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石と胃カメラとあたし

2年ぶりの内視鏡検査。
検診なんだから、別にこれから手術とかじゃないんだから落ち着け、と何度自分に言い聞かせてもやっぱり緊張してしまう。
見るからに不安そうなあたしをリラックスさせようと採血したり血圧を測ったりしながら看護師さんが話しかけてくれる。
優しい ー 優しいんだが、話の内容が結構エキサイティングでますます興奮してしまって血圧が上がりまくってしまう。

薬剤を飲み込んだり、鼻から麻酔薬を流し込んだりしてからいよいよ診察台の上に横になる。
のどが渇く。薬剤の後味が苦い。つばを飲み込むのが難しい。
「お待たせしました。」
「よろしくおねがいします。」
チューブが左の鼻の孔からするすると喉の奥へ入っていく。
呼吸を整え、先生の指示に従って息を吸ったり止めたり、顎を下げたり、看護師さんの問いかけに頷いたりしながら、ひたすら気持ち悪さに耐える。
(なんだよ~、チューブもう少し細くなんないのお~、メンズサイズなんじゃないのお~)
とはいえ、口から入れるタイプに比べると身体的違和感はさほどなく、先生から今どんな操作をしているのか、これからどうするといったことを説明されながら(なるほど、なるほど)と結構冷静に過ごす。
胃に直接水を注入されたり空気を送り込まれるのはさすがに違和感あったけど。
(先生を信じろ!医療技術を信じろ!日本の保険制度を信じろ!自分を信じろ!ああ~、でもやっぱり、○○(愛犬の名前)助けてえ~!)
まあまあ何とかやり過ごして検査は終了。
「はい、お疲れ様でした。」
全てのチューブが出てきて看護師さんが鼻と口元を拭いてくれる。
「あ、あ. . .ありがとうございました。」
麻酔のせいか口ごもりながら礼を述べると唾液がこぼれ出る。
診察台に起き上がろうとすると足が震えていた。

あたしの人生初内視鏡体験は12年前、腹痛で意識を失い職場で倒れて救急車で運ばれた時だ。
胆石だったのだが内視鏡で除去するということで全身麻酔だった。
ところが除去は失敗、しかも処置の影響で膵臓が傷付き、麻酔が切れたとたんものすごい激痛で三日三晩眠れないくらい苦しかった。
急性膵炎 ー しかもこれが原因でI型糖尿病を発症したことを8年後知ることになる。
とにもかくにもまずは膵炎を治療し、体が回復したところで二度目の胆石除去チャレンジ。
これは成功したが、石を見せてほしいと言っていたのに処置中に紛失したそうで、この文章の巻頭に件の胆石の画像を掲載することはできなかった。
退院一か月後にもう一度検査を受けたのでこの病院では合計3回内視鏡処置を受けたがいずれも全身麻酔だった。

そんなこんなで内視鏡は大嫌いになった。
実は亡くなった相方は50を迎えることから逆流性食道炎だったので定期的に内視鏡検査を受けていた。
「あんな気色の悪い検査、良く定期的に受けられるねえ。」
「思ったほどでもないよ。僕はレントゲン検査でバリウム飲む方が気持ち悪いよ。物は試しに一度くらい内視鏡やってみたら?」
「胃カメラ飲むくらいなら死んだほうがまし!」
あんなに健康に気を付けていたのに、食道に腫瘍が見つかって闘病1年で相方は天国に行くことになった。

胆石騒動から5年ほどして、胃がもたれるようになった。
相方が亡くなった年齢に近付いていたこともあり、不安に駆られたあたしは近所の医者にかかると「一度内視鏡で診てみましょうか」と言われた。
苦手であることを伝えると「うちは鼻から入れるタイプ」と言われた。
初めて部分麻酔で鼻から内視鏡を入れての検査に臨んだ。
この医院ではチューブは鼻から入れるものの患者は着席状態で首をずっとのけぞる形で、その姿勢が結構つらかったし発声も難しかった。
「おお~、すごいですねえ~。」
「#$%&'`*+!!!???(なにか見つかったんですか!?)」
「私、ここで開業して3年になりますが、こんなきれいな声帯ははじめてみましたよ!今までで一番!!」
(何言ってんだこの医者は?なんのプレイだこれは?さっさと検査終わらせろよ!)
結局胃はどこも異常はなく、少々胃酸過多なのでお薬処方、ということで決着。
「それにしてもしなやかで強靭な声帯、という感じでした。歌ったりなさってます?」
(ゴール裏で目いっぱい叫んでますが、なにか?)

というわけで苦手意識を払しょくすることもなく、時が過ぎ、55歳の夏にあたしは緩徐進行型I型糖尿病と診断された。
「これからは健康診断、定期的に受けてくださいね。」
もうあたしは母親になってからの人生の方が長い。
でもこれからこどもたちにしてやれることはもうあまりない。
あるとすればあたしが元気で楽しく暮らすことだろう。
なので毎年の夏には健康診断を受け、2年に一度内視鏡検査を受けるようになった。
できればもう、鼻歌でも歌いながら検査を受けられるようになりたいし、この恐怖心を克服したい、と思っている。
また2年後ね、胃カメラちゃん。




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