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世界樹リプレイ日記Ⅱ(最初の試練)

(↓前回の話)


拝啓、お父さんお母さん。
お元気ですか。

私は今、一度も入ったことのない森の奥にいきなり連れて来られて置き去りにされています。

どうやってここまで来たのか覚えていません。

ちょっとだけ迷宮の中を見てみようと思っていたら、入口にいた兵士さんに引っ張られるようにしてあっという間に奥の方まで連れて来られてしまいました。

その兵士さんももういません。

ひとりぼっちです。

ピンチです。



「どうしよう…」

どうもこうもない。
先ほどの衛士から言われたように街までの道のりを地図に描きながら入口まで戻るしかなかった。

これから襲いかかってくるだろう魔物達を退けながら。
たった一人で。
誰の助けもなく。

「とにかく、どうにかして帰らないと」

幸い、似たようなことはかつてCygnetから教えを受けていた時に経験していた。
近くの森の奥まで連れて来られて街まで戻るという訓練は何度も繰り返しやったことがあり、内容は今回の試練と合致していた。
極度の方向音痴を治し、地図の描き方を覚えるにはこのやり方が最適だった。

そのため、ある意味では運が良かったと言える。
いつも通りであれば試練は合格したも同然だ。
とはいえ、訓練の時は魔物のいない森を選んで行っていたし、監督役も一緒に付いていてくれていたという違いはあったが。

「入口は…だいたいあっちの方角かな」

見知らぬ土地に迷い込んだ動物の多くは地球の磁気、即ち地磁気を感知して方角を認識し、太陽の位置や地形から得られる複数の情報から元々暮らしていた住処まで戻ることが出来ると言う。
これはいわゆる帰巣本能というもので、今回のケースとは厳密には違うかもしれないが、ミントはそのような感覚で今いる場所と街の入口の座標をおおまかに頭の中で思い描くことが出来ていた。
おそらくは、エトリアで積み重ねてきたたゆまぬ訓練のたまものに違いなかった。

「街の入口を基準にすると、私の今いる位置は北東のあたり。普通に考えればまず南に向かえばいいんだけど…」

衛士から連れて来られた袋小路から少しだけ歩くと、早速の分かれ道があった。

北か、南か。

先ほど連れてこられたばかりなのだからそれぐらいはわかっていてもおかしくないのだが、迂闊なことに突然のことで動揺してしまい、どっちから来たのかすらはっきりとはわからなくなっていた。

「たぶん…南…から来たような…。でも、北から来たような気も…」

十中八九、南から来たという感覚はある。
しかし断定はできない。
急がば回れという言葉もあるように、あえて北に進んだ方が良い気もする。
だが、北を選ぶというのは方角的には街の入口から離れ森の更に奥の方まで進むということだ。
リスクのある選択だった。
間違っていた時の事を想像すると恐ろしかった。
今はただ、真っ直ぐに、最短の道のりで街まで戻りたかった。

「冒険者心得その2、『ピンチの時こそ冷静に』」

深呼吸をして、装備とアイテムを確認する。
身に付けているものはダガーにツイード、それとさっき買ったばかりのバックラー。
大きく膨らんだ背嚢にはメディカが21個ほど詰め込まれている。
迷宮初心者のミントにはこの数で足りるのか足りないのかもわからない。
ただ、このメディカが底を尽きた時、それがそのまま死を意味することだけははっきりとしていた。

「みんな、どうか私に力を」

ミントは『エトリアの王冠』を手に祈りを捧げた。
祈っていると、心細さに負けてしまいそうな身体の震えが少しだけ治まった。
じんわりとした温かい力が身体の内側から湧いてくる気がした。

そしてミントは南を選択した。
根拠はない。
ただ街の方角に向かうことにしただけだった。
一歩一歩、周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいく。
辺りから樹海に棲まう魔物達の気配をひしひしと感じた。
今は静かだが、物陰からひっそりと、虎視眈々とこちらの様子をうかがっているような気がして、ミントは額に冷や汗を浮かべた。

選んだ道は長い一本道だった。
本当にこちらで合っているのだろうかと、前に進むごとに不安で胸がいっぱいになっていく。
仮に間違っていた場合、進めば進んだ分だけ後戻りしなければならない。

―――と、その時。

茂みからガサガサと音を立てて2つの大きな影がミントの目の前に現れた。

森マイマイ。
迷宮の比較的浅い層に生息している魔物。
白い貝殻からにょっきりと生えた紫檀色のそれが、うねりながら身体を隆起させて身をもたげていた。
まるで攻撃態勢に入った蛇のようだった。
てらてらと粘液をちらつかせながらうねうねと収縮する様は見る者に生理的嫌悪感を抱かせるグロテスクなもので、先端にある黄色い二本の触覚が獲物の様子をうかがうようにぴくぴくと動いていた。

ミントにとっては初めて見る魔物で、初めての戦闘だった。
今こそ特訓の成果を見せる時。
エトリアで教わったこと、師から教わったことを存分に発揮する時。

そんなミントが選んだ行動は―――

(―――逃げる!!!)

ミントは腰に差したダガーを抜きもせずに全力で走った。

これが街の入口付近で出会っていたならば試しにと剣を抜いて立ち向かっていただろう。
今日迷宮の中に入ったのも元々はそれが目的だった。
しかし、その賭けの天秤に乗っているのは己の命だ。
多勢に無勢、敵の戦力は未知数、街の入口までの道筋はわからず、あとどれほど歩けば辿り着くかもわからない。
そのような状況でミントが選んだのは逃げの一択だった。

(冒険者心得その3、『ヤバいと思ったら逃げろ』!)

脇目も振らずに逃げる。
だが、背中を向けた獲物をむざむざと見逃すほど捕食者は甘くなかった。
目の前にいた片方は殻の中に閉じこもり身を固めていたが、もう一方は見た目に反し俊敏な動きで、うねる胴体を瞬時に伸ばし、槍のように鋭利な触手でミントの足を貫いた。

「あうっ…!」

痛みに呻いている時間はない。
傷口から熱い血が流れ出るのを感じながらもミントは足を止めず、全力で腕を振ってその場を逃げ切った。

「はあ…はあ…」

しばらくして追跡者の気配が無いことに気付き、その場で荒い呼吸を整える。

「痛い…」

傷口を見る。
魔物から受けた刺し傷はミントの太腿のあたりを貫いて、そこからじくじくと血が流れていた。

メディカをごそごそと取り出して、一瞬だけ迷った後、1本分まるごと傷口に振りかけた。
街に戻るまであと何度魔物と遭遇するかわからない以上、出来るだけ温存しておきたいところではあったが、それ以上に常に体力を万全にしておきたかった。

魔物の攻撃は明らかにこちらの命を奪いに来る容赦の無いものだ。
あと4,5回ほどあの槍のような触手で身体を穿たれていれば間違いなく死んでいただろう。

「ちゃんと出来て良かった…」

逃走成功率を上げるスキルは、師から教わったことだった。
逃げるなんて格好悪いと思っていたミントだったが、『絶対に覚えろ』と真剣な顔で言う師から最初に学んだことがこれだった。
このスキルを身に着けない限り絶対に剣を教えない、と言うからには渋々ながら覚えた技術だったが、こうやって実際に魔物と対峙することになって初めてその有用性を理解できた気がした。

「うん…よし、傷は塞がったかな」

森マイマイから受けた傷はみるみるうちに塞がって跡形もなかったように消え去った。
ちなみに、メディカは傷口に振りかけても口に入れて飲んでもどちらでも同じだけの効果を発揮するらしい。
ミントは傷口に振りかける方が効果がありそうだからとそのやり方を好んでいたが、戦闘中ともなれば選んでいる暇はないだろう。
場合によりけりだが、多くの冒険者は敵の姿から視線を外さないように注視しながら経口によりメディカを服用すると言われていた。

足が元通りになったことを確認したミントは立ち上がって、再び歩き始めた。

歩き始めて少しすると、やがて分かれ道に差し掛かった。

西か、北か。

北の方を見ると、奥の方で西に向かう道と東に向かう道で再び分岐があるのが見えた。
対して、西の方には、世界樹を模したような意匠の古ぼけた扉が見える。

街の入口へ最短で向かうならば西だ。
今いる自分の位置と入口の座標を照らし合わせれば、もう目と鼻の先と言っても良い距離だった。

「あの兵士さん、扉なんて開けて来てたっけ…ううん、覚えてないなあ」

いくら突然のことに動揺していたとはいえ、ここまで覚えてないものだろうか。
しかし、迷っていても埒が明かない。
最初の分かれ道も最短の道を選んで来た。
ならば今回も同じことだ。
そう考えたミントは、ええいままよ、と全身に力を込めて重たい扉を押して開いた―――

扉を開けた先には、色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りがただよう広間が広がっていた。

名も知らぬ花が風に揺れ、甘い香りがますます強くなってくる…。

このまま花の香りを楽しみながらここで休みたくなるような、そんな居心地の良い空間だった。

しかし。

(これは…!この場所は…!)

その空間に足を踏み入れた瞬間、ミントの全身が粟立った。
かつてCygnetから聞いたことがある。
樹海の比較的浅い層に潜む脅威。
花の香りに誘われて集まってくる魔物。
非常に強い毒性を持ち、数多の新人冒険者達を葬ってきた恐るべき敵。

(駄目!早くここから出ないと…!)

ミントは、甘い香りのする花畑から急いで立ち去ろうと決意した。

…しかし、その判断は遅かったようだ。

振り向いたミントは、甘い香りに誘われてきたチョウの群れが目の前にまで来ていることに気付いた。

既に取り囲まれている。
もはや逃げている暇はなかった。
覚悟を決めるしか無かった。

ミントは剣を抜き、目の前の敵―――毒吹きアゲハと対峙した。

(落ち着け、落ち着け)

ミントは心臓がばくばくと早鐘を打っていることを自覚した。
かつてのCygnetは初めて毒吹きアゲハに遭遇した時、辛うじて撃退したものの、戦闘が終わった頃にはパーティが半壊状態だったと言う。
あの時は死を覚悟したとみな口を揃えて言っていた。
4人もいたパーティでそれだ。
少なくとも1人で挑むべき相手ではないことは確かだった。

(でも、やるしかない)

今この場にいるのは自分一人だけだった。
頼りになる仲間も、助けてくれる人も誰もいない。
戦いの経験が浅いミントにとって、この場で頼りになるのは、剣と、今まで培ってきた技だけだった。

雄叫びを上げながら突進する。
レイジングエッジ。
ミントが師のもとで唯一修めることの出来た剣技。
敵よりも早く攻撃をすることを目的とした、素早く踏み込む強力な斬撃。

ミントの振りかざした剣は、無数にいる毒吹きアゲハのうち小さな個体を何匹か叩き落とした。
しかし、蝶の群れはひるむどころかますます勢い良く周囲を舞い、攻撃的な姿勢を崩さなかった。
そのうちの何体かが上空からミントめがけ鱗粉を撒き散らす。
ミントは息を止め、全力で避けた。
避けた先を待ち構えていたように、大きな個体から針のような口吻が鋭く飛び出した。

「ぐウっ…!」

飛び出した蝶の口吻はバックラーを片手に身構えていたミントの肩を穿った。
衝撃で身体が揺れる。
先ほど森マイマイから受けた攻撃よりも重い一撃。
すぐにでもメディカを使いたいところだったが、ミントは続けての攻撃を選択した。

(まずは、数を減らす…!)

そう思った矢先、上空でひらひらと待っていた個体がミントに向かって急旋回した。

「しまっ…!」

体当たりをするようにして近付いてきた毒吹きアゲハから雪のような鱗粉が舞い、ミントは浴びるようにしてそれを受けた。
すぐに身体から粉をはたき落とそうとする。
それを妨害するかのように、別の個体が再び針のような口吻を伸ばし、ミントの身体に突き刺した。
先ほどよりも更に痛烈な一撃。
痛みを我慢しながら剣を構え、袈裟斬りにして何匹かの毒吹きアゲハを地面に叩きつける。

その直後。

「ガフッ…!」

ミントの口から大量の血が吹き出した。
倒れ込みそうになった身体を、思わず地面に手をついて辛うじて支える。

目の前がぐるぐるとする。
意識が朦朧とする。
頭の内側から鈍器で殴られているかのような頭痛と強烈な倦怠感。
喉が灼けるように痛み、鉄の味が口に広がっていく。
この魔物が多くの冒険者達から恐れられる所以。
即ち、毒の症状。

(ど、毒消し…)

ミントは頭の片隅に辛うじて残っていた僅かばかりの理性を働かせて、内ポケットに忍ばせていた一枚の葉を取り出して口に運んだ。
食いしばるようにして歯で磨り潰す。
青臭い苦味が口の中に広がる。
口の中に溜まっていた血と共に飲み下す。
ミントが口に入れたそれは、メディカのような即効性は無いものの、強い毒性にも効果のある毒消しの一種だった。

「フーッ…フーッ…フーッ」

ミントはもはや瀕死寸前だった。
目の前がぼやけ、視界は定まらない。
それでも、生き残るために身体は勝手に動いた。
震える指でメディカを取り出し、口の中を洗い流すようにしてごくりと飲み下す。
ミントにとって幸運だったのが、その一連の動作を行っている間、毒吹きアゲハはこちらに手出しして来なかったということだ。
それが生き物としての習性なのかたまたまなのかは不明だが、毒吹きアゲハは自身が与えた毒のダメージを観察するようにして、直接攻撃をしてくることがなかった。
悶え、苦しみ、血を吐き、のたうち回りながらもミントはメディカを胃の中に流し込み続け、毒が次第に治まるのを待った。

(まだ…やれる…)

毒の症状から立ち直ったミントは、ふらつきながらも再び剣を構えた。
頭痛は未だ治まらない。
気分は最悪、絶好調とは程遠いコンディション。
それでも、剣だけはいつもと変わらない鋭さで振り下ろせる自信があった。
いざという時、それが出来るように今まで訓練を積み重ねてきた。

「ガ…アアアアアッ!」

喉が割れんばかりの怒声と共に剣を振り上げる。
ここにいるのは、もはや一匹の獣だ。
そして手負いの獣ほど危険なものはない。
ミントの振り下ろした剣は毒吹きアゲハの大きな個体を袈裟斬りにして両断した。
それと共に群れの半数が散らばり、数を減らしていった。

毒から回復したミントは、再び針のような口吻を身体に突き刺されて傷を負っていた。
それを気に留めることもなく、猛然と敵に迫っていく。
残っていた群れは、向かってくるミントに対し、ただひたすらに毒の鱗粉を放ち続けた。毒吹きアゲハに思考する力があったとすれば、自らの毒を受けてなお牙を向けてくる存在を理解出来なかったのかもしれない。
鱗粉を浴びた者は例外なく動けなくなるはず筈だと、そう思っていたのかもしれない。

ミントは毒アゲハの放つ鱗粉、その全てを避け切り、返す刀で一匹ずつ確実に切り倒していった。

「はあ…はあ…はあ…」

最後の一匹を仕留めて、その場に立っていたのはミントだけだった。
あたたかな陽だまりの中、辺りには花の甘い香りが漂い、おびただしいほどの血の跡と蝶々達の骸が転がっている。

「早く…ここから…離れなくちゃ…」

この場にいればまた毒吹きアゲハの群れが集まってくるかもしれない。
今回は運良く撃退出来たが、次も同じことが出来るとは限らない。
念の為周囲を見渡したが街へと向かう道は無さそうだった。
荒い呼吸を整えたミントは、メディカを口にしてからその場を後にした。

「おぉ!どうやら無事にここまで戻ってこられたようだな」

美しくも恐ろしい樹海を切り抜け、ミントはなんとか見覚えのある森の広場まで戻ってきた。
先ほど会った衛士が明るい声を出して口元を血で汚したミントを出迎える。
自分以外の人の姿を久々に目にしたミントは、安心してほっと息を吐いた。

結局、毒吹きアゲハを撃退した後は、ここに辿り着くまで森マイマイに2体遭遇しただけで済んだ。
その2体とは逃げずに戦い、これを撃破した。
逃げずに剣を抜くようにしたのは、次第に街への入口が近付く感覚があったという理由もあるが、毒吹きアゲハという強敵を倒したことで少なからず自信が付いたからという理由が大きかった。
初めて見た時には迷わず逃げてしまった森マイマイも、毒吹きアゲハに比べればそれほど恐ろしい相手ではないことに気付いた。
あくまでも比較的には、というだけで攻撃を受ければ痛いし傷も負うのだが。

とにかく、試練はこれでおしまいだ。
やっぱり迷宮は一人で入るようなところではなかった。
それがわかっただけでも収穫だ。
街に戻って一休みしたら、また仲間になってくれる人を探してみよう。

そんなことを考えながらミントは手に持っていた地図を差し出して衛士に見せた。
どれどれ、と覗き込むようにして見た衛士はやや硬い声でこう言った。

「どうやらまだ地図はできていないようだな?」

なら通せない、と街への入口を立ち塞がるようにして衛士は告げた。

―――ミントは最初、何かの聞き間違いかと思った。

衛士が何を言っているのか理解出来なかった。

「ちょ、ちょっと待ってください!試練って、あの、ここまでの道のりを地図に描いて帰ることですよね!私、歩いてきた道はちゃんと地図に描いてきましたよ!ほら!よく見てください!」

ミントはそう訴えたが、衛士はただ黙って見下ろすだけで、道を通すつもりは無いようだった。

「そんな…!」

ミントの書いた地図は、衛士の言葉通りの意味であれば確実に条件をクリアしていた。
この衛士は、ミントが連れて来られた地点から街までの道のりを地図に描いて帰るのが任務だと確かに言っていた。

しかし、今の地図のままでは駄目だと言う。どこが駄目なのか尋ねるも、衛士は沈黙を貫き続けた。
そもそも、試練をクリアしなければ街に帰れないなど一度も聞いたことがないし、公宮の大臣から聞いたのは、ミッションを受領さえすれば樹海に出入り出来るようになるという話だった筈だ。

「お願いします!帰してください!帰して!!」

ミントはすがるように衛士に訴えた。
しかし、返ってくるのは、沈黙。
何を言われても地図が完成しなければここを通さない、と言わんばかりに槍でミントの行く手を遮った。

「そんな…」

ミントは自分の描いた地図を見直した。
確かに、完成した地図かと言われるとそうではない。
道中の分かれ道や、明らかに街へと向かわない経路については書き記さなかった。
毒吹きアゲハとの死闘を終えてからは特に、魔物と極力出くわさないよう、最短の経路でここまで歩いてきていた。

手持ちのメディカは残り13本。
ここに辿り着くまで既に8本を使っている。
毒吹きアゲハとの戦闘で大量に使用したことを差し引いたとしても、もと来た道を戻って再びここまで辿り着くには心もとない数だった。
戦闘は重ねれば重ねるほどリスクが高くなる。
周囲を警戒しながら進んでいても不意を突かれ危ない局面に陥ることは何度もある、とはかつての仲間達からも聞いていた。
森マイマイや毒吹きアゲハ以上の脅威と出くわすとも限らない。
それに加えて気力は残り僅かだ。
ミントが唯一覚えている剣技「レイジングエッジ」を繰り出すには高い集中力が必要で、少なくとも、今の状態ではあと2回程度しか放つ事はできないだろう。

…それでも、ミントが街に帰るためには来た道を引き返すしか無かった。
最初はとぼとぼと肩を落としながら歩いていたが、ここがそのような甘えを許さない環境であることに気付き、一度切れた緊張の糸を結び直して歩き進めた。
地図に誤りや抜けがあることも想定して、一歩一歩念入りに周囲を見回した。
魔物達の群れに襲われ、危ない場面も何度もあったが、その都度全力で切り抜けた。

結局、ミントは最初の分かれ道まで戻り、その先が行き止まりであることを確認してからもう一度入口まで歩いた。
衛士が何をもって駄目だと言っているのかわからない以上、確実に地図を埋めていく必要があった。
そして、多くの魔物達と切り結び、傷付き、血を流し、時には全速力で走って逃げて、息も絶え絶えに命がけの往復路から帰ってきたミントは、今度こそ完成した地図を衛士に見せた。

「迷宮の1階の地図を作る任務。無事に達成したようだな」

衛士はカブトの奥から明るい声を出して言った。

「これで大臣も、君を公国の民と認め、迷宮の探索を許してくれるだろう。私の役目はこれで終わりだ。この先へ進むのも自由だが、一度大臣に報告へ戻ることをお勧めする」

衛士はそう言うと今まで塞いでいた道を開けて街への階段を指差した。

返事をする余力はなかった。
ミントは、黙って衛士の目の前を通り過ぎた。

身体の傷はメディカで塞がっている。
それでも、気力は殆ど尽きて、衣服は自らの血と魔物の体液で汚れボロボロになっている。
用意したメディカの半分を失い、敵から得られた素材は僅かに3つほど。

階段を下りて街へと戻る少女は、たった数刻の間でたちまち冒険者の顔になっていた。




→(世界樹リプレイ日記Ⅱ(冒険者の日々)に続く)





毒吹きアゲハ戦


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