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世界樹リプレイ日記(閑話・樹海の戦士Ⅰ)

(↓前回の話)


酒場で新しいクエストが張り出された。
『B6FのF.O.E.に単身で挑み勝利せよ』。
討伐対象は何度も戦ったこともある森の破壊者。
普段であれば苦戦することもない。
単身であったとしても、与えたダメージで傷を癒す剣技を修めたトルテであれば苦もなくこなすことは想像に難くなかった。
しかし。

わたし、やりたい。

アルケミストのシトラが手を挙げた。
君たちはシトラを見つめた。
意外だった。
シトラは自己主張の強い人物ではない。
常に眠たげで、君たちの時折取るおバカな言動を一歩引いたところから眺めてはにまにまと笑っているような人物だった。
パーティでも前に立つことは一度もなかった。

回復スキルを持たない職業(クラス)が単独で迷宮に挑むのはリスクが高い。
その上アルケミストは完全に後衛向き。
打たれ弱く体力も低かった。
君たちは考え直すよう説得した。
しかしシトラの意志は固かった。

一人でどれだけできるようになったか試したい。
大丈夫。メディカをたくさん持っていくから。

シトラの熱意に押され、君たちは折れた。
実際のところ、勝算は高いと思っていた。
迷宮を一人で歩き続けるならともかく、モンスターと1戦して帰ってくるだけならば。
それに、何より、君たちはシトラを信頼していた。
いつも頼りになる仲間が負けるわけがないと、そう信じていた。

とはいえ心配なものは心配。
君たちは迷宮の入口まで見送った。
ルゥは万歳三唱し、トルテは胸の前で手を組み祈りを捧げ、レンリはただ不安げな眼差しを送った。
シトラは薄く笑い、レンリを軽く抱擁した。
行ってきます。
背中をぽんと叩いて離れると、シトラは樹海磁軸を起動し、光の中へ消えて行った。

B6Fに到着する。
少し汗ばむような温度と湿気。
密林の独特の匂い。
シトラは深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
そう言えば一人になるのは随分久しぶりだなとふと思った。
エトリアに来てから、いつもあの騒がしい3人と一緒だった。
以前はいつも一人で過ごしていたというのに、今は少しだけ心細さを感じた。

頬をぴしゃりと叩いて気合を入れ直す。
扉を開ける。
大きな熊が何体かうろついていた。
大丈夫。倒すのは一体だけでいい。
これまでの経験上、戦っていても他の仲間を呼ぶことはなかったし、他の個体も素知らぬ顔をしていた。
シトラは杖を強く握りしめると、森の破壊者の前に躍り出た。

戦闘方針は決まっていた。
まずは毒を与え、ストナードで防御力を底上げする。
生存第一であることから、メディカを多用し、守りを固める。
シトラの毒の術式の練度は低かったが、運良く決まった。
しかし想定よりもあまり効いていないように見えた。
敵が咆哮する。
シトラは思わず身がすくんだ。

森の破壊者が大きな爪でシトラを引き裂く。
痛い。3度喰らえば死に至ることを直感した。
それに思っていたより攻撃の手が休まらない。
攻撃を受ける度にメディカを使うつもりだったが、それではジリ貧になるだろう。
攻める必要があるとシトラは考えた。
頭では冷静に。しかし身体は恐怖で動かなかった。

火だ。火の術式を使うしかない。
頭でわかっていても手が震えしばしば動かなかった。
また、恐慌によって効果の薄い毒の術式を発動してしまうこともあった。

痛い。怖い。ああ、こんな時に仲間がいたらな。トルテが前にいれば。ルゥの歌があれば。レンリが横にいれば。

気付けばメディカは無くなっていた。

ポーチの中を引っ掻き回す。
残っていたのは、いつか何処かで手に入れた回復薬ソーマ。
街では売っていない、いざという時の為に取っておいた、パーティ全体を回復する薬。
シトラは一瞬だけ迷い、心の中で謝りながら使った。
傷が完治する。
完治した傷を、森の破壊者がなぞるように大きな爪で引き裂いた。

もはや後はなかった。
火の術式を発動しようとする。
身体が震えて動かない。
森の破壊者が咆哮する。
シトラは既に恐怖に囚われている。
今一度、火の術式を発動させる。
成功。これで終わってと、祈る。
だが、敵は未だ立っていた。
鋭い爪が勢い良くシトラの身体に突き刺さり、口から血が吹き出した。

もう駄目だと思った。
シトラは目を閉じて死を受け入れようとした。
しかし、いつまで経っても次の攻撃がやって来ない。
まぶたを開く。
森の破壊者が苦悶の表情を浮かべていた。
そして次の瞬間、膝から崩れ落ちた。
最後の最後で、毒が効いていた。
…かくして、樹海の戦士は、辛くも生き残ったのだった。

街へ帰還したシトラをパーティの3人が出迎えた。
ボロボロになったシトラは、傍から見ても満身創痍であることが見て取れた。
開口一番、シトラはソーマを使ってしまったことを謝った。
勿体ないことをしてしまったと。
君たちは首を振り、仲間が無事に帰ってきたことを、ただ喜んだ。
おかえり。

シトラは照れ臭そうにただいまと答えた。
言葉に出した瞬間、安心して身体の力が抜けた。
君たちは慌ててシトラの身体を支えた。
仲間の抱擁を受けながら、シトラは、もう一人で生きていた頃には戻れないかもしれないと思った。
また、それを悪くないと感じていることが、なんだか嬉しかったのだった。

                   ―――了

→(第三階層に続く)


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