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「THE・新聞配達員」第1話

【あらすじ】

真田の真田による真田のための直樹。
そんな人生を真剣に生きることが出来ない真田直樹さなだなおき
「なにやってんねん!」な物語。

ギターを掻き鳴らす毎日。
バイトは首。
職業はまだ無い。

親の家に住み、
親の飯を食い、
親の車で寝る。

そんな若者「真田直樹」のウンコのような人生とは。

人生を真剣に生きられない若者が辿り着く職業「新聞配達員」。
全人類78億人が一度は経験する職業「新聞配達員」。
天国にも地獄にもなる!そんななめらかな職業「新聞配達員」。

読んだら新聞配達したくなる小説!ついに完成!
全米が泣いた!

出典:スコウスマガジンより

〜ファミリーに捧ぐ〜
この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。

by スコウス



やっと高校を卒業した19歳の秋。
留年したのに、そのまま友達で居てくれる
同い年の友人達。

特に進路は決めていなかった。
親も先生も友人も
飼っている金魚も誰も
次に私が何をするべきかを言う者は
現れなかった。

幸運だ。
信じられている証拠。
もしくは諦められている証拠。
何をしても良いし、何もしなくても良い状態。

そんな責任と責任のちょうど間に
【何もしなくても良い】という隙間があったなんて。
居心地が良いので、しばらくそこで考えに考える。

「次は何をしようか?」

じっくり腰を据えて考える。
石のようなのに布団にくるまって考える。
寝て起きたらまた考える。

寝てるだけなのにお腹が空く。

でも私はまだ若く
自分には色んな事が出来るはずだと信じている。

まだ何もしていないのだから当然かも知れない。
頭の中では何でも出来るのだ。

やれることは無限にあるのに、
まだ何一つやっていなかった。

今日も次は何をしようかと考えるだけの
一日になるだろう。
きっと明日も。

天気の良い日は公園でギターを弾き、
一人に飽きたら友達の家に行く。
刺激が欲しくなったら電車に乗って遠くへ行き、
傷ついたら家に帰る。
そして母親の手料理を断って、外で牛丼を食べた。

物心とは無縁の日々。
自分の気持ちが最優先だった。

しかし先立つ物が必要になるのが人生のことわり
自分の全財産が入っている缶を開けた。
五千円札が一枚ぼっちで
小銭たちの上で S の字になって眠っていた。
そろそろ仲間が必要なようだ。

そんな日々。

私は友人達と車の中でビールを飲みながら歌い
そして歌い飽き、
タバコを吸って吸い飽きて
お腹が空いたけど空い飽きたので、
コンビニに入った。

「そろそろバイトでもしようか。」

大きな独り言を唱えたら入り口のドアが開いた。

行動的になっていた私の波と
タイミングよくアルバイト情報誌の発売日が重なっていた。

コンビニの入り口付近にうずだか
山積みのアルバイト求人雑誌の各紙。
1冊200円。

この時は、
この200円の投資がまさか、
この後の人生を大きく変えるとは
思っても見なかった。

いや、
ビールも一緒に買ったから
合計で400円の投資だった。

そんな人生の幕がようやく上がったような
気がしただけの、始まりの始まり。



何もしていないわけではなかった。
『なにをしてるの?』と訊かれたら
みんなのそれはきっと【職業】のことだろう。

『くそったれのあなたの、くそったれた仕事は、いったいどんなくそ?』
これを略して
『なにをしてるの?』だ。
みんな略すのが好きなのだ。

だからこう答えるしかない。
『全く何もしてません』と。
属性がないという属性の人生。

でも友人たちに
『今日は何をしていたの?』と訊かれたら
何もしていない時間なんて全く無いはずである。

屁理屈でもなんでも無くて
寝ていたのだとしたら、寝ることをしていたのだ。
息をして食事をして見事にトイレを済ます事が出来る。
左右を間違えずに自分で靴も履ける。5歳の時は褒められた。今は19歳。
寝ながら考え事をするなんて、一番の創造的活動だ。

言い表せる事が出来る気持ちはノートに書いて、
言い表せる事が出来ない気持ちはギターを掻き鳴らす。

でも外に出ればいつもバイトは首。職業はまだ無い。
親の家に住み親の飯を食い親の車で寝る。
こんな男にもなぜか友人がいる奇跡。

「そろそろバイトでもしようか」の呪文で開いたコンビニの手動ドア。

ちょうど店員さんがゴミを捨てにお店から出る所だった。
私はドアが閉まる前に体を斜めに入れて店内に入った。

アルバイト求人雑誌を買うことにした。
付き合いの良い友人の常盤木ときわぎ氏は
私のあとからコンビニに入って来てトイレを済ませた後、
雑誌の前でたたずんでいる私の肩をポンと叩いてくれた。
ついでに洗った手が拭けたようだ。

「俺も一冊、買うとするか。」

私は【ヌロム・エー】という雑誌。
常盤木ときわぎ氏は【 han 】という雑誌。
アルバイト求人雑誌の二大巨頭を一頭ずつ脇に抱えた。
今日のは特に分厚かった。

車に戻った。
車の中で足を伸ばして寝ているもうひとりの友人の卯月うづき氏は
女とパチンコにしか興味が無いようだ。
ここのコンビニの店員だったりもする。

私はまだ座席にお尻が着く前にもう雑誌のページを開いていた。
ドキドキする。
お宝を発掘する時の気分と同じ高揚感。
でも宝を探しに出掛けた事は一度も無く、
宝物を隠しに行ったことは何度でもある。

さて雑誌を開いた瞬間だった!
開いたページからまばゆい光が放たれた!
まるで割った竹からかぐや姫が出てくるようだ!
私は眩しくて顔を横に向けた。
そしてちょうど鼻先に卯月うづき氏の足の指!
もう少しで、かぐわしき靴下に鼻が当たるところだった!

少し興奮を抑えられた所で落ち着いて雑誌に目を通した。
おやおや?な、なんなんだ!この巻末の特集コーナーは!
私の買った雑誌は当たりだ!
たしかに最初に雑誌を持った時の手触りが
いつもとぜんぜん違うと思っていたんだ!

運命とはこんな感じでなめらかなのだ!
良い予感しかしない。

当たりの部分だけを読んだ。
巻末の【レアバイト特集】がそれだ。

私は心の中で思った。
さすがはミラクルな友人・常盤木ときわぎ氏だ!
私一人で居る時は何も起こらないのに常盤木氏と居るとなぜか
いつも何かが起こる。奇跡的なハプニングが必ず起こるのだ。
よし、間違いない。これからは【ミラクル・ときわぎ】と呼ぼう。
さてレアバイトを一行目を読んだ。

【時給7カナダドル・住み込み・家賃会社負担・・】

なんだこれは?
わずか5センチ四方の紙に印刷された情報だけで
カナダになんて行けるのか?
そんなバカな!
でも日本に居ながらにしてカナダドルでお給料がもらえるという
新しいシステムなのかもしれない。
そのほうが得なのだろうか。ドルで貯金ってなんかカッコいい。
なんか興奮してきた私。

横と後ろに居る二人に声を掛けた。

「なぁなぁ、これ見て!時給7カナダドルと書いてある。なぜかカナダドルで給料が貰えるらしい。」

またアホなことを言ってると思われているに決まっているので、
雑誌を見せてみた。ミラクル常盤木氏がすぐに応えてくれた。

「ほんまやな。ふーん。広告の小ささが怪しいけどな。でも・・・」
「でも?」
「書いてある事がホンマやったらオモロイな。ええの見つけるやんけ。こっちの雑誌にはあんまりええの無いなぁ。」

かなり前向きな返答だった。
私は目を星にしてから言った。

「じゃあ明日早速応募の電話してみるわ。面接になったら行く?」
「おー。行ってもええで。」

もう一人の友人卯月うづき氏の返答が聞きたくて
鼻をつまんでから後ろを振り向いて聞いてみた私。

卯月づっきんはどうする?行く?面接になったら。」
「俺はええわ。遠慮しとく。」

この二人の返事が、ありきたりの人生の分かれ道なのは
有名でどこにでもある話かもしれない。

もう夜が終わりそうだったので解散して家に帰った私たち三人。


次の日。
昼の1時に家の電話の受話器を上げた。
いや、すぐに下ろした。
心臓がどきどきしている。

たったの一晩でもう求人雑誌はボロボロになった。
求人雑誌が「俺は求人雑誌だぞ!なにか他の雑誌と間違えてないか?」と
嘆きながら言っていた。


電話番号はカナダではなさそうだ。大阪06から始まっていたからだ。
私はさっきから時計をずっと見ながら電話の受話器を持ったまま。
ただひとりきりで心拍数を上げている世界でたった一人の男になっていた。

緊張する。よしっ!今だ!
自分の心の勇気と準備だけの問題だった。
番号を押し切った!受話器に耳を当てた。

プープープー。

あー。やり直しだ。
もう一度受話器を上げ下げしてから番号を押した。

プルルルルー
プルルルルー
ガチャ!

出た!女の人の声で「もしもし」と言っている!ますます緊張した。
優しそうでいて、力強くもあり、なによりも、明るい声だった。

「もしもーし!」

しまった!
私は心の中だけで返事をしていたようだ。ちゃんと声に出さなければ。

「あ、えーっと、もしもしぃ〜」

腑の抜けた声。
どうした?直樹!チャンスを掴み取れ!

「あのぅ、アルバイトの雑誌の【ヌロム・エー】を見たんですけれども・・・」

「はい!お仕事の応募ですね!お電話ありがとうございます!」

ハキハキとした声。
それに見えてないけど、きっと満面の笑顔だろう。
言葉がなかなか出てこない私に丁寧に説明をし始めてくれた。

あらかたの説明を終えてその女性は最後に言った。

「それでは説明会ともし良ければ面接をするので履歴書を持って江坂に来てください。」

「はっ、はいっ!わかりました!あっ、えーっと、すいません!あのー。友達と二人で行きたいんですけど、良いですか?」

やっと自分の声がはっきりと聞こえた。

「良いですよ!ウェルカムです!他にも友達同士で来られる方もいますので!」

なんて感じの良い人だ!しかもウェルカムときた!
電話の声だけで好きになってしまいそうだ。
年上の女性には、いつも憧れる。

「もし来れなくなったら連絡を下さい。この番号で大丈夫です。わたし佐藤と申します。」

電話を切った。
面接に行く手筈になったことを早速、常盤木氏に連絡した。

「わかった。行くわ。」

さすがミラクル氏!返事が早い!いつでもポジティブ!ウェルカムだ!
私は雑誌にキスしてから眠った。


面接の日。

私たちの服装はキマっていた。
ビートルズに憧れてギターを弾いていた私たちだ。
二人とも一張羅いっちょうらの革ジャンにジーンズだ。
靴はもちろんツマ先の尖ったブーツだ。
常盤木氏のは茶色で私のは黒だ。ギターとサングラスは家に置いてきた。

着いた先はペットショップとカフェが合体した珍しいお店だった。
コーヒーを出してくれるペットショップかペット好きな人の喫茶店か
どちらが主体かよく分からなかった。

ウッディーな雰囲気のカフェの壁には
犬の首輪のリードがカラフルにぶら下がっている。
これで私達も繋がれてしまうのだろうか。
願ったり叶ったりだ。首はちゃんと洗ってきた。

佐藤さんが現れた!
ピチッとしたスーツ姿だった。

憧れが憧れを身にまとっている!もう堪らなくて凝視している私。小声で私の耳元で常盤木氏が言った。
「おい直樹・・・見過ぎやって・・・」
そう言われた瞬間、
「こんにちはー。失礼しまーす。」と言う声が後ろから聞こえてきたので0.01秒で振り返った私たち。

声と同じような細くて白くて柔らかそうな女の子が現れた。
私たち二人のブーツの先から頭の先までを観察したあとで、
私たちの後ろに居る佐藤さんに向かって微笑んで言った。

「説明会はこちらで良かったでしょうか。榎本と言います。」

佐藤さんもとびっきりの笑顔で応えた。

「はい!榎本さんですね!もうすぐ始めますのでどうぞ好きな所に座ってくださいね!」

笑顔の花に挟まれて幸せな私たち二人。
こんな幸せな状況にとまどう私たち二人。
やっぱりギターを持って来れば良かったのかもしれない。

さらにもう3人女の子が来て、計6人になった。
男子は私たちだけだ。

「では、始めます。ふたりとも、座ってくださいね。」
私たちは立ったままだった。もう立ったままでも良かった。
一応一番近くの椅子に座った。

説明会が始まった。
なんてカジュアルなスタイルだろう。
今まで色んな会社やお店でバイトの面接を受けたが
こんな幸せな空間は初めてだ。
ここで、このメンバーで働きたいくらいだ。
夢を売る仕事に現実感なんて要らないのだ。
私はますますカナダへの期待を大きく膨らませた。

佐藤さんの話の内容があまり耳の中に入ってこない。
耳よりも目。そして鼻。
魅力的な映像と良い香りが私たちの五感を刺激し続ける。
本当にこれは現実なのだろうか?
魅力的過ぎて私は沸点に到達した。
頭が真っ白になり、自分だけの世界に突入してしまった。
徐々にネガティブな思考の渦に流されていく。
トイレのレバーを引いたように。

(少し私には場違いな気がする。男は私たちだけだし、私は無職だし、なんの取り柄もないし英語も話せないし、彼女もいないし、ギターもそんなに上手くない。)

自分で自分をさげすみ、自分だけポツンと灰色になった。
きっと説明だけされたら終わりなんだろうな。面接には進まないだろうな。

ごめんな、常盤木さんよ。ミラクルをありがとう。
チラリと横を見た。その瞬間、常盤木氏もこちらを見てきた。

考えている事は同じだという確認が取れた。
その瞬間、やっと佐藤さんの声が大きくなって聞こえてきた。

「ではまずご自身でワーキングホリデーのビザを取得して下さい。そして次にエアチケットを取って下さい。カナダのこの場所に来て頂きましたら住む家と働く場所を用意しています。毎年30名ほど雇っているので仲間はいっぱいいますので安心してくださいね。観光地ですから日本人のお客さんが多いです。そのために毎年日本で求人募集してるんです。残念ながらワーキングホリデービザの有効期限は一年間。見込みがある人は延長のワークパミットというビザを会社で取得される方もいます。私もその一人です。英語は話せなくて大丈夫!健康で笑顔なら大丈夫!それではみなさま、ワーキングホリデーのビザを取得したら私に連絡をくださいね。今日は以上です。あ、あと履歴書だけ回収しまーす!」

あれれ?
行く手筈に、なってしまったぞ。
面接はどこにいった?

みんなが立ち上がって佐藤さんに履歴書を渡している。
私は周りを見渡している。

こ、このメンバーで・・・
ここにいる素敵な人達と一緒に働けるというのか!
なんてことだ!

しかもカナダだ!最高じゃないか!

私たちは最後になった。
二人で同時に履歴書を渡した。

佐藤さんは受け取った履歴書を眺めながら椅子を片付ける。

「19歳かー。若いね。それにその革ジャンにウエスタンブーツ!すごく決まっててクールね!」

「あ、ありがとうございます!」

格好とは全然違う謙虚な態度でお辞儀をした私たち。心は丸裸だった。


お店を出た。
思いっきり平日の繁華街の歩道。
くたびれたおっさん達が西へ東へと歩いている。

現実に戻った。
さて、どうしようか。
私はプータローで、いつでもカナダに行けるが、常盤木氏は大学生。
私はフラれ坊主だが、ミラクル氏にはしっかり者の彼女がいる。
私の親はまだ若いが友人氏の親はもう歳だ。
二人に共通しているのはお金が無いことくらい。

ん?角を曲がってカフェから見えなくなった所で
常盤木氏が私の肩を叩いてきた。

「めっちゃ面白かったな。ええもん見させてもらったわ。カナダに行けるかどうかは分からんけど、楽しかったわ。」

常盤木氏はもう、今起こった出来事を思い出に変えてから、
颯爽とそのまま彼女の所へと旅立った。

夢から覚めても暇で誰も待つ者の居ない私は早速、
本屋に行き【地球の歩き方 カナダ】を買った。
電車の中で読みながら家に帰り、
帰ってすぐにカナダ大使館に電話をした。
係の人が言った。

「あなたは大阪に住んでいるのでカナダ領事館の方へ連絡してください。」

なるほど。カナダ領事館のほうへ電話した。

気が付けば、何も考えずに即座に行動している私が居る。
まるでもう自分ではないみたいだ。

カナダ領事館の人が電話に出たので話した。

「えーっと、ワーキングホリデーのビザを取りたいのですが、どうすればいいでしょうか?なんか【今年から申請方法が変わる】と本には書いてあるのですが、どうすれば取得出来ますか?」

変ながあいた。

受話器を持っているその人は明るく答えてくれた。おっさんだった。

「あー!少し遅かったねぇ。今年の分の応募はもう締め切ったんですよ。昨年までは人数に制限がなかったんだけど、応募者が多くなってきたからということで今年から・・・」

このあたりから脳みそがボーッとしてきた。

無理なのか?
やっぱり無理なのか?
行けないのか?
夢だったのか?
さっきまで楽園はどこへいったんだ?

おっさんの長い話はまだ続いていたようだ。耳が意識を取り戻した。

「いやー。だからね、今年から人数に制限を設けましてね。もう締め切ったんですよ。残念だったね。」

なぜおっさんは敬語とタメ口が混ざるのか?
とりあえず絶望しながらお礼を言って電話を切った。

いや、領事館がダメなら、もう一度、本家本元の大使館だ!

・・・ダメだった。

もう一度東京のカナダ大使館に電話を掛けてみたが結果は同じだった。
女性だったので丁寧に教えてくれたので、耳は気絶せずに済んだ。

「次は来年の11月1日からの応募になりますので、次は早めにご応募してください。お待ちしておりますので。」

その声は優しかった。
おっさんに切りつけられた傷口から出ていた血は止まった。

私は笑った。

(はっはっは!まあ、こんなことだろうと思ったぜ。本当にカナダになんて、そんな簡単に行けるとは思っていなかったし。まあでも、こんなに積極的に行動したのも珍しいから自分で自分を褒めよう。)

急いで冷蔵庫に向かって親父のビールがないか探しながら泣いた。
涙を製氷器に入れて氷を作った。


終わった。
こんなに魅力的な進路は私にとって他にない。
諦めきれない。
面接してくれた佐藤さんにどう伝えよう。
他にカナダに行く方法はないだろうか?
常盤木氏に結果を連絡するのはその後だ。

ちゃんと06を省略せずに全ての番号を押した。

「もしもし」と私が言うその前に、
私が事情を話す前に向こうから話し始めてくれた。

「もしもし、佐藤です。あのですね、先ほどカナダ大使館の方に連絡しましたら今年のワーキングホリデーの申請が締め切られていました。今年から申請方法が変わるとは聞いていたのですが、まさか人数にまで制限が掛かるとは知らずに、のんびり面接していて申し訳ないです!カナダにいる社長達に今連絡していますので、また結果を連絡しますから。ちょっと待っててもらえますか?また連絡しても大丈夫ですか?」

「も・ち・ろ・んです!よ、よろしくお願いします!」

「では、また。」

プープープー。

佐藤さんは受話器を置くのがいつも早かった。


次の日。

佐藤さんからの連絡が来た!
私は受話器を左耳に押し当てて、
それを自分の左手と一緒にガムテープで顔ごとグルグル巻きにしたいくらいの気持ちで聞いた。

「申し訳ないです!ビザをこちらで取得するのは無理だそうです。なのでワーキングホリデーのビザが取得できない方は一年先になってしまいます。ただし、今回面接した全員は採用します。ビザの取得が一年先になってしまったのでもしあなたが一年後もカナダに来たいということでしたら、こちらはウェルカムなので連絡下さい。一年先になってしまいますが、あなたと働ける日を楽しみにしています。」

私が全く話すこともなく、どんどんと話が展開していく。
まるで映画を見ているみたいな感覚だった。

せっかく来た大波に乗ることが出来なかったサーファーの気分。
波は『また来る』と約束して去ってしまった。
一年も先の約束。
常盤木氏になんて言おうか。

ポッカリ空いたこの先の一年間をどうしようか考えてみた。
あれ?今まで地蔵のように何もせずにじーっと暮らしていたくせに
急になんだ?
私はどうしてしまったのだ?
一年間どころか何十年間も何百年間も全く予定が無かったではないか!

一度覚えた波の感覚にすっかり活動的になっていたようだ。

サーフボードと言う名のアルバイト雑誌を小脇に抱えたまま、
沈む夕日を眺めるようにボーッとカナダドルのほうを眺めていた。


普通の毎日に戻った。
いや失礼。まだどこにも行ってもいないのだから戻ったのでもなかった。
私はと言えば、友人の大学にコッソリと入り込んで大学生のフリをして
図書館で本を読んだり食堂でご飯を食べたり飲んだりして過ごした。
またまた何の目的もなく生きている。

やはり別の進路を考えた方が良さそうだ。
一年後にはカナダが沈没しているかもしれない。
どんな波でもいいからもう一度乗りたい!波乗りが癖になりそうだ。

しかし、カナダの案件よりも興奮する進路なんて
もう見つかりっこないだろう。
もう求人雑誌を買う気分にはなれなかった。
別の雑誌を買うことにした。

やっぱり音楽だな!つまりは音楽雑誌だ!
私はミュージシャンになりたかったのだ!
すっかり忘れていた!
こういう時はギタリストらしく【ギターマガジン】を買うべきだ!
よしっ!
コンビニではなく本屋さんに向かった。

なけなしの千円札でギターマガジンを買った。

『自費でCDを作りませんか?デビューのチャンス!』という広告が
やたらと大きくて目立つ。
それがデビューすることなのかどうかわからなかったし、
チャンスを掴む前にまずは自分のオリジナル曲を作る必要が私にはあった。

私は有名なギターリストにも音色の素晴らしいギターにも興味は無かった。ビートルズがどうやって曲を作ったのか?
どんな経験を歌に変えたのか?
浮かんだメロディーにどうやってコードを付けたのか?
そんなことが知りたかった。

どんなギターを使っていたのか?
メーカーはどこの?
いくらするのか?
そんなことは本当にどうでもよかった。

ポール・マッカートニーのインタビュー記事を思い出す。

記者「ポールさんはどこのベースギターをお使いですか?」

ポール「んーとね、弦が4本あってね、小さめで、茶色くて、すごく良い感じのやつ。えっ?あ、名前?いや、知らない。」

名前も種類も値段もどうでも良いということが分かる記事だった。
私は同感した。
なんなら演奏のテクニックもどうでもいい。

私が知りたいのはどうやって、
あの曲やあの歌が出来たのかだ!
それが知りたいだけだ!
うおーー!!

結局買った雑誌には残念ながらその手掛かりになるような記事は無かった。生まれてから19年間事細ことこまかに、
どうやって曲を作ったのか書いた文章にはまだ一度も出会ったことがない。
数々の名曲たちはどのように生まれて形作られたのか。
まるで宇宙誕生の神秘のようだ。
作った本人たちに聞いてみたい。

でも確かに【秘伝のタレ】の作り方を教えると、
秘伝にはならないのかもしれない。

あー。誰か教えてくんないかなぁ。
出来ればジョン・レノンあたりがどこかで語ってくれてないかなぁー。
ポンと一度床に投げた雑誌をまた拾って読んだ。
やはり雑誌は広告だらけだった。

そんな広告と広告の間に私の目を釘付けにした広告があった。
『音楽学校の学生募集』の広告である。
音楽家になるための国立音楽大学とかではなく
もっとカジュアルに軽音楽を学べる学校が存在することを知った。

言うなれば専門学校だ。
行ってみたい気もする。
高卒の私が専門学校に進学する。それは順当な進路とも呼べる。
そこにロックだましいは全くなく、音楽すらも関係なかった。
でも、行ってみたい気もする。

ジョン・レノンも19歳でアートスクールに通っていたではないか。
曲作りのヒントを得られるかも知れない予感がする。
あとは学費か。お金はもちろん掛かる。大金だろう。
もう親に進学したいから学費を出して欲しいとは言えないとしのような気もしている。

気になる音楽学校の広告。
気になる。
気になる。

ご飯を食べた後も、またチラチラと読んでしまう。

ん?小さな字まで読むことにした。

『学費免除制度あり』

キター!!
免除ときた!やっほーい!
この世は私の為にあるのかと思うほどタイミングの良い広告。
もうこの雑誌からは音楽は学べない。
つまりギターの奏法やら音の良さやら歌の旋律とかは学べない。

雑誌の広告から学ぶのだ!
どれどれ。
なぜ学費が免除になるのだろう・・・ふむふむ。なるほど。

『新聞奨学生なら働きながら学校に行けます!学費は新聞社が全額負担!さらに生活費も支給!遠方の方は新聞販売店が住居も提供!食事も付いてます!かばんひとつで上京出来ます!』

なんとも小さい字。若者にしか読めないようにしているのかも知れない。
そうか。新聞配達さえすれば一人暮らしができて、
飯も付いてきて学校にも行ける。
もう親にお金の相談をしなくても良いというわけだ。
完全に独立の自立だ。

決まった。これにしましょう。これください。
注文は決まった。
次の人生はこれだ。

早速電話した。電話にはもう慣れてしまった。

「資料を送ります。」とだけ言われた。

ワクワクが止まらない。
資料がまだ届いていないうちからさっそく母親に言った。

「俺、専門学校に行きた・・・。」

「お金ないで!!!!」

早い!
まだ「行きたいねん。」と言い切る前に
「お金ないで!」を入れてきた母親。
私はすぐに言い添えた。

「いや、学費は新聞配達しながら住み込みでそのお店が払ってくれるらしいねん。だから学費免除で学校に行けるねん。どうかな?」

「なんか知らんけど、それやったら良いんとちゃう?好きにしたら。」

放任主義の親のおかげであっという間に行く手筈が整っていった。

ワクワクな資料が届いた。
ちゃんとしたカラーの厚いパンフレットだ。
仕組みが図解で載っていて分かりやすい。

新聞社が学費の全額を払ってくれる。
そのかわりに在学中に新聞配達をする。
どこの新聞店で配達するかは音楽学校からの距離などを考えて
新聞社が決める。
雑誌の広告に載っていた学校は東京だった。
大阪には無いのか。ひとりになるのか。
仕方ない。
これで名曲が作れるかも知れないのだ。
東京に行こう!

でも一年間だけになるかも知れない。
カナダに行けるのならカナダに行きたい。
もしカナダに行けなかった場合でも音楽家を目指して上京したことになる!スターによく見るかっこいい人生のはじまりではないか!

よしよし。決まったぞ。
やっと人生計画書がまとまった。
いい波に乗れそうだ。

そんなまだギターの練習も英語の勉強も全くしていなかった私に、
こうして偶然にも【ミュージシャンを目指して上京する若者】という
カッコ良くて、ありきたりのシナリオが敷かれてしまった。

届いた資料のうち、
白黒のほうの書類には、あまり目を通さずにサインした。
ツバ付けてハンコを押してもらって提出。
あっという間に進路が決まった。

新聞店は東京の新宿のお店に決定。
音楽学校は東京の中野という所にあるそうだ。
あとは布団だけ先に新聞店に宅急便で送っておけば
寒さに震えることはないだろう。
手荷物はギターとパンツだけでOKだ!
これできっとウェルカムだ!

いざ東京へ。



縦5cm横8cmの紙の雑誌の広告の、そのインクの文字がきっかけで
ミュージシャンを目指して上京することになった私。

真田直樹さなだなおき20歳の春。

深夜の夜行バスで大阪から新宿にご到着。
朝の6時。
歯を磨きたい気分のまま眠気まなこでバスを降りた。

雨だった。傘がない。

東京は見た感じは大阪と同じ。
でも人の態度がまるで違うと聞く。
そんなのはただの噂だろう。

私は傘が欲しくてコンビニに入った。
私は傘をコンビニで買うのは初めてだった。
コンビニで傘購入童貞の私は、
レジにいる店員さんに質問した。
ちょうど女の子だったから。

「すいません。傘売ってますか?」

レジの若い女の子は私と同い年くらい。
忙しそうでレジを打ちながら私の質問に答えてくれた。


「何種類か、そちらにございます」


手も足も顎も目線すらも動かさずに言ってくれた。
優しいけど、私にはわからなかった。


そちらはどちらだ?


こちらを見ることなく
何かをしながら言ってくれたので、その「そちら」がどっちか分からなくて
キョロキョロしてしまう私。


「あのー。どの辺にあるんですかね、傘」

「あの、その辺に・・・あ、お釣りでございます。」


レジは結構並んでいるが他に店員さんが居ない様子。


よしっ!こうなったら
この店の店主になった気持ちで
傘をどこに置くだろうかと考えてみよう。

普通なら入口のドア付近に置くだろうが
このお店には無い。
なるほど。

お店の奥の方かな。
無い。

トイレの近くかな。
無い。

店内をぐるりと一周して元のレジまで
戻ってきてしまった。

おや!なんと!灯台下暗し!
目の前のレジの横、つまり私の足元にあるではないか。

週刊少年ジャンプの横にジャンプ傘があった。
しゃれのきいたお店のようだ。


「あー!ありましたよ!傘!」
と私はレジの女の子に向かって言った。

すると、
レジに並んでいた黒くてくたびれたスーツを着たおっさんがこう言った。


「無視した方がいいよ。あんなやつ。ほっとけばいいよ。」


まるでレジの女の子は(そうします!)と言わんばかりの
雰囲気で全身から私を無視し始めた。
人々の態度の冷たさを感じて私は氷のように固まった。

東京に来てまだ一時間目だった。

私は結局、傘を買わずにコンビニを後にした。
雨なので涙は誤魔化せた。

雨は私に少し味方するように小降りになり
私は肩を少しだけ濡らしながら
これから住むべき場所へと向かった。


この時に浮かんだ心どしゃ降りの
メロディーは今も胸の中にある。

地図は持っていない。
下調べもしていない。
全く初めての土地だ。


どうやって辿り着いたのか
思い出せないくらい人に聞いて聞いて
そして聞いた。
犬や猫や街路樹の葉っぱ、
そして、てんとう虫🐞にも聞いたが
私には七人の小人たちは現れなかった。


「神楽坂」が近いだろう、とか
「曙橋」へ向かえ!とか
「早稲田」に行きな!とか言われた。


色々言われながら地図も持たずに
住所を書いた紙だけを頼りにやっと辿り着いた。


坂道の途中に、そのお店はあった。

「近藤新聞舗」


ここか!
ここでお世話になるんだな。

一年間も。
もしかしたら一生ここで骨を埋めるかもしれないんだな。
カナダが沈没したらここで私は人生を沈没させるんだな。
よしっ!

東京は大都会だと思っていたけど
下町とは、こんなものなのかと思った、

その新聞店の作りは、
すべて木だけで出来ているような
古い2階建てのお店だった。

きっと釘も使っていない。
そして隣の建物との間の隙間は、ほとんどない
猫専用の通路のよう。


なぜこんな場所に多くの人は集まるのか?
憧れるのか?

人が集まっているから集まるだけなのかもしれない。

そんな20歳なりの乏しい考えを
巡らせながらお店の中に入っていった。


薄暗い。
誰も居ない。
朝の8時。


誰も居なくて当然だとは知らなかった。
お店の人はみんな、ひと仕事終えた後の
まったりとしたひと時を自分の部屋で過ごしている時間だ。


「すいませーん!」

ガチャ・・

「はいはい。」


ご老人が出て来られた。

裕福そうな仕立ての服を着て
肌のツヤも良く
ふくよかでお腹が出ていて
優しそうだった。


「あのー、今日からここでお世話になる予定の大阪から来た真田と申します。」

「はいはい。えーと、真田さん真田さんね。あ、所長の近藤です。」


この人が所長さん!つまり社長さん!
この人が私を学校へ導いてくれ
お金も払ってくれて
ご飯まで食べされてくれて
さらに住むところまで用意してくれている
父のような存在の人!


アルプスの少女になって
その大きなお腹に飛び込みたい気分だった。


「ちょっと待っててね。」と言って
その所長さんはどこかに電話し始めた。


「あ、もしもし!ゆうこさん!新しい子が来たから案内してやって欲しいんだけど・・はいはい。ガチャ。」


「じゃあひとまず上がって。こっちの部屋で座って少し待っててくれるかな。」


「お、お邪魔します。」


狭いタバコ屋のおばあちゃんが座っていそうな
机が一つだけ置いてある事務所から家の中に入った。


おばあさんが居た!

「あら、こんにちは。」

所長夫人がコタツの中に入ったまま
テレビを見ていた顔をこちらに振り向き直して挨拶をしてくれた。


「こんにちは、今日からお世話になります真田と申します。よろしくお願いします。」

「はいはい。よろしくどうぞ。」

きっと、この人が私のご飯を作ってくれるのだろうな。
煮物ばかり出てくるんじゃないか心配した。


左目でテレビを見ながら
右目で私を見ているおばあさまの横を通過して
その奥の応接間に入った。
広くて優雅な感じがした。

フカフカの皮のソファーがコの字で置いてあり
大きなテレビの上にビデオデッキがあり、
その上に北海道の熊の置物があり、
その上には額に入った絵が飾られていた。


私はカバンを床に置いてソファーに座った。
外からは狭くて古く見えても、
中は広くて綺麗なのかと少し安心した。


「お待たせしましたー!!」


元気な女の人の声がした。
きっと、さっき所長さんが電話した相手の人だろう。
私を案内してくれる人だな。


所長さんが言った。

「では荷物を持って。下宿部屋を案内するからね。」


再びおばあさまのコタツの横を通って
狭い入り口からお店に戻ると
目から元気が溢れんばかりに飛び出している
まぶしい笑顔が満点の女の人が立っていた。


「ここの嫁の優子です。よろしくね!疲れたでしょう!
何も連絡なしでここまで一人で来れたんだね!慣れない土地で疲れてるだろうから今日は部屋でゆっくり休んでね。」


な、なんと優しい!そして気遣い!
気兼ねのない初対面ではないこの雰囲気!

太陽のようだ!
私は何も言えずに
この温かさと元気さに、ただうなづいた。


「部屋は、この上にもあるんだけど、もういっぱいなの。
だから少し歩いた所に借りてる部屋に案内するね。」

私にあてがわれた部屋まで案内してくれるようだ。

歩いて3分くらいだった。
一本道だった。


そして元気に前を歩く優子さんはザクザクと
お寺の敷地の中に入っていった。

お寺?

お寺の敷地の中にどんどんと入っていく。
本堂の真横の建物の一番奥まで来た。

その長屋のような建物の入り口は
ドアが開きっぱなしだった。

ドアの奥はすぐ階段になっていて
階段の下は靴が散らばっていた。

優子さんはその散らばっている靴たちを並べながら
「ここの二階の一番手前の部屋が空いてるの。どうぞ!」
と言って靴を脱いで階段を登っていった。


私も靴を脱いで階段を上がる。
狭いので荷物と私でギュウギュウである。


なんとか二階に登った。


二階には部屋が三つあった。
それとトイレが一つと流し台も一つ。
蛇口だけ二つ。


つまり三人でこのトイレと水道水が出てくる流しを
使うことになるのだな。なるほど。

実家の家族は四人だからマシになるということだ。

あれ?風呂はどこだ?

ガチャガチャ。
優子さんが一番手前の部屋のドアを開けている。
今日から私の部屋だ。
部屋のドアには一応鍵が付いていた。
これでプライベートは充実だ。

ドアが開いた。

江戸間の四畳半。
窓付き。
押入れ上下二段付き。
鍵付き。
共有だけどトイレと流しも付き。
台所はなし。
風呂もどうやらなさそうだ。

お寺にあるのかな?
行水かな?

新聞屋さんで働くには
まずお寺で修行しなければならないのかな?
坊主は嫌だな。


優子さんが窓を開けながら言った。

「ここで一年間過ごしてもらうけど、一年後に卒業する先輩たちが出ていった部屋に移ってもいいからね。もう少し広い部屋もあるから順番ね。」


「ありがとうございます!ここで充分です!しかも学校にまで行かせてもらえるなんて!」


「うん。あとお風呂が無いのはみんな同じだから。どの部屋にもお風呂は無いの。ここから歩いてすぐ2、3分の所に銭湯があるからね。でも夜12時で閉まるから気を付けてね。」


「じゃあゆっくりしてね!ご飯は夕方5時くらいには出来てるから
食べに来て。さっきの新聞屋さんのお店の中に食べる所があるからね。
あ、そうだ!荷物が届いてたわよ。あの大きさは布団かな?
大阪から来る人って珍しいから覚えてた。あとで誰かに届けてもらうように
言っておくね!」


至れり尽くせりナリ。
さっきまでのどしゃぶりの心の中は
もうすっかり晴れていた。
太陽が現れたからだ。


優子さんはお店に帰っていき
私はひとりの部屋に寝転がった。


まるで民宿に泊まりに来たみたいな気分。
畳の四畳半の部屋。
カバンが一つ。



窓からの景色を見てみようと立ち上がった。
おっと、お寺の真横だったのを忘れていた。
お寺の本堂には誰もいないようだ。

大きな桜の木がお寺と部屋の間に
見事に咲いていた。


私はあと何回、この桜を見ることに
なるのだろうか。

隣の部屋にはもう誰かいるのかな。
トイレにでも行ってみるか。


この建物も全て木で出来ているような木造だ。
歩くとミシミシと音が鳴る。

うす〜い木のドアを
壊れないように優しく開けたら
内装が水色のタイルの和式のトイレ。


おしっこしてみた。


流すレバーが無い!
タンクもレバーも無い!

あ、あった!
タンクはあった!
頭上にほぼ天井の所にタンクがあり、
そこからなんやら鎖がぶら下がっている。
鎖の先は持つような感じになっている。


「もしや、これを引っ張るのかな?」


もし引っ張って頭上のタンクが丸ごと
落ちてきたら嫌だなーと思いつつ
おそるおそる、そのチェーンを下に引いてみた。


ジャ〜〜〜。


流れた!

流しも使ってみよう!
水が出た!


歯を磨いてみた!
顔を洗ってみた!


初めてだらけで楽しい!
よし、少し近所を散策してみよう!

もらった鍵で部屋に鍵をかけて
階段を降りてお寺の境内に飛び出してみた!


静寂感がすごい!
静かすぎる!
誰もいないのか?

ここだけ時間が止まっているかのようだ。

寮の横には母屋があり
お寺の人が住んでいるような感じだ。


その玄関の横に井戸を発見した。
これは良い!
井戸水で体を洗える!
銭湯に行かずに済みそうだ。
きっと地下からの水だから
湯水になって出てくるに違いない。


まるで旅行に来たような気分で
見るもの全てに思いを馳せた。


のどかだな〜。


お寺の外に出たら一般的な歩道だ。
横の車道を車が走っている。


右に行こうか。
左に行こうか。

夕方のご飯までに戻ればいい。
少しずつ冒険を進めよう。
まるでドラクエのように。

左に行けば新聞屋さんに着くから
今回は右に行ってみよう。


ゆっくりと歩いた。
おっと!本当だ!
歩いて2分で銭湯を発見!

営業時間 16:00〜24:00
入浴料370円。


「えー!夜しかお風呂に入られへん!」

銭湯のシャッターに向かって呟いた。


もう少し遠くまで散策しようか。
地図もないので迷ったら飯にありつけないかもしれない。


コンビニとかスーパーは近くにないのかな?
そう考えたら急にビールが飲みたくなってきた!


駅はこちら方面的な矢印の標識を見つけた。
駅が近いのだな。



このあたりで「おさらい」しておかないと
これ以上進んだら戻れなくなるぞ!



えーと、どれどれ。
・部屋のあるお寺から右へまっすぐで銭湯。
・銭湯は突き当たりなので銭湯を見て左に行くと駅に行くらしい。



駅なら色々売っているだろう。
いざ駅へ!


あった!コンビニだ!
駅に行く途中にもコンビニがあった。
もう駅に行かなくてもいいかも。
また今度にしよう。


コンビニでビールとプリンを買って
お寺(自分の部屋)に戻った。


自分のカバンが「おかえり」と言っている。
私はビールを飲んでプリンを食べて
カバンから中身を出した。


漫画が出てきた。
「行け!稲中卓球部」だ。
寂しさを紛らわす為に持って来たが
どうやら必要なさそうだ。


長い一日だ。
色々あって疲れたが、
感慨深い。


たった一冊の雑誌で
たった一本の電話で
こんな環境に身を置いている自分。


100%みんなのおかげなのに、
私は「道を切り開くというのはこうやるのだな!えっへん!」
と自分自身の勇気ある行動を褒め称えてビールで一人で乾杯した。


「そろそろ5時だから夕飯を頂きに行こうかな。」

まだまだ子供である。
まだ新聞のインクで顔が汚れていない
ウブなハタチだった。


〜つづく〜

↓第2話

https://note.com/sukows001/n/n3451ebe67e46

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!