり込み行き来をするようになり、そこからは強い意思を持ってイラストをとにかく続けていくことで、日本でもイラスト仕事の開拓していきます。なにか突飛な行動をとるでもなく、ひとつひとつを着実に続けてきた結果なのでしょう。

後半では、実際にアンドリューさんの仕事の一部を見せてもらいつつ、今後何を作っていきたいか、どういう絵を描いていきたいか。そんなことを伺っていきます。

おっと、「東京の形に魅せられた」理由についても聞かなくては!

Andrew Joyce(アンドリュー ジョイス)
1983年ウェールズ生まれ、日本在住のイラストレーター。日本やイギリスを始め各国にわたるイラストレーションの仕事をする傍ら、”The Tokyoiter”、”Japanese Words Illustrated”などを主宰する。
聞き手:絵はんこ作家「さくはんじょ」主宰のあまのさくや。誰かの「好き」からその人生を垣間見たい、表現したいという気持ちで、文章を書いたりものづくりをしたりしています。

インタビュー後編は、5/11(金)夜のアップを予定しています。

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sakuhanjyo

スキマインタビュー

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