認知症ではありません? -『時をかける父と、母と』 vol.5

『時をかける父と、母と』ー 若年性認知症の父親と、がんになった母が逝くまでのエッセイを連載しています。

vol.5 認知症ではありません? 

長年の付き合いがある父の主治医は、このころの父の症状を『てんかんからくる記憶障害』としていた。

とはいえ、足元がやや不自由なことや、あまりにも短期的な記憶が抜け落ちること、これは認知症なのではないか? というのは家族がずっと抱いていた疑いだった。父自身は、自分の記憶の弱さや体の不自由さを頑なに認めず、なんでも一人でできるというような態度だった。病院に行くと元気に振る舞う父は、付き添った母にも口をなかなか挟ませない。

父にはとても仲のいい姉・聖美さんがいて、母はよく父の変な様子についてよく聖美さんに相談していた。
しかし自分の弱みを見せるような気になるのか、父は母が聖美さんに父の様子を伝えることも嫌がったし、病院への同行など断固拒否していた。
聖美さんは職業柄医師との会話に慣れていた。また母から細かく父の様子も聞いていたので、ここ数年の父の変化や違和感を感じるようなエピソードを具体的に時系列にまとめたWord文書を作成した。

外来で母がこの文書を医師に渡すと、いままで心配していなかったようすの医師も少し顔つきが変わったという。これ以後、それまで父と中心に進められた外来での会話だったが、医師はしばしば母に意見を求めるようになった。
そこで改めて高次脳機能検査を受けるも、認知症ではないという診断が下りた。
父は、医師にも家族にも、自分は変わったことなどない、元気だ、正常だ、そう繰り返し主張した。

ただ、自分がいろいろなことができなくなってきていることに気づいていないわけではなく、「僕は本当に大丈夫かな」と、後ろ向きなメールを聖美さんに送ることもあった。とはいえそのメールを受信した聖美さんが返信をする数時間後には当人はすっかり忘れているので、素っ頓狂なメールが返ってくるような始末だった。

派手好きな父が地味になった

2015年、父の主治医が休職されたことを機に、自宅近くのクリニックに転院した。しかしそこの検査でも認知症ではなくあくまでてんかんという診断を受ける。家族が抱く認知症の疑いは、なかなか晴れない。

その年の秋、父と母は、弟の大学が主宰するラグビーの試合観戦に行った。
ラグビー場で席を取り、席に父を残して食べ物・飲み物を買って母が席に戻ると、父はそこにいなかった。
驚いた母は父に連絡を取ろうとするが、携帯はいっこうに出ない。待っても戻らない、探しても見当たらない。
数時間後、家に電話してみると父が電話にでた。ひとりで家に帰っていたのだ。後から聞いても、そのときの記憶が一切ないという。

やはり父が、どこかおかしい。

このようなできごとを医師に伝えるも、これも『無意識の行動=てんかん発作』だと言われる。

その頃の父は、もともと不注意な性格があるとはいえ、しょっちゅうものを紛失していた。マフラーや手袋などの小物は当たり前、比較的高価な上着も紛失していた。自身のPCなどの紛失も以前からあった。いつからなのかは定かではないが、父の不注意や物への執着のなさはもともと異常レベルではあった気はしている……。とはいえ、その程度は年々悪化していた。

時間や曜日の感覚はなくなり、日にちは正確に把握できなくなった。
時計をみても早朝6時か夕方6時なのかがわからず母を早朝に起こすことも頻繁にあり、耐えかねた母はいつしか父と寝室を分けるようになった。
歩くのも遅く、足を引きずることもあり、体のバランスも不安定。外出も減り、家に閉じこもりがちになっていった。午前も昼も問わずうたた寝をしていることが増えた。

また一つ大きな変化として、服装に無頓着になっていたということがある。
父はどちらかというと派手好きで、服へのこだわりは昔から強く、値段を見ずに服をバンバン買うタイプだった。

母が買うこともあるが自分で選んでくることがほとんどで、奇抜な配色や組み合わせを選ぶ父の趣味はたまに理解を超えていたが、世の中のお父さんより派手な父のことは、いま考えれば結構好きだった。だから一日中部屋着でいるようになったり、たまに外出しても自分の服に興味を示さなくなった父に気づいたときは、少し悲しかった。

『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋


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sakuhanjyo

時をかける父と、母と

若年性認知症の父と、がんで逝った母について、30代の私が記録したエッセイ。ときどきマンガとはんこ付き。

コメント2件

この文を読んで、フィラデルフィアのバナナリパブリックのマネキンを、ウィンドー越しに見たときのことを思い出したよ。
さくちゃんのお父さんが「最近はシャツを腕までまくるのが流行っているんだ」とかいうようなことをおっしゃっていたのをふと、思い出しました!お洒落なお父さんでいいなぁと大学生ながらに思ったよ。
いわれてみれば、たしかにバナリパをみた記憶がありますね!!流行り指南までしていたとは。派手すぎるなと思っていたこともありましたが、今思うと本当に懐かしいですね。
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